01-02 一体どうしてこんなことに(2)
食堂の広いテーブルには、二人分の食事が配膳されていた。奥の席では既に一人の男性が座って食事を始めている。
けれど立ち上った肉料理の匂いのせいで空腹が限界に達した私は、まず食卓に目を奪われた。固そうなパンと肉ばかりで彩りには欠けるけれど、美しく盛り付けられた食事はとても美味しそうだ。肉からはまだ湯気も立ち上っている。
お腹すいた。今すぐ食べたい。
自分の席に腰を下ろし、いただきます、と小声で呟く。ナイフとフォークを手にして、まずはメインの肉料理に手を伸ばした。
一口大に切って口に運ぶ。
なにこれ美味しい。最高!
高級レストランの料理なんて知らないけれど、やわらかくって美味しくて、よく通ったファミレスの遥か上を行く味だった。比べる方が失礼かもしれない。全然違う。お肉ってこんなに美味しいんだ!?
「……」
先に食事を始めていた人物がちらりとこちらに目を向けたので、動揺して危うく肉を喉につまらせるところだった。
だって向かいの席に座っていたのは、見惚れてしまいそうなほど美形の男性だったから。切れ長の目には冷たい印象もあるけれど、きりっとした眉もすっきりしたあごも、肩に落ちる艶やかな紺色の長髪も、全てが美しい。テレビの中のアイドルにだって、ここまで綺麗な人はいなかった。
ほとんど人間に近い風貌をしているけれど、尖った耳と頭の上でくるりと曲がった二本の角が、彼が魔族だと示している。
彼はディアドラの父親で、今の魔王。名前はグリード。ディアドラにとっては見慣れた顔だけれど、私にとってはそうではなく、思わず食事の手を止めてまじまじと彼を見てしまった。
すごい、好みドンピシャだ。このゲームの攻略対象に推しはいなかったけれど、彼なら全力で推せる。むしろ今からでも推したい。
現魔王がわずかに眉を寄せたので、はっとして食事を再開した。突然顔を凝視するなんて失礼だよね。でも気になる。こんなキャラクター、ゲームにいなかったはず。未攻略のジュリアスルートなら登場したのかな? どうせなら他の攻略対象より彼を攻略したかった。
「……今日は部屋に篭っていたと聞いたが」
涼やかな声まで美しい。攻略対象並のイケメンボイス。こんな男性を間近で見られるのなら、この意味不明な夢――だとまだ思いたい――も悪くはないかもしれない。
「どうかしたのか」
声に聞き入ってしまっていたので、問いが自分に向けられていることにすぐ気がつけなかった。「さっきまで日本で大学生やってたはずなのに、なんでこんな所にいるんですかね!?」という混乱を口にする訳にもいかず、「いや、別に……」と目をそらすのが精一杯だ。
「……そうか」
その一言で会話が終わり、ナイフとフォークを動かす音だけが部屋に満ちる。
家族の食卓にしては静かすぎる気もしたけれど、ディアドラの記憶に照らし合わせてみると、これはいつものことだった。食事を一緒に取るくらいで、ディアドラと父親との会話はほぼない。母親はディアドラを産んですぐに亡くなっているらしい。
(父親、ってこんなものなのかな?)
私には父がいなかった。だからディアドラと現魔王の関係が一般的な父娘のそれなのかどうか、判断がつかない。ただ、子供の頃から憧れていた〝父と娘〟というのは、もっとあたたかいものだった。お父さん――いや、魔王相手ならお父様だろうか――とか、そう呼べるような相手に憧れがある。
とはいえお父様なんて呼べるはずもなく、会話も続けられはせず、ただ無言で食事を進めた。
「ごちそうさまでした」
美味しい料理を完食し、ダイニングを出る。窓の外を見ると夕方だったので、再び部屋に戻ることにした。
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