序章 長い話の始まり(初稿)

 1 宿屋の4人(初稿)

 「トーヤの言葉から始めたいなあ」と思って書き直しました。 

 

 男A、男B的に話を進めましたが、もっと早くから名前を出してキャラ感を出したくもなりました。

 タイトルも「宿屋の4人」から「突然の宣告」に変更しています。






――――――――――――――――――――――――――――――


「てめえ、ざっけんなよ!!ここで別れよう?はあ?ほんっとふざけんなよな!」


 赤に近い茶色の髪を持った少女が同じ色の瞳を大きく見開き、ふるふると怒りに震えながらそう叫んだ。


「これから西の戦場に一緒に行こうって言ってたじゃないかよ!それを俺たち2人だけで行けって?勝手なこと言ってんじゃねえ!!」


 肩の少し下でざっくりと切り揃えられたあまり長くはない髪。ラフなシャツとズボンだけのしゃれっ気のない服装。ぱっと見ただけではまだ子供の部分が多く、やっとこの頃女性らしさも出てきたか、というところの年齢だ。


 いかにも健康そうな生命の光に満ちあふれたようなその少女が、今は全身に怒りをみなぎらせ、握った両拳を膝の上で震わせている。


 よくあるタイプの安宿の一室での出来事だ。


 この手の宿は娯楽旅行でゆったり休むためではなく、先を急ぐ旅人がその日の夜を、寒さや雨露あめつゆを、暗闇の危険を逃れるためだけ、簡易なとりあえず一晩体を休ませるためだけにある。


 窓際に壁に沿うように小さいベッドが一つ、その頭の横にやはり小さい、高さはベッドよりやや高いぐらいの戸棚が一つあり、並ぶようにソファ兼ベッドが一つある。一人旅にはベッドを使って一人分の料金を払い、二人なら一人はソファで寝て一人と半人分の料金で済む、そんな宿だ。


 部屋を照らすのはベッド脇の戸棚の上に置かれたランプが一つ。小さい部屋の隅までやっと届くか届かないかの灯りだが、それだけでも人はほっとするものだ。


 ソファの前には小さいテーブルが一つあり、申し訳程度の小さい椅子が2つ並んでいる。

 その椅子に2人、ソファに2人腰掛けており、先程大きな声を上げた少女は椅子のベッド側に腰掛けていた。


「大きな声を出すなベル、もう夜も遅い」


 少女とは対象的に、静かに声をかけたのは隣の椅子に腕を組んで座っている男だ。少女よりやや年上の、まだ少年と呼んでいいだろう年頃だろう。


 細身だがそれなりに引き締まった体躯たいくをしている。少女よりやや明るいやはり茶色い髪、顔立ちがよく似ているのは彼が少女の兄だからだ。


「だってよ兄貴、あんまりじゃないか!」

「お前の言い分はよく分かる、俺だって同じ気持ちだからな。だが時間も遅い、もうちょっと静かに話をしようって言ってるんだ」


 ベルと呼ばれた少女は少年の言葉に不満げにチッと舌打ちしつつも、それでもひとまず口を閉じた。


「トーヤ」


 少年はそう言って自分の前に腰掛けている影に声をかけた。


 トーヤと呼ばれたのは少年よりもっと年嵩としかさ、それでもまだ二十代半ばぐらいの黒い短い髪の男だ。


 安物の硬そうなソファの背に体をあずけるように深く腰をかけ、やはりこちらも腕組みをし、ややうつむいているため顔の上半分は前髪に隠れてよく見えないが、引き締めた唇からは意思の強さを感じられる。


「俺は、別にあんたらがここで別れようってんならそれはそれでいいんだよ、家族でもないんだし引き止める権利もないしな」

「兄貴!」


 少年は何か言いたそうなベルを留めながら、はあっと一つ息をついた。


「だけどな、少なくともこの2年、いや、もうすぐ3年になるか、ずっと4人で組んでうまくやってきたんじゃないか、別れるにしてもせめて理由だけでも聞かせてもらいたいってもんじゃないのか?」

「そうだそうだ、兄貴の言う通りだ、わけを言えよわけを」


 重ねるようにベルもそう言う。


「もう少ししたら西でいい稼ぎになりそうなでっかい戦が始まる、それでちょっとまとまった金を手にしようぜって話をしてたよな?少なくともそれまでは一緒に仕事ができる、そう思ってたんだよ、俺たちはさ」

「そうだよ、4人だったらいい仕事できるじゃないかよ、今までもそうしてたじゃん!」

「ちょっと口挟むなお前は」

「だってよ!」


 今度は兄妹でいさかいが始まりそうな風向きになってきた。


「理由な、それ話したら納得するのか?」


 トーヤが低い声でひっそりとそう答えた。


「そうじゃねえよ!」


 ベルが机をバン!と音を立てて叩いた。


「このままずっと一緒でいいじゃんかって、そう言ってんの俺は!」

「だから静かにしろって……」


 はぁっとまたため息をついてベルの兄が妹を止めた。


「とにかくさ、とりあえず理由だけ聞かせてくんない?いきなりここでおさらばだって言われても、それでああそうですかと納得はできないって言ってんのよ。その先のことは話を聞いた後で、そんでいい?」


 トーヤは正面を向いたまま自分の右、ソファのベッド側に座っている、頭から生成りのマントをかぶった細身の影に声をかけた。


「だとよ、どうするシャンタルよ?ベルもアランもだまってさいならは聞いてくれそうもないぜ」


 ぐるりと体を右に回し、ソファの背もたれに右手をひっかけ、シャンタルと呼ばれた人影の方を向く。


 鋭い目つきにそれなりに整った顔つき。皮肉そうに少しゆがめた口元が危険そうな雰囲気を与える。まだ若いが年の割に修羅場しゅらばをくぐってきたような油断ならない人間に見える。人によっては怖いと感じるかも知れない。


 トーヤが声をかけ、アランと呼ばれたベルの兄とベルもそちらを見た。

 6つの目がマントをかぶった人物を見つめる。


 しばらくの沈黙の後、シャンタルがようやっと口を開いた。

 小さいがよく通る声でほっと吐き出すように答える。

 まだ若い男の声のようだ。


「巻き込みたくないんだよ……」

「それは分かるけどよ、巻き込みたくないなら巻き込みたくないなりに何か説明してやった方がいいんじゃねえのか?」

「なんだよなんだよそれ、巻き込みたくないってなんか水臭いんだよ!」


 ベルがまた机をバン!と叩き、アランが「手を痛めるだろうが」と掴んで止める。


「なあ、シャンタルよ、俺は、こいつらは信用できると思ってるんだがな、おまえは違うのか?」

「アランとベルは信用できるよ、でもそういう問題でもないだろう?」

「なんだよそれ、信用できるって言いながら内緒かよ、それって信用してないってこと」

「だからあ、おまえちょっと静かにしろって」


 アランに頭をべちっと叩かれ、ベルは不承不承ふしょうぶしょう口を閉じた。


「とにかくさ、とりあえず話せるか話せないか決めてくんない?その結果次第じゃ俺も黙ってないけどさ」


 アランがそう言ったがシャンタルは無言のまま、そのまま沈黙が続く。  


 3人がシャンタルと呼ばれるマントの影をじっと見つめている。

 空気が動きを止めたような、夜の闇だけが流れていくような、そんな時間が続いた。


 いつまでも口を開かないシャンタルに、ゆっくりとトーヤが語りかける。


「なんて言うか、これも運命だと思わねえか?このタイミングでこいつらと一緒にいる、そんで簡単にはあきらめてくれそうもない、こっちもこいつらを信用してる。話してもいいんじゃねえのか?その上でこいつらがどうするかはこいつらの問題だ、違うか?」


 シャンタルは答えない。


「とりあえず俺は話そうと思ってる」


 シャンタルが驚いたようにくいっと顔を上げた。


 弱いランプの灯りに照らされたその顔は、少女と見紛みまご端正たんせいな造り、実際、声を聞かなければ女性だと思う人間が大多数だろう。

 特徴的なのはその顔を縁取るゆるやかに流れるくせのない銀の髪、深い緑の瞳、そして深い褐色かっしょくの肌だ。

 神秘的、その言葉が一番似合う人間、いや人間と言うより精霊のような、そんな存在であった。


「おまえが俺と出会ったのが運命ならこいつらと出会ったのもまた運命だ、違うか?ってことは、ここで話すはめになったこともまた運命、違うか?」

「それは……」

「まあ、そういうことだからな、とりあえず俺から話すぞ。言いたいことがあれば言え、そんでいいか?」


 まだしばらく考えた後、シャンタルはようやくゆっくりと頷いた。


「いいな?そんじゃ話すが、長い長い話になるぞ?いいか?」

「いいよ」

「ああ」


 アランとベルが答える。


「どこから話すか……そうだな、まずはこの世に神様がいた頃の話からか」

「長すぎんだろうが!」


 ベルが立ち上がってそう抗議するのにトーヤはニヤリといたずらっぽく片頬を歪めて笑った。

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