第3話 パーティー

 夕方になって、ミシュリーヌはオーギュストのエスコートでパーティー会場に向かった。王族の入場は貴族が集まったあとに行われる。二人で会場近くにある控室で待機していると、近衛騎士とともに王太子ご一家が入ってきた。


「二人とも、今日は笑顔で頼むよ」


 話しかけて来たのは、オーギュストの長兄でもある王太子ノルベルトだ。にこやかに細められた切れ長の青い瞳は、オーギュストによく似ている。他の二人の兄とも似ているが、唯一同腹の兄弟であるから尚更だろう。

 

 少し離れた場所には、王太子妃に隠れるように小さな二人の王子の姿もある。ノルベルトの子どもたちだ。弟王子は四歳のはずだが、二人とも王族らしい聡明さが見て取れる。


 招待客に子供の出席者はいないが、王族主催のパーティーでは成人していない王族も顔見世程度に出席する。ミシュリーヌ自身も成人前だが、嫁いで来た頃から出席してきた。


「今日はお前たちが主賓だ。国のために協力してくれよ」


「もちろんです。私もミシュリーヌも祝賀パーティーを楽しみにしておりました」


 オーギュストがサラリと言ったが、ノルベルトは含みのある笑みを浮かべている。本心からの言葉ではないと思っているのだろう。ミシュリーヌもそう思う。


 ミシュリーヌには隠しているつもりかもしれないが、オーギュストは社交を得意としていない。魔力の強すぎる者に現れる特性故に、子供の頃に気味悪がられていたのが原因らしい。


 どこから発生するのかは判明していないが、この国の空気中には魔素が漂っている。太陽の光には浄化作用があるため、日暮れ後の方が魔素が濃い。魔力の多すぎるオーギュストの銀色の髪は、魔素の濃度が上がると共鳴して紫色に光るのだ。


 他国出身のミシュリーヌには美しい色に見えるが、この国では魔獣を束ねる架空の存在である魔族の色らしい。


 オーギュストが初めて開発した魔法は、その髪色を隠すためのものだったと聞いている。ミシュリーヌが嫁いで来た頃には紫の髪を晒すことはなくなっていたため、周囲がどのくらい敬遠していたのかは分からない。どんな想いをしてきたのかは、今も畏怖の表情を浮かべる一部の者の反応から察するしかないのだ。ミシュリーヌに分かるのは、現在の状況だけで自分なら心が折れてしまいそうだということだけだ。


「オーギュストは三名以上のご令嬢とダンスを踊るように。これは王太子命令だ。良いな」


「か、畏まりました」


 オーギュストは相変わらずの無表情だが、頬が引き攣っている。ノルベルトが背中を向けると、ミシュリーヌは心配になって、オーギュストを静かに見上げた。


 本当ならば、今回のパーティーの主役であるミシュリーヌが多くの者と踊って、楽しんでいることを示すべきだろう。ノルベルトはミシュリーヌに気を使って、オーギュストに代わりをさせようとしているのだ。


「大丈夫だよ。ミシュリーヌは兄上たちと踊るだけで良い。あとは疲れたからと言えば断れるよ」


 オーギュストがミシュリーヌの視線を誤解して、宥めるようにミシュリーヌの頬に触れる。


「そうではなくて……いいえ、そうさせて頂きますわ」


 ミシュリーヌは反論しかけて、途中でやめる。


 ミシュリーヌがオーギュストを心配していると言っても、彼は『大丈夫だ』と繰り返すだけだろう。子供だと思われているミシュリーヌに本音を言えるはずがない。


 ミシュリーヌは、そんなオーギュストに頼ってほしいだなんて言えなかった。


「少しそばを離れることになるけど、王族席で待っていてほしい」


「分かりました。お待ちしております」


 ミシュリーヌにできるのは、オーギュストに心配をかけないことだけだ。ミシュリーヌも社交を苦手としていることは、オーギュストもよく知っている。 



 王太子ご一家の後を追うように会場に入ると、王太子から労いの言葉があってパーティーが始まる。しばらくすると、身分の高い者から順に王族へ挨拶をするための列ができた。


 ミシュリーヌも王太子ご一家のそばで、オーギュストと並んで挨拶を受ける。いつもなら、一番に王太子ご一家に挨拶する側だが、今日の祝賀パーティーは特別だ。


「ミシュリーヌ妃殿下にご挨拶申し上げます」


「よく来てくれましたね」


 ミシュリーヌは次々と訪れる挨拶に対応する。会場にいる人数を考えると気が遠くなりそうだ。


「ミシュリーヌ様、お会いできて光栄です」


 十数人目に来た伯爵家の子息が挨拶とともにいきなり距離を詰めてくる。時々、聖女の利権を狙ってか、いやらしい視線を寄越す者もいるのだ。


「このあとのダン……」


「よく来てくれた。パーティーを楽しんでくれ」


 ミシュリーヌが身体を強張らせると、視界を遮るようにオーギュストが割って入る。ミシュリーヌはオーギュストに隠れたまま、小さく息を吐いた。ミシュリーヌには強引な者をいなす術がない。


「も、申し訳ありません」


 伯爵子息は怯えた声をあげて、バタバタと足音を立てながら逃げていく。


 ミシュリーヌがオーギュストの背中から出ると、挨拶を待つ者たちまで怯えるような顔をしていた。カタカタと震えている者さえいる。オーギュストが今でも、こんな視線を受けるのは、ミシュリーヌのせいでもある。頼ってほしいと思っているのに、優しさに甘えて足枷になるなんて情けない。こういうところがオーギュストの信頼を得られない原因の一つなのだろう。


「殿下、申し訳ありません」


「ミシュリーヌが謝ることはないよ。怖い思いをさせてしまったね」


 オーギュストの青い瞳を見るとホッとする。背中に添えられた大きな手が、ミシュリーヌの不安を溶かしていくようだ。ミシュリーヌは、オーギュストの穏やかで優しい本来の姿が皆に伝われば良いなと願いながら挨拶を続けた。

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