マウス💛ピース

@watakasann

第1話 クルセイダーズ 主人公の思い


 一体この日本の高校受験生の何人が、自分と同じ理由で高校を選んでいるのだろうかと思う。このために本当に短期間ではあるが必死に勉強して、結果に一喜一憂、それは本当に仕方のないことだけれども、どちらかになる運命なのだ。将来の夢、その高校の校風、女子の数と質、それよりも何よりも多くの若者をとらえて離さない魅力。


「家から近い! 」


健康のため、睡眠は重要ということを、十代半ばの自分たちは知っているのだ。


「確かに遠いよりも近い方がいいとは思うが・・・なあ、もし「運」と言うものが限られた量しかなかったとすれば・・・すごい量をお前は十五で使ってしまうことになるぞ」


先生は正直に言ってくれた。

でも俺の学力にあった高校はどこもかなり遠くて、母親ですらお弁当のことを考えると、ため息が出るようなところにしかなかった。

だから合格発表後

「おめでとう! ありがとう! 」

と母親から素直な言葉を聞いた時は、本当に合格してよかったと思った。

 


 毎日自転車で二十分弱、最高の条件だ。歩いても帰りにコンビニはたくさんあるし、リサイクルの本屋もあるし、退屈しなかった。でも少々困ったことが一つ。

それはみんなが自分よりかなり頭がいいということだ。面白いことに、そうなると趣味や何かが、中学校の時よりも範囲が狭まった感じがする。

というか簡単に言うとみんなが楽しいと思っていることが、ちょっと理解できなかったり、先生の話で何故みんなが笑っているのかがわからなかったり。後で聞いたらそれは知的ジョークだったらしい。


「あんまりレベル違いの所に行くと・・・苦しむぞ」


 ふと進路相談の先生の言葉が耳に浮かんだが、でもなぜだろう、それでもいいと思っている。もともと自分は賢い方ではない、この高校には入れただけで充分なのだ、あと気を付けたいのは留年だろう。だがまあ、何とかぎりぎり三年ついていけるのではと、温かくなるばかりの日差しの中で、毎日自転車をこいでいた。



「お前まだ部活決まってないの? 」


友達もできた、クラスではちょっとバカっぽい明るい子と思われているようだが、それも気にしていない。別段嫌われていないのならそれでいい。でも部活は本当にどうしようかと思っていた。運動はどちらかと言うと得意で、結構多方面からの誘いがあって悩んでいた。もうそろそろ決めないとな、と五月の連休前、学校終わりをぶらぶらしていた。


運を使い果たしたはずの運命の日、あの日は本当に過ごしやすい一日だった。


 

「あれは・・・同じクラスの奴だな」


校舎のちょうどよく日の当たる場所に座り、彼はイヤホンを付け、スマホで音楽を聴いているようだった。目はウトウトしているようにうっすらと開けられていて、口元はほほ笑んでいるように見えた。


「かっこいいよね! 」


女の子が彼のことを話していた。ほとんど口を開かないが、別に変なことをするわけではなし、行動のすべてがゆったりとして

「王子、王子! 」そう言われて、自分とは真反対の感じだった。だからちょっと話しかけづらくて、声を聞いたこともない。この辺の中学出身でもないらしく、それはかわいそうだなと感じてはいた。


でも今見るその姿はそんな孤独感など微塵もない、聴いている音楽がそのすべてを満たしてくれているから、と言っているような気がした。


「アイドル? だったら最高に面白いんだけど」


この雰囲気でそうならば、きっとクラス中の笑いが取れると確信したが、半分以上はクラシックの可能性、万が一の真逆のヘビメタ系か、とにかくどの答えでも知りたくなったので、悪いと思いながらその前に立ってみた。


 ちょうどよい温かな日差しが遮られたので、彼は自分を見た。ゆっくりとイヤホンをとり、何を言おうか迷っている感じだったので先手を打った。


「何を聞いてるんだ? すごく楽しそうだったから」


その言葉に彼はとても喜んだようだった。にっこりと笑って、僕を見た。

ほんのちょっと間があって、彼は言った。


「クルセーダーズだよ。アメリカのジャズ、フージョン」

「ジャズ・・・難しい? 」

「いや、大丈夫、彼らの音楽はとても幅広いから。聴いてみる?」

「うん! 」

俺も音楽は好きだ。特にどのグループというのはないが、祭りの太鼓に行くのは幼稚園の時からの恒例行事だ。彼はほほ笑んだままイヤホンを外し、少し周りに人がいないかを確認してから音楽を流し始めた。


 最初になった音は明らかにサックスだった。まるで言葉でもしゃべっているような自然な音だった。


「上手い」


一流のミュージシャンであるということはすぐにわかった。それは自分にとって真夏海の波のように気持ちよく、澄んだ空までを連想させた。


「ウイントン フェルダーだ」音の切れ間で教えてくれた奏者の名だった。

そして、そのあと


「何、この音? 」


やわらかい優しい音がした。

金管楽器なのはわかる、でもこんなにやわらかい音が出るはずないと頭の中で

は喧嘩のようなことが起こっていた。


「何、何、この音、何、柔らかい 」


後で聞いたらその時の俺は面白いほどに動揺していたという。

「フフ」という彼の笑う声がした。

優しい、心地よくなるようなメロディーはずっと続いているが、俺はずっと何か不安げに聞いていた。そしてやっと一曲が終わった。


「ウエイン ヘンダーソン トロ・・・」とそこまで彼の声を聞いたことは覚えている。


「ありがとう! 」大声で叫んだ時には俺の足はとうに走り出していた。


「やっぱり金管楽器だ! そうだ、今も聞こえている吹奏楽部の練習する音。でも違う! さっき聞いた音は! すごい! 同じ種類の楽器なのにどうしてあんなに音が! 」

そうして俺はがらりと吹奏楽部の部室のドアを開けた。


「入部したいんです! お願いします! 」


あっけにとられた部員たちをよそ目に、一人の女子が自分の所にやってきた。


「大歓迎! 男の子が欲しいのよ! 野球の応援にしても何にしても! で、何がやりたい? やってた? 」


「えっと・・・えっと・・・」その時に彼の最後の言葉を思い出した。


「ト、トロ、ト、・・・トランペット! 」


「トランペット! 男の子が! 最高! 」

と抱き着かれた。


ちょっと胸の大きめの部長のハグは、いまだに男性部員からのブーイングの元になっている。

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