第78話 初っ端から不安が

 翌日の昼過ぎ。戸水さんの宣言通りに、水着を新調したい者は集まって水着を買いに行くことになったわけだ。いきなりの決定ではあったが、反対意見は何一つ上がらなかったからな。そのまま決定となった。

 それに希望者ということなので、強制力もない。行く必要がないと思えば、無理に行く必要はなかったのだ。そのはず……だったんだ。


「おーい。こっちこっちー」

「すみませーん。お待たせしてしまいましたー」

「大丈夫大丈夫。時間にはまだ余裕あるからさー」


 葉月と莉亜がやってきたのは、県内で最も大きな駅から西に二つ行ったところにある駅の最寄りにある、最近できたばかりの大型ショッピングモールだ。

 駅の近くにあって行きやすく、色んなものが揃えられるからと、月見里さんが勧めた場所だ。彼女はこの近くに住んでいるんだそうで。


「りあちーもっすけど、こうちんも来たんすかー。そっかそっかー」

「えぇ……まぁ。色々と、ありまして……」


 莉亜と葉月は行くって言ってたからにしても。なんで俺まで連れてかれなきゃならないんだよ。



 元々俺は行くつもりはなかった。中学の水泳の授業で使っていたものとは別で、遊びに行ける物で着られるやつはちゃんとあったし、一応穿いてみてサイズにも問題はなかった。

 昨日の夜と、今日の朝と。葉月からお兄ちゃんも一緒に行こうって誘われたけど、どっちも断った。

 わざわざ新調する理由はなかったし、男の俺が一人が女子の買い物に混じる。それも水着の買い物となれば、居心地の悪いことこの上ない。薫は先約があって来られないそうだし。

 それでも葉月はしつこ……何度も誘ってくるもんだった。終いにはお兄ちゃんが行かないなら私も行かないって言い出すもんだから。これ以上そっちの相手もしていられなかったので、渋々応じることにしたのだ。


「でも昨日は行くつもりは無いって言ってませんでしたっけ?」

「葉月が何度も何度も言ってきたもんだったので。仕方なくって感じで」

「そんな妹さんを持つのも大変っすねー。私一人っ子だからそういうのはよくわかんなくて」

「ほんと、色々ありまして」


 苦労の方が多いけどな。ベッタリなのはまだまだ生ぬるいくらいだと、最近知りましたから。それ以降、俺の部屋のプライバシーや収納に関しては、出来うる限りでセキリュティを強化しましたし。


「あと来てないのって、戸水先輩と蕾ちゃんですよね」

「そーっすね。電車の中で会ってないんすか?」

「少なくとも見てはいませんね。電車の中でも駅でも」


 あと来るのは戸水さんと蕾の二人。

 これで俺の中にもうひとつの不安要素が生まれることになる。それは万が一に、ブレーキ役になる人が少なすぎることだ。

 昨日の帰りになんて、槻さんにそっとこんなことを言われた。もし明日行くのであったら、若菜や湊のことをよろしく頼むと。

 信用してくれるのは嬉しいことなんだが、冷静に考えてみれば戸水さん。槻さんに信用されていないのではないかと思う。

 こういう時にまとめ役になってくれる槻さんが居ない以上、俺に何とかしてくれないかと。どうすりゃいいんですか。あの面々をまとめられる自信が、俺にはないんですけども。


「ってどうしたんすか。もう既にお疲れモードみたいですけど」

「あぃいえ。そんな顔してましたか」

「ちょっとダルそーな感じだったので。無理に来なくても良かったんすよ。今身体を壊されちゃあ、皆で遊びに行けないじゃないすか」

「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。ちょっと乗り物酔いしやすい体質ですから、多分それです」


 これに関しては適当にこしらえた嘘でもなく事実。小さい頃からそういう体質だ。余計な考え事のせいで、頭が痛くなっていたのやもしれない。


「ならカフェかどっかで少し休んでからにします? 水着見に行くの?」

「私は少し疲れたんで、そうしてくれるならありがたいです」

「葉月もです」


 聞いたのあんたらにじゃないんだけどな。でも月見里のそういう気遣いは、正直ありがたい。お言葉に甘えることにしよう。

 そう話していたら、ショッピングモールの入口の方に向かって歩くピンクの髪の少女が見えた。


「つーぼみーん。こっちっすよー」


 見間違うことなくそれは蕾だった。月見里さんに呼ばれたのに気がつくと、歩く方向を変えてこちらに向かってきた。


「お待たせ、しました」

「大丈夫っすから。つぼみんは電車じゃなかったんすか?」

「近くまではバスで来ました」

「まぁ行けないことはなかったと思うけど……歩くの大変だったでしょ」

「そうですね……それなりに歩きましたから」


 これで蕾が来たので、あとは戸水さんだけだ。しかしそれから十分待っても一向にやってくる気配がない。昨日決めた集合時間も既に五分過ぎている。


「戸水さん、遅くないですか?」

「珍しいなー。一応電話してみる」

「あ、月見里先輩。あれじゃないですか」

「ほえ?」


 スマホで電話をかけようとした手を、莉亜が引き止める。彼女の指さす方にいたのは、こちらに向かって走ってくる茶髪の女性。遠目であるが、両手に何か持っているのが見える。

 その姿はこちらを見つけるとさらに速度を上げてやって来た。


「おーいお待たせー」

「もー遅いっすよーわかちー……ってなんすかその手荷物」


 息を切らせながら走ってきた戸水さん。その両手にはモノがいっぱい入ってそうな、大きなビニール袋が。


「これ……? この近くに、浪漫倶楽部あるでしょ? こっちに来ることなんて、なかなかないから、ついつい入り浸っちゃって」


 戸水さんの言う浪漫倶楽部というのは、県内最大のリサイクルショップの名称。多数の漫画やゲーム、アニメコンテンツの他にも服飾や家具、楽器等も取りそろえた店だ。俺も何度か言った記憶はある。


「それで、気がついたら……時間ギリギリになってたから、大慌てで走って来たって……わけ」

「とりあえず落ち着いてくださいわかちー」


 よっぽど急いできたってのが、額を流れる汗と息切れしてる話し様で分かる。


「揃ったしちゃっちゃと中入っちゃいましょうか。中の方が涼しいですし、本題はカフェで一休みしてからにしましょ」

「そうですね……。戸水先輩、既にボロボロですし……」

「なんか、悪いわね……」


 初っ端から大丈夫なんだろか。今日の買い物。

 まずは一休みして、一旦落ち着きを取り戻した方がいいのかもしれない。

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