第345話 これはトーワの物語
――トーワ
私はエクアとフィナを扉に通す。
そして、二人は視力の乏しい私を支え、共に廊下を歩き、階段を降りていく。
二階を通り抜け、一階の広間へ。
広間には多くのテーブルが置かれており、その上に並ぶ豪華な食事と盛大な拍手が私たちを出迎えてくれた。
拍手に混じり、親父・カイン・マスティフ・マフィン・ゴリン・キサ・グーフィス・フィコン・エムト・ノイファン・カオマニー・スコティ・オーキス・イラ・老翁たちの声が聞こえる。
一人、悪口のようなものを飛ばして、その悪口を諫めている者がいるが、おそらくそれは小柄な戦士と無骨そうな戦士だろう。
私たちは彼らの声と拍手に包まれて、トーワの一階広間。その正面にある大きな壁の前に立った。
壁には大きな赤の垂れ幕が掛かり、壁を包み隠している。
フィナは私のそばから離れ、ポシェットから魔石を取り出し、カインへ手渡した。
カインに渡された物は音を広げる魔石。彼はそれを片手に、皆へ言葉を届ける。
「今日は御日柄も良く……」
定型文から始まった挨拶にブーイングが飛び、カインは負けじとブーイングに声を返す。
「なんですか、その声はっ! 僕だって柄じゃないんですからねっ。ああ、くじ運がないから……」
「カイン先生さんよ、もうさっさと進めた方がよくねぇか?」
「親父さん……ああ、そうします。一生懸命、挨拶文を考えたのになぁ。では、除幕と行きましょう! カオマニーさん!」
「はいニャっ」
カオマニーが壁を隠していた真っ赤な幕を引いた。
するとそこには、巨大な絵が一枚。
それは、エクアが描いた絵。
いつだったか、この一階広間の大壁に絵を描いてほしいとエクアに頼んでいた。
そしてそれは見事完成し、今日お披露目となったのだ。
絵はトーワ城の下、これまでトーワを支えてきてくれた人や、トーワのために力を貸してくれた人が集まり、さらには開けた海の向こうを描いたもの。
視力の乏しくぼやけた絵しか見れぬ私に、エクアはそう説明してくれた。
主役である彼女は、私を支えつつ尋ねてくる。
「やはり、除幕式は目を治された後の方が?」
「何を言う。ただでさえ先延ばしになっていたのだ。これ以上は延ばせない。皆忙しくなり、なかなか集まる機会もない。それに、これからはもっと忙しくなるからな」
「ですが……」
「なに、大丈夫だ。エクアの絵は瞳に映らなくとも、心に映る」
「え?」
私は大きな絵画を虚ろな銀眼にしっかりと宿す。
「城があり、先には広がる世界、海がある。そこに多くの仲間を描いてくれたのだな。レイやアイリも描いてくれたのか。百合さんに……ああ、ギウがいる。本当に素晴らしい家族であり、友人であるみんなを、エクアは描いてくれたのだな」
「……はいっ。皆さんの心を、絆を、思いを、壁に刻みつけました!」
「ふふ、素晴らしい絵だ。これはトーワの象徴としてずっとずっと残っていくことだろう」
「そうなれば嬉しいです」
「必ずそうなるさ。さぁ、今日は君が主役だ。私は一人で大丈夫。一人で立っているくらいはできるからな」
エクアの背中を押し出して、彼女の歩みの一押しをする。
彼女は少し前のめりになったが、すぐに背筋を伸ばして、絵画の下へと向かい、大勢の声に囲まれる。
私は讃辞に包まれるエクアから瞳を離し、自分の隣に向けた。
そこには、透き通る海のような青いドレス姿の年老いたエクアが微笑んでいた。
彼女へ微笑みを返し、彼女との会話を思い起こして、心の中で言葉を返す。
――エクアが訪れた過去
年老いたエクアは正面に広がる大きな壁を見つめる。
「寂しい壁ね……」
「そうですね。ですが、予算と時間に都合がつけば、エクアという少女に絵を描いてもらおうと思っているんですよ」
「そう……そうね、あの子ならきっと壁に絵を描ける。とても素晴らしい絵を描けるでしょうね」
――
(ええ、エクアはついにあの壁に絵を描くことができました。あなたのおかげで、あなたの夢は叶い、あなたの絵は完成したのです。エクア!)
青いドレス姿のエクアは私の声にとても柔らかく温かな笑みを零して、ゆらりと姿を消していった。
瞳を広間へと戻す。
すでにエクアの挨拶は終えており、皆は豪勢な食事と酒に舌鼓を打っていた。
仲間たちが私に声を掛けてくる。
その声の響きを心に伝わせながら、私は過去と今を結ぶ。
私は人として生を受けず、人工物として生まれた。
自分の存在に自信が持てず、父アステに縋る。
その父の心は氷のようであった。だが、いつしか心は雪解けを迎え、私に愛を向けてくれた。
しかし、父を失う。
アーガメイトの一族は私を後継と認めず、父の屋敷を残して全てを奪っていった。
道を失った私へ、私を産み出した研究員たちが父の後釜に就くように促した。
それは彼らにとって、政界への影響力を失わないための声だったかもしれない。
だけど、それでも私は道を得た。
だが、その道はあまりにも険しく、歩き方を知らぬ私はあっという間に道を閉ざされることになる。
王都から、何もない呪いの大地を抱く崩れかけのトーワへと左遷される。
町の者から左遷王と揶揄されても、それを仕方ないと甘受し、私は全てを諦めようとしていた。
だがそこで!
彼と出会った! 彼らと出会った!
ギウ――私を無償の愛で包み込んでくれた大切な友人。
親父<オゼックス・テプレノ>――胡散臭い土産屋の親父として私の前に現れ、アグリスで虐げられているカリスの開放に利用しようとした男。傷ついた彼の心は暴走するが、それは私に大きな転機をもたらした。多くを手にする転機を。彼はこれからトーワに里を置き、行商人として旅をする予定だ。
エクア=ノバルティ――幼くも両親を亡くし、悪党どもに利用され、罪を背負わされても立ち上がることのできる勇気ある少女。彼女の勇気と優しさは、私や仲間を支えてくれた。彼女はトーワに残り、カインの下で医術を学びつつ、トーワの学校で芸術を学ぶ。
ゴリン――ノイファンの依頼でトーワに訪れた大工の男。彼のおかげで荒れ果てていた城は瞬く間に整備され、居心地の良い場所となった。その彼も今はトーワの住人として、いかんなく大工の腕を発揮してくれている。
カイン=キシロ――父の暴走により、二人の姪の命を失った医者。彼は父の罪を許し、その息子である私を友として迎えてくれた。彼の寛大な心に感謝を捧げたい。今後彼は、トーワの大病院の院長として活躍していくことになるだろう。
フィナ=ス=テイロー――実践派の
マスティフ=アルペー――半島の北東に位置するトロッカー鉱山・ワントワーフの長。威厳溢れるが酒好きでどこか親しみやすさを感じられる男だ。とても頼りがいのある体と心を持つ男であり、彼が大陸の窓口となり、私と大陸を結んでくれた。長として引退を考えているようだが、その暁には彼をアグリスの軍事顧問として招く予定だ。
キサ――港町アルリナで八百屋を営む夫婦の愛娘。彼女は八歳という年齢で両親から独立し、トーワへ商売をしにやってきた。彼女の商才は綺羅星の如く輝き、これからさらに成長していくだろう。その才を振るう場を産み出すべく、スコティと共にトーワに保険会社を構え、すでにアグリスに支店まで置いている。
グーフィス――想い人を奪われた元航海士。ひょんなことからフィナに惚れこんでしまい、茨の恋の道を歩むことに。今もまだ、フィナに恋心を訴え続けているが、まったく届いていない。それでもあきらめることなく、トーワ城のお抱え大工として、フィナに顎で使われている。
マフィン=ラガー――半島を縦断するマッキンドーの森・キャビットの長。グルーミーという真菌が原因の病気から彼らを救い、交流を深めることに。化粧品の販路の確保と拡大で商売上手なキャビットには大変世話になった。彼はスコティに長の座を譲り、単独アグリスで新たな商売を模索している。
このような素晴らしい仲間たちと出会い、私は臆病な心に勇気を灯す。
彼らに私のことを伝えた――彼らは当然のごとく受け入れてくれた。
心の通い合った仲間たちと共に世界の破滅を食い止め、魔族の侵攻に立ち向かい、ヴァンナスの蛮行に終止符を打った。
私はトーワに訪れて出会った仲間たちの一人一人を銀眼に宿して、物語を終わりへと送り出す。
これから先に続く物語の私の隣からは、仲間たちの姿は無くなってしまうだろう。
彼らは自分たちの道を見つけ、歩み始めた。
トーワに集まった仲間たちは、
トーワから、多くの道が生まれ、皆はそれぞれの道を歩んでいく。
だが、旅には羽を休める場所、やがては戻りゆく場所がある。
それがトーワ――。
歩む道は違えど、必ず繋がる場所がある。
私たちは短くとも多くを手にすることのできたトーワを心に抱き、未来へ向かって歩き出す。
いつかまた、
――トーワ、物語の終わりに
孤独に潮騒を纏うだけだったトーワ城はいま、多くの人々の声に包まれる。
この城に訪れた男――ケント=ハドリー。
ここに、世にも
―――――――――
残すところあと一話――最終回を前に感謝をお伝えしたい。
最後までケントたちと共に物語を旅してもらい、とても嬉しく思います。
フォローをして下さった方々、☆を付けて下さった方々、コメントを付けて下さった方々、ハートを付けて下さった方々、お読みになって下さった方々に厚い感謝をお渡ししたい。
皆様に心からの感謝を捧げ、幕を下ろしたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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