第312話 フィコンの手紙
――トロッカー鉱山(ワントワーフの領地)
マスティフはしばらく留守にする
その鉱山で黒の短毛種のマスティフとは違い、もふもふの茶色の毛に覆われフッサフッサのしっぽを振るうワントワーフの戦士から
「親方がいない間の判断は私たちで構わないんですよね?」
「ああ、しばらく連絡が取れんから好きにやってくれ。それにそろそろワシも引退時だからな。うむ、次の長を選ばんとなぁ」
「誰にするつもりなんです。親方の時みたいに、拳で?」
「う~ん、ワシの頃とは時代も違う。皆と合議して決めるのも悪くなかろう」
「多数決ですか。みんな嫌がりますよ。長なんて面倒ですから」
「ワシとて、長になるつもりなどなかった。じゃが、まさか勝った方が長になるとは。勝った方が選べると思っていたのにな」
「あははは、それはないでしょうよ」
「この、気楽に笑いよって。よし、お前が次の長だ!」
「やめてくださいよ。絶対に嫌ですから」
「ま、今のは冗談だが、現在ワシを除けばお前がもっとも腕が立つ。留守の間はお前に判断を預ける。皆もその方が納得しやすい」
「なし崩し的に私が長になりそうで嫌なんですけど……」
「そうならぬように無能でも演じるか?」
「それはそれで嫌ですね」
「がははは、それでは留守を頼んだぞ」
マスティフは揚々とトロッカー鉱山を離れ、途中で人目のない場所に入り込み、フィナから貰った転送用の指輪を振るう。
すると、転送装置が現れ、彼は古代遺跡へと戻った。
鉱山を任された戦士は鼻をぴくぴくさせる。
「クンクン、親方の気配が急に消えた。それに奇妙な力も感じた……ま、いっか。それよりも親方のあのご機嫌ぶり。絶対、強敵を相手にはしゃいでる姿だよなぁ。いい年した爺さんが何をしてるんだか……不安だよ」
すると、彼の不安が形として現れるように、他のワントワーフが手紙を
「お~い、親方は~?」
「今、遊びに行ったよ」
「あちゃ~、じゃあ、お前に渡しとくね」
「なんだ、この手紙?」
「アグリスからの手紙。それも導者フィコンから」
「ええ~、なんでこのタイミングで厄介そうな手紙が。どれどれ…………っ!?」
手紙を読み進める戦士のだらけた瞳がみるみるうちに刃のように鋭いものへと変わっていく。
彼は鼻の頭に皺を寄せて、牙を剥き出す。
「これはマジかよ。冗談じゃないぞ」
「どうしたってんだ? まさか、アグリスが宣戦布告でもした来たのかよ?」
「それよりやべぇよ。本当に起こるかわからないが、アグリスの象徴フィコンからの手紙。悪戯とは思えない」
彼は二本の指先だけで器用に手紙をパチリと閉じる。
そして、手紙を届けたワントワーフにこう命じた。
「軍の準備を。山に監視を置け。大陸側で起きる変化はどんな些細なものであろうと即座に報告しろ!」
――マッキンドーの森(キャビットの領地)
背にこげ茶、お腹は真っ白すっごいもふもふのマフィンもまた、しばらく留守にする
彼は青い狩人服に身を包む息子――へたりと倒れたお耳と尻尾の先が茶色の縞々で、身体は真っ白なかなかもふもふなスコティと話をしている。
「しばらく連絡が取れないと思うニャ。だから俺がいない間、全権はお前に預けるニャ」
「また、ケント様とお遊びですかニャ?」
「遊びじゃにゃいニャ。色々あるんニャよ」
「その色々を詳しく教えてほしいんですけどニャ~」
スコティは父親の自由な行動と、その行動の意味を秘匿にする態度へ不満そうな声を出した。
それに対してマフィンはニャハハハ~っと声を出して笑って誤魔化すが、彼の心中は……。
(今度のはヴァンナスと敵対するかもしれないことニャ。万が一、遺跡の力でもヴァンナスを抑えられないとにゃったら、滅ぼされてしまうニャ。その時にみんにゃは何も知らにゃいとしておいた方が都合がいいニャ。これは俺個人の勝手な行動ニャ)
彼は遠く離れたトロッカー鉱山へ視線を振る。
(最悪、これらは
「親父? どうしたんだ、にゃぼーっとして?」
「ニャハ、にゃんでもにゃいニャ。それじゃ、あとは任せたニャよ。跡継ぎとしての息子のお手並みを拝見するニャ」
「はいはい、任せてくださいニャ。あ、そうだ、もし会うことがあれば、キサさんによろしく伝えてくださいニャ」
「にゃんニャ? もしかして、最近は会ってにゃいニャか?」
「お互い忙しくて、ニャかニャか」
「にゃにをなさけニャいことを。そこは無理にでも時間を作って会いに行くもんニャよ。にゃから、よろしくは自分で伝えるニャ」
「はぁ~、わかりましたニャ……親父がほっつき歩くから時間がにゃいんだけどニャ」
「にゃんか言ったかニャ?」
「にゃんでもニャいですっ」
「にゃ、ならいいけどニャ」
マフィンはトーワの北の荒れ地に続く森の小道へと足を向けて、森の中に溶け込んでいく。
そして、スコティの視界から消えたところで彼は指輪を振るい、転送の流れに乗って古代遺跡へと向かった。
スコティはお耳をぴくぴくさせて、それを敏感に感じ取る。
「ニャニャ? 空間に干渉する力? 親父は転送魔法なんて繊細な魔法は使えにゃいはずだけどニャ? これはあの錬金術士の女の子の力かニャ?」
「スコティ様~」
スコティの呼ぶ声が響く。
声の主はカオマニーだ。
通り名である白の宝石の通り、美しい白の毛並みを持つカオマニーは緑色の導師服に包み、愛らしい肉球が見え隠れする手に手紙を
「スコティ様、マフィン様はどこかニャ?」
「今さっき出かけたニャよ。ケント様のところに。場所は秘密だそうニャ」
「マフィン様もマスティフ様も頻繁にトーワに訪れてますが、急用があって使いを届けても、そのトーワにいないことが多いニャね」
「まったく、どこでにゃにをやっているんだか。しかも今回は僕に全権を預けてニャ、はぁ~」
「そんなため息をついては駄目ニャよ。いずれはスコティ様がマッキンドーを預かることにニャるんだから」
「そうニャんだけどね~。親父の奔放っぷりを目の当たりにしていると、僕で務まるか不安にニャるよ」
「マフィン様と同じににゃる必要はにゃいと思いますけどニャ。それよりもお手紙ですニャ」
「手紙?」
手紙を受け取り、スコティは猫の瞳を左右に揺らす。
「これは……アグリスのフィコン様から……にゃっ!?」
「どうしましたニャ?」
「にゃにかの奸計? いや、違うニャ。これは……カオマニー!」
「は、はいですニャ」
「
――港町アルリナ
浅黒で老人とは思えぬがっしりとした体を持つノイファンは屋敷の執務室で事務仕事を行っていた。
そこにノックが響き、大剣を背負った男が入ってくる。
「ノイファン様、アグリスから書状が」
「アグリスから? ふぅ~、あまり良い予感がしませんね。どれ」
書状を受け取り、目を通す。
そして、目が止まったところで書状を落とした。
「そ、そんなことがっ、馬鹿な!?」
「ノイファン様?」
「し、しかし、書状にはフィコン様直筆のサインが。かような冗談を送るわけがない! だが、本当にこのようなことが起きれば! アルリナでは対応できない!」
「ノイファン様、どうされたのだ?」
「この書状を読んでみてくれ」
彼は震える手で書状を拾い上げて、大剣を背負う男に渡す。
渡された男は重要な書状に目を通すことにためらいを覚えながらも、文章へ目を向けて……一言声を漏らした。
「なっ!?」
「アルリナの軍では対応は不可能。ですが、マッキンドーもトロッカーも動いているようです。それでも、書状にあるようなことが起きれば、クライル半島は……」
ノイファンは震える手で、もう一つの震える手の甲を打つ。
「逃げることはできません。ならば、できるだけの手を打ちましょう。軍船の用意を!」
「はっ!」
「そして、危険ですが彼らの手を借りましょう。我々の手だけでは足りない」
「彼ら?」
ノイファンは男へアルリナに存在する、彼の
男はそれに反対するが……。
「ノイファン様、彼らとは交流が難しく、さらにもう一方は信用できませんっ。危険すぎます!」
「その危険はこの書状よりもですか?」
「そ、それは……」
押し黙る男に背を向けて、ノイファンは遠く北にあるアグリスを見つめる。
「ムキに対抗するために、警備や軍の調練を欠かさなかった。書を読み、学び、商人以外の知識を、兵法の知識を吸収していった。しかし、それを振るうことなくケント様に全てを奪われましたが……まさか、活躍の場が生まれようとは……それでもこの書状――フィコン様の誤りであることを祈りましょう」
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