第310話 罠など何するものぞ

 私は意識をヴァンナスの施設に戻し、フィナに状況を問う。


「百のクローンが全員活動を始めるまで、どの程度猶予がある?」

「う~んとね……この調子だとひと月は、えっ!?」

「どうした、フィナ?」

「急に施設の稼働率が上がった。ちょっと、冗談でしょ。この調子だと三日以内に全員が活動を始めちゃう」

「なぜ、突然?」

「わかんない。だけど、呼ばれてる気がする」


「なに?」

「こっちが覗いていることを知ってて、わざと呼び寄せようとしている感じがする」

「……ネオ陛下だろうな」

「え?」


「あの方が行いそうなやり口だ。おそらく、バルドゥルの目覚めを感知して、その脅威が消えたことを訝しがった。そこから、この遺跡が何者かに探索されていると考え、その者にメッセージを送っている。止められるものなら止めてみろ、とね」


「止められるものなら? それってさ、アーガメイトと勇者と関わりの深いあんたが遺跡の探索者だとヴァンナスは思ってるんじゃない?」

「そうだろうな……しかし、三日か。三日ではヴァンナスに行けない」

「それは問題ない」



 フィナはモニターを操り、部屋の端にある転送装置を稼働させた。

「翻訳されたおかげで転送装置を自在に操れるようになった。この転送装置を使えば、王都オバディアの研究施設の結界程度なら貫通して転送が可能。一気に敵の懐に飛び込めるよ」

「そうか、それは良かった」

「よくないっ」


 フィナはこれでもかと眉間に皺を寄せて口を尖らせている。

「フィナ、どうした?」

「どうしたもこうしたもないよ! あんたの親父が転送装置のセキュリティを破れという課題を出してたのにさっ。こんな形で破っちゃって。これだとカンニングしたのとおんなじじゃん!」


「あははは、それでむくれているのか」

「うっさい。それよりもいつ行くの?」

「そうだな、残りの勇者たちが活動する三日以内に……いや、罠があるだろうから、もう少し間を置いて様子を窺った方がいいか」


「私は余り間を空けずに行くべきだと思う」



 彼女の声にエクア・親父・カイン・マスティフ・マフィンの声が続く。

「時間が経てば経つほど厳しくなると思います。だから、私もすぐに行くべきだと思います」

「いつ行っても罠があるなら、罠の存在なんて関係ないでしょうよ。旦那」

「そうですね。それに、相手も急なことで迎え撃つ準備も万端ではないでしょうし」


「うむ、エクアの言うとおり、時が経てば守りが固くなるだろうな。ならば、百よりも十の勇者を相手にする方が幾許いくばくか楽というもの」

「馬鹿は放置するほど調子に乗るものニャ。にゃから、のっけからガツンとやってやるのが鉄則ニャよ」



「みんな……わかった、行こう。だが、さすがに何の準備もなしにとはいくまい。フィナ、二日で遺跡内で使えそうな武器類を準備してくれ」

「おっけ。ただ、武器システムはセキュリティがガチガチで翻訳された状態でも結構厳しい……ま、やってみるけど」


「頼んだ。それとだ、エクア・親父・カイン。三人は一度トーワへ戻り、キサとゴリンに留守にすると伝えてくれ。また、何か必要なものがあれば用意しててくれ」

「はい」

「了解ですぜ、旦那」

「わかりました、ケントさん」


「マスティフ殿とマフィンは一度領地に戻って、ある程度事情を話しておいた方が」

「その必要はなかろう。話せば余計な心配をかける。しばらく留守にするとだけ伝えておく」

「俺もそうするニャ。兵を連れてくるという考えもあるにゃが、今回の作戦の場合、少数精鋭で動きやすい方がいいしニャ」


「そうか。あと一つだけよろしいか?」

「わかっておる。おさが堂々とヴァンナスの懐に忍び込み、その施設の破壊に手を出すというのは明らかな敵対行為。これでは、戦争を吹っ掛けるようなもの」

「そうにゃれば、俺らもトロッカーも終わりニャね……でもそれは、トーワもニャよ」


 

 二人は獲物を捕らえる獰猛な目でギラリと睨む。

 その目に対して、不敵に輝く銀色の目で応えた。



「ふふ、いま、こちらには世界一の錬金術師と古代人の技術があるからな。ヴァンナスもそう易々とこちらに手を出せまい。こちらの持つ技術を見せつけて、彼らが頭を出せないように振舞うさ」



 こう答えると、二人は笑い声と共に言葉を返す。

「がははは、では、トーワとトロッカーとマッキンドーは同盟関係ということだな。ヴァンナスに好き勝手させぬよう死力を尽くそうぞ」

「ヴァンナスだけに美味しい思いをさせる歴史は終わりニャよ。これからは俺たちが美味しい思いをする時代ニャ」


 この二人の笑いに、フィナの声が混じる。

「ってことは、私がすっごい武器を使えるようにしてヴァンナスをビビらせられるようにしないとねぇ。でも、二日か~。一年あれば余裕なんだけど……武器システムにアクセスするのキッツいなぁ。ねぇ、ギウにはわかんないの?」

「ギウ」

「わかんないんだ……なんか、この施設でギウにできることってある?」



 ギウはおっきなお目目の横に指先を当てて唸り声を上げる。

 そこからポンッと手を叩いて、フィナのそばにとあるもの生成した。

「ぎう~……ギウッ! ギウウ、ギウ」

「え、なに? これって……食べ物?」


 フィナの隣に小さなテーブルが生まれて、台の上にはコーヒーとケーキがあった。

 ケーキの上には茶色っぽい実と同じく茶色のカスタードクリームが線上で重なり、上からは白い粉砂糖が降りかかっている。


「もしかして、ギウってこの施設のことあんまり知らない?」

「ギウウ、ギウ」

「食べ物を出せるくらい? そういえば、百合の槍を銛に改装してたけど、武器の改造とか生産とかできないの?」

「ぎうう……」

「百合に怒られる……百合を呼んでシステムを扱わせることは?」


「ギウ、ギウギウ」

「頻繁に呼べるものじゃない。ジョーカーはとっておき? どゆこと?」

「ギウギウギウ」

「とにかく甘いものでも食べて? まぁ、いいけど。それじゃ遠慮なくケーキを……もぐもぐ……なにこれ!? ちょ~美味しいんですけどっ。上に乗ってるのは何かの木の実よね? スカルペルでは見たことないけど」

「ギウ」



 ギウはモニターを呼び出し操り、それをカードのようにフィナへ投げた。

 彼女はモニターを受け取り、中身を読む。

「木の実の名前はマロン。ケーキの名前はモンブラン。名前の由来は地球のアルプス山脈のモンブランで、フランス語で白い山」

「ぎうう~、ギウギウ、ギウ」


「ふむふむ、これはジュベルの好物で、おやつの時間によく出てた。百合たちも食べてたもの……古代人にもおやつの時間なんてあるんだ」

「ギウウ、ギウウ、ギウ」

「主にお菓子を作ってたのはアコスア。アコスアはお菓子作りが得意。百合は鍋料理が得意。ジュベルは麺料理。バルドゥルは丼もの…………なんだろうね、この施設の職員は料理が上手くないと駄目なの? ってか、フードレプリケートがあるのに」


「ギウギウ、ギウギウ」

「料理が得意なのはたまたま。この四人はレプリケートよりも手料理を好む傾向にある。ふ~ん……ねぇ、ギウが出せるのって食べ物だけ?」

「ギウ」

「そっか。それじゃ、ギウには地球の食べ物を紹介してもらうとして、何とか私一人で武器システムを解読しないと」



 フィナはコーヒーを手に取り、甘味かんみに溺れた舌先を清涼なものへと変える。

 そして、私に瞳だけを向けて、微笑む。



「ふふ、美味しいお菓子を届けてくれるメイドさんもいることだし、何とかして見せるね」

「ああ、期待している。これは君だけにしかできないことだからな」

「私だけか……そうね、この世界一の錬金術師、フィナ=ス=テイローにしかできないことっ。さ~ってと、やりますか!」

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