第255話 戦士たちの思い
――港町アルリナ・港近く・昼前/ケント
イラの言葉を信じて、私は港町アルリナに訪れていた。
身分を隠すために、キャビットたちから売りつけられた釣り人がよく着用する青色のフィッシングベストに帽子とサングラスをしている。この格好で釣り店に寄り、釣り道具一式を借りることにした。
そうして港に訪れたはいいが、釣りの場所に迷う。
「ふむ、イラに港で釣りをしろと言われたが、その港がいくつもあるんだが……」
アルリナは港町。船着き場となる港は大小合わせて十以上ある。
季節は秋の入口を越えてるはずだが、残暑がしつこく居座り、今もまだ容赦なく地上を照りつける太陽がその港たちを逃げ水で包む。
「飲み物は一応購入したが、待ち人が来るまで足りるだろうか? とにかく、適当な場所で釣り糸でも垂らすか」
正面にあった港へ向かい、一歩、足を進める。
そこに聞き覚えのある声が届いてきた。
「あ、てめぇはっ!」
「これはケント様。お久しぶりですね」
声の主は小柄な戦士と無骨そうな戦士。
この二人はアルリナを牛耳っていたムキ=シアンの元傭兵で、今は悪事の罪を償うために奴隷となり、新たな港づくりに精を出している。
最後に会ったときは真っ白な作業着だったが、しっかり仕事をしているようで作業着は汚れが染み込み黒ずんでいた。
「あ~、君たちは……誰かな?」
「ふざけんじゃねぇよ! わかってだろ!」
「政治家が人を忘れるはずないですからね」
「ふふ、なかなか良い目を持っている。目と言えば、よく私とわかったな」
「はんっ、それで変装のつもりかよっ」
「あはは、なんとなく背格好でわかりましたよ」
「そうか? 知り合いにはバレバレということか。君たちはなんだかんだで健康そうだな」
「気楽に言いやがって。てめぇはのんきに釣りかよっ!」
「たまの休みだ。釣りくらいさせろ」
「ケッ」
小柄な戦士は唾を吐き捨てる。
そこから態度を改めて、言葉低くアグリスのことを尋ねてきた。
「アグリスとやりあって、勝ったってな」
「ああ。親父が君たちトリビューターの元兵士に協力を求めたそうじゃないか。君たちにも感謝しないとな」
「やめろよ。あの戦争、てめぇの
そこで一度、彼は言葉を降ろす。
だが……。
「まぁ、多少の気は晴れた。それにカリスの連中には悪いと思ってたところもあるしな」
「うん?」
「チッ!」
小柄な戦士はしゃべりすぎたとばかりに舌打ちをする。
代わりに無骨そうな戦士が言葉を生む。
「俺っちたちがアグリスに敗れ、その後、トリビューターの民のほとんどがアグリスの奴隷として扱われるようになったんです。でもある時、ムキ様に連れられアグリスに訪れた際に、見ちゃったんです」
「何をだ?」
「奴隷になったトリビューターの民が、さらに下層に位置するカリスに暴力を振るっていたところを……」
無骨そうな戦士は言葉に悲しみを宿らせる。
その彼の言葉に触発されたのか、小柄な戦士が打った舌を戻して語り始めた。
「クソッたれのアグリスの奴隷にされたってのに、あいつらは自分より下に誰かがいることに優越感を覚えて、さらには傷つけてやがった。全部アグリスの手の平の上だってのによっ」
憎しみの
人の心を蹂躙する非道な支配のやり方。
尚も彼は言葉を続ける。
「俺自身、自分がクソッたれな悪党なのはわかってるさ。こんなこと口にする立場じゃねぇ。でもな、情けなくてっ。アグリスに町を焼かれ奪われ、何もかも失い奴隷に落ちたってのに、そいつらが用意したおもちゃに嬉々として目を輝かせてる同胞を見ると……くそっ」
彼は反吐を漏らし、言葉を閉じた。
彼が私に協力したのはアグリスへの恨みもあるようだが、かつての同胞の惨めな姿に思うところがあったからのようだ。
この制度の維持を強く求めているのは二十二議会。
しかし、エムト=リシタやフィコンや彼女の母であるフェンドは違う。
それを彼は知っていて、少しでもこの馬鹿げた制度を覆せるようにフィコン側に肩入れをしたようだ。
彼は鼻で大きく息を飛ばし、雰囲気も感情も吹き飛ばす。
「フンッ、あほらし。ケント、てめぇのところにはカリスがいんだろ?」
「ああ」
「てめえは甘ちゃんだから滅多なことはしねぇだろうがあいつらを……はんっ、俺は何を言ってんだ? 馬鹿かよっ!」
彼は片手を大仰に振って、自分の心をかき消す。
するとそこに、どこからか怒鳴り声が飛んできた。
――こらぁ! 奴隷ども、さぼってんじゃねえぞ!!――
「ったく、うるせいなぁ。威張り腐ってからよ。元気よく働かせてぇなら、もうちょい飯の量増やせっての! ほら、行くぞ」
「うん、兄貴。それじゃ、ケント様」
「ああ、達者でな」
「そうだ、ケント様。釣りをするならそこの埠頭よりも、もう少し北に行ったところにある桟橋の方が良いと思いますよ。魚の種類も数も豊富で、俺っちも時々雷撃の呪文で魚を取ってますから」
「そうか? では、そちらへ行ってみるよ」
「この馬鹿、ケントなんかに下らねぇこと教えてんじゃねぇよ!」
「ごめんごめん、兄貴。じゃ、失礼しますね、ケント様」
「ああ」
二人は工事現場の監督らしき親父のもとへだらだらと歩いて行った。
私は無骨そうな戦士の大きな背中を見つめる。
「彼は剣も扱える魔術士だったのか? あの巨漢からはそうは見えないな……それにしても、時々魚を取っているなんて。彼らは奴隷の割には随分と自由があるようだ」
無骨そうな戦士から視線を外し、北へ顔を向ける。
「さて、桟橋か。ふふ、釣りをするなら港よりもそっちの方が風情があるな。どのみちどこで釣りをしていいのかわからないんだ。楽しめそうな場所にしよう」
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