第173話 残影が広がる世界

 左目に木片が突き刺さり、診療台に横たわるケント。

 彼のそばには、カイン・エクア・ギウ・親父・マフィン・フィナが立っている。



 痛々しいケントの姿を見て、エクアは水色の髪を振り乱し、謝罪を繰り返す。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。倒木から私をかばったばかりに!」

「それは違うニャよ、エクア。道を管理していたのはキャビットニャ。責められるべきは俺たちニャ」

「責任の所在が誰かなんてどうでもいい! カイン、ケントの容体は!?」


 フィナに問われたカインは立方体の灰色の医療用ナルフを使い、ケントの容体を診ている。

「っ……木片は脳まで到達している。残念だけど、これじゃ助からない」


 この言葉に、エクアは足から力を失い、へたりと床に腰を落とす。

 親父は壁を殴りつけ、マフィンは片手で猫耳を押さえる。

 フィナはカインに食って掛かるが、カインの答えは変わらない。

 その中でギウは僅かな動作を見せて、前へ歩き出そうとした。

 だが、途中で足を止め、真っ黒な瞳にケントの姿を映す。




――――

「……つっ、ここは?」

 辺りを見回す。あるのは古びた家具たち。

 どうやら、私は再び元のベッドに横たわっているようだ。

 そのベッドの脇には木製の椅子に座るセアの姿があった。


「あら、おはよう。目の痛みはどう?」

「え? あまり痛くないな」

「そう、それはよかった」

「君が治してくれたのか?」

「痛みを取り去っただけ。ま、全てが済んだら傷は治してあげるから安心して」

「傷?」


 私は激痛の走った左目に手を置いた。

 しかし、傷らしきものは一切ない。

 戸惑う私を見たセアは小さく笑う。



「クスッ、まだ思い出さないのね。あなた、エクアを守って傷を負ったのよ」

「エクアを…………そうだ! マフィンに会いに行く途中、木が倒れてきて、それでエクアをかばい」

「そう。その時、木片が左目に突き刺さって、今のあなたは危篤状態」

「危篤?」

「ええ、危篤よ。そこにある鏡を見てちょうだい」



 彼女に促され、手鏡が置かれた台を見た。

 そこには怪我を負った私を取り囲む仲間たちがいる。

 皆は口々に私を心配し、エクアはあまりの出来事に我を失っているようだ。


「これは、一体?」

「あっちは現実の世界」

「現実? それでは、ここはあの世だというのか?」

「似たようなものだけど、ちょっと違う。ここは情報の残影が広がる世界」

「ん?」

「私たちが何者かはもうわかっているでしょう?」

「この村が本当にあのテラなら、君たちは勇者の末裔である地球人の血を引く者たちとなるが……」

「正解。私は地球人の血を引く者。私だけじゃなく、村に暮らす人々もね」

「……説明をしてもらえるか?」

「もちろんっ」



 セアはこの世界が何なのか、一体何が起きているのか。

 その説明を丁寧に行ってくれた。



――セアの説明


 私たち地球人の末裔の肉体には、ある日のこと、古代人の力が宿ってしまった。

 そのため、命を蝕まれることになったんだけど、代わりに彼らの力を使って記憶を残す領域を生み出すことができた。

 この世界は生前の私たちの記憶を留め、守り、今も情報を重ね続ける世界。

 

 

「この世界で私たちは一の存在となり、全てを共有する存在となった。その世界にケント、あなたが迷い込んできたのよ」

「なぜ?」

「あなたの銀の瞳の力。あなたの瞳にも古代人の力が宿っている。その力が脳まで到達した木片によって、脳内部に流入した。そのおかげで、私たちの世界と繋がったというわけ」


「いまいち理解しがたいが、銀眼に宿る力が脳に入り込み、今の状態にあるわけだな」

「そうね」


「この世界は地球人の末裔たちの世界……初代勇者、地球人たちの記憶は?」

「断片的には。訪れた地球人に宿ったアレは、その時だとまだ薄いものだった。だから、人格を残せるほどの情報は残ってないの。アレは二つの力が綱を引き合い、世代を重ねるごとに濃くなり、一方が力を増し、均衡を破るもの……」


「たしかにそういう代物だったな。それで、私はこれからどうなる?」

「私たちが傷を治す。だから、あなたが死ぬことはないわ。でも、その前に見てもらいたいものがあるの」

「それは?」



 セアは椅子から立ち上がり、両手を大きく広げた。

「私たちの村を見てもらいたいの。ここで私たちがどのように暮らし、何が起きたのか」

「君たちの暮らしぶりを見るだけでいいのか? その程度なら……しかし……」



 台に乗る手鏡には仲間たちの悲痛な声と姿が映し出されている。

「彼らに、私のことを心配する必要はないと伝えられないだろうか?」

「ごめんなさい。それは私たちでは無理なの」

「そうか……」


「でも~、わたしなら可能よ~。ケント様~」

「なっ!?」




 不意に、柔らかな声とともに水が螺旋を描き、その中から流動生命体のイラが姿を現した。

 相も変わらず、清涼に透き通った美しい水衣みずころもを纏うイラ。

 彼女の突然の登場にはセアも驚いている。彼女にとってもこれは予想外の出来事のようだ。

 イラは私たちの驚きに小悪魔のような微笑みを向ける。


「ふふふ~、びっくりさせちゃってごめんさ~い」




――診療室


 皆が痛ましさに身を包む中、カインは医療用ナルフと木片を交互に見ながら、何とかケントを救う方法を考えていた。


「治癒魔法で木片を覆い、そっと木片を抜く。うまくいけば命は救えるかもしれない。だけど、助かったとしても、どれほどの障害が残るか。一生、意思の疎通もできない姿になるかも。どうすればっ」

「おちついて~、先生~」

「え?」



 この場には不似合いなのんびりとした声が響く。

 皆は診療室の入口に顔を向けた。

 そこにいたのは、水のような肉体を揺らす流動生命体のイラ。

 彼女はちらりとギウを見るが、ギウは無言のまま何も答えず。


 それを肯定と受け取り、彼女は診療室に入った。

 そして、ここに居る全員に話しかける。


「ケント様は~、いま、大事な用事を行っているのよ~」

「用事? あんた何を言ってるの?」

「フィナちゃ~ん、世界には不思議なことが数多にあるけどぉ、それをいま問いかける場ではないでしょ~」

「っ!?」


 イラは言葉優し気な音を産むが、それに内包される圧には有無を言わせぬものがあった。

 フィナはその圧に押され、言葉をなくす。

 イラはゆらりと体を振って話を続ける。


「世界は疑問だらけ~。でも~、あなたたちがいま知りたいのはぁ、ケント様のこと~。そうでしょ?」

 皆はこくりと頷く。

 それを受け取ったイラは微笑み、言葉を返す。


「私はケント様の意識に入り込むことができるの~。そこでみんなの伝言を伝え、みんなにもケント様の伝言を伝えてあげるからね~」


 イラは静々と歩き、ケントの傷に手を伸ばす。

 伸ばされた手は形を失い、水となってケントの傷口に浸透していった。

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