第146話 ギウは認める

――フィナによる遺跡探索のための説明


  

 まず、入り口の結界だけど、それはもう破り方を考えた。

 ほとんど以前話したことと変わらないけどね。

 それらは遺跡の前で話す。

 今から話すのは結界を破り、遺跡内部に入った後の話。


 侵入後すぐに、空間の力が宿る結界で私たちを包み込む。

 この結界は通常の結界よりも外部の影響を受けにくく、周囲の環境に結界の形を合わせやすい。

 結界内部には酸素を産み出す風精石ふうせいせきを配置して、酸素の供給を確保。


 結界外部では光の魔法を使用して放射線を弾き飛ばす。

 これで結界から外に出ない限り、放射線による被曝を恐れる必要がない。


 

「あとは……私のナルフなんか目じゃない、強化されたナルフを使って、放射線の線量を測定する」

「私の?」

「ごめん、今のは気にしないで。とにかく、光魔法と空間の結界で対処できないレベルに達したら、そのナルフから警告が出るようにしてる」


「放射線についてかなり詳しくなったようだな」

「あんたから教えてもらった知識と強化されたナルフを使い実際に調べてね。今ではアルファ線から中性子線までどんと来いよ……ま、原子だの分子だの、私たち実践派の知らない知識や観点をひけらかされたのはムカついたけどっ」



 フィナは苦虫を嚙み潰し、それを舌先でねっとりと味わい、吐き気を催したような皺塗れの表情で私を睨みつける。

 正直この話を行ったとき、フィナが原子について知らないことに私は驚いた。

 それは理論派と実践派が別れる前に、これらの情報を共有していたはずだからだ。


 だが、フィナと会話を重なることで知らない理由に合点がいった。

 彼女は原子のことをレスターの素として表していた。


 紫外線という用語もそうだが、実践派は二百年以上前に袂を分かって以降、物理学の用語や知識の一部を魔導の用語や価値観に置き換えたり、従来の魔導の性質のみを把握するだけに留めて、それらの謎を追うことなく当然として扱っていたようだ。


 そのため、原子の構造自体は把握できていないが存在自体は理解しているという、不思議な知識を得ている。


 もっともこれらについては、理論派が実践派の状況を知らないというよりも、私が実践派の存在に興味がなく知らなかった要因が大きい。

 私はドハ研究所で周りを見ることなく、一つの研究に没頭していたから……。



 ともかく、彼らは理論派と違う道を歩むために全てを魔導の色に塗り替えたのだろう。

 結果、共有していたはずの知識の一部の名前が変わり、断片的になり、時に埋没してしまったと見られる。



 だが、不思議なことに、素粒子物理学の一部分ではあるが妙に詳しいところがあった。

 もちろん、目線は科学ではなく魔導的観点からだが。

 これは彼らの光魔法の研究の成果だと思われる。


 とはいえ、原子構造に詳しくないのに物質を構成する最小単位はわかるとは……訳がわからない。

 彼らは魔導を主軸にどう知識を消化しているのだろうか?



 これとは別に理論派が使う用語・重力子という単語を知っているところから、どこからか情報が洩れて実践派に渡っている可能性もあるが。


 密偵?――これをヴァンナスに報告した方がいいのか悩むところだ。

 いや、下手なことをしてこちらの動きを勘づかれる方が問題か。

 そもそも、理論派と実践派の関係にあまり詳しくない私が不用意に口を挟む問題でもないか……。



 と、些末なことに頭を悩ませる私を、フィナはいまだ睨みつけている。

 知らぬ知識と観点に悔しさを覚えているようだが、彼女は私の拙い知識と説明からでも理論派が持つ知識を十二分に理解し、あっさり吸収していった。


「そう睨むな。私こそ、君を睨みたいんだぞ。私は教科書を読んだから知っている程度。それなのに……凡才の私とは比べ物にならないくらいの才能を目の当たりにして年甲斐もなく嫉妬覚えたものだ」

「え、そうなる? ふふ~ん、ま、私は世界一の錬金術師だからねっ」


 フィナの声色が明るくなり、歪んでいた口元が緩む。

「ふふ、才はあるが、君は単純だな」

「こんのやろっ。喧嘩なら買うぞ」

「前も言ったが売り切れ中だ。話を戻すが、大勢の人間を放射線から守る方法を考え出すとは実に頼もしい。さすがはテイローの名を継ぐ者」

 

「評価してくれるのはありがたいけど、実際のところはやってみないとちゃんと防げるかわかんないよ」

「うむ、恐怖は以前なくならずか。と、かなりの危険があるわけだが、再度聞く。皆は探索に参加するのか?」



 この問いかけに、マスティフ・マフィン・エクア・親父はこくりと頷いた。

 私はマスティフとマフィンに話しかける。


「しつこいようだが、お二人ともおさという立場。よろしいのか?」

「長であるこそ、最も危険な場所を見ておかねばな」

「それにニャ、このことはヴァンナスには秘密の調査ニャ。にゃったら、探索を行うことを知っている者は代表とその身近な者で留めるべきニャ」


「わかった。もう、このことは尋ねまい。二人ともありがとう」

「がははは、なに、こちらも気になっていましたからな。祖先から近づくなと言われ、ずっと遠ざけていた場所」

「そこに何が眠るニャか? 情報を第一とする商売人としてはいち早く知っておきたいニャ」



 二人の言葉はとても頼もしい。だが、一応マフィンにだけは釘を刺しておく。


「マフィン、遺跡の情報は共有するが、どれを表に出すかはこちらに判断させてもらうぞ」

「にゃ~、しみったれニャね~。ま、一枚かませてもらっただけで今は退いてやるニャ」

「そうしてくれ。では、準備、ん?」

「ギウ」



 不意にギウが一歩前に出る。

 そして、フィナに何かを訴え始めた。

「ギウギウギウギウ」

「え? 遺跡内で使う結界とナルフを見たいの? いいけど……」


 フィナは空間の力が宿る小さな結界を生み、風精石を見せて、今まで見たことない人頭ほどの大きさの正十二面体の真っ赤なナルフを浮かばせた。

 以前、遺跡前で彼女はナルフを強化するというようなことを言っていた。

 そして、先ほども強化されたナルフという言葉が出ていたから、赤のナルフは強化されたものだろう。

 それらをギウはじっくりと観察している。



「ぎう~」

「なんか気になることでもあんの?」


 ギウはフィナの問いかけに答えず、結界・風精石・ナルフを見つめ、人差し指を動かし始めた。

 その様子は何かの計算をしているようにも見える。


「ぎうう~、ギウ、ギウギウ。ギウッ」

「な、なによ。どうしたの?」

「ギウッ」


 ギウは納得したような素振りを見せて、尾っぽをぱたりと振った。

 いつもなら、彼が何をしているのか何を訴えているのかわかるが、今回ばかりはさっぱりだ。

 フィナがギウにもう一度尋ねている。

 


「なんなの、結局?」

「ギウギウギウ」

「え? さすがだって。ま、まぁね……褒められた。なんなの?」


 と、私に視線を振る。

 私は……。



「さぁ? 少なくとも、君の才に敬意を払ったんじゃないかな?」

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