第114話 キャビットのニャやみ

 親父にキャビットの情報を尋ねると、彼はこう答えてきた。



「表沙汰にはなってませんが、現在、マッキンドーの森に住むキャビットの間で流行り病が蔓延しているようで」

「ほぅ」

「正直、旦那が医者と錬金術士と出会っていたのは、天恵かと思いぞっとしましたよ。旦那は良いものを持ってます」


「彼らは窮地にあり、我らには救う術がある。偶然とはいえ、これほど都合の良い展開はないが……その流行り病、危険なものでは?」

「キャビット特有の病だそうで、俺らには関係ありません」


「そうか。あとはこちらがその病に対して有効な手段がとれるかどうかだが……その特有の病の症状はわかっているのか? 治し方は?」


「病名はグルーミー。症状は全身の毛が抜け落ちる病気でございます。キャビットはこの病気を他種族に知られるのを嫌っているため、人間族には中々情報が降りてこない病気。そのため、治療法は確立していないと言われていますぜ」

「フィナとカインの腕次第というわけか」



 カインの医者としての腕はわからないが、王都では若手のホープだったと言っていた。

 フィナもまた実践派のおさ

 医療アドバイザーとなるカインと自称世界一の錬金術師フィナがいれば、何とかなるかもしれない。


「ともかく、一度会ってその病気を見てみないとわからないな。問題は会ってくれるかどうか」

「な~に、会わないというならば、無理を押せばようございますよ」


「こちらは一応領主。向こうも無下には断れないか……それに魔族の件もある。桃色の毛の魔族は森へ逃げ込んだ。そこからも切り込めそうだな。いや、むしろ堂々と病気を治しに来た、と伝えるのも悪くない」

「それはさすがに勇み足では? 治せる保証もないのに」


「そうか、親父はフィナを知らないのだったな」

「はぁ?」


「彼女の錬金術の腕はアーガメイトに並ぶと言ったら?」

「えっ? まさか、あんな小娘が……」

「彼女の実力は、このケント=ゼ=アーガメイトが保証しよう。一族から離れ、名を出すのは不本意だが、ここまですれば説得力があるだろう?」


「アーガメイトの名を出してまでフィナという娘っ子を旦那が買っているのならば、俺も信用しましょう」

「ふふ。さて、フィナとカインの実力は如何ほどのものか。まずは自信を問うてみよう」




 親父にフィナとカインを呼んでくるように頼む。 

 二人が執務室に来たところで、先ほど話していたキャビットの話をした。

 難しい顔を見せるカインに反して、フィナはあっさりとキャビットの病気を看破する。



「ああ、たぶんそれ、猫カビね。おばあちゃんが話してたの覚えてる」

「猫カビ?」

「うん、真菌が原因の病気」

 と、フィナが答えると、カインが言葉をつなげた。



「ああ、皮膚糸状菌症ひふしじょうきんしょうか。それなら、対処は十分に可能ですよ、ケントさん」

「病気には詳しくないが、あまり重いものではないのか?」

「重症化することはめったにないですが、非常に強い痒みを引き起こすこともあって、爪で皮膚を引っ掻いて体を傷つけたり、そこから他の感染症を発症したりしますから。かなりきつい病気ではありますね」


「そうか……」

「どうしました、ケントさん?」

「いや、あっさり病気が解決しそうで、拍子抜けをした。親父さんからは治療法が確立していないと聞いたのだが?」


「おそらくそれは、キャビット族の中での話でしょう。人間族では治療薬が作られてます。まぁ、貴重ですが」

「貴重とはいえ薬があるなら、キャビットはどうして、この病気を人間族に相談しない?」



 この疑問に親父とフィナが答える


「まさか、人間族に治療薬があったとは盲点でした。ですが、相談したくない理由もわかります。キャビットは気位が高い。きっと、毛の抜け落ちた姿を晒したくはないのでしょう」

「それに猫ではないと言いながら猫カビに罹っちゃうんだから、絶対に他の種族に知られたくないでしょ」


「なるほどな。しかし、薬があるのなら、せめて薬だけは人間族の医者から購入すればいいものの」

「購入したらバレるじゃない。だからたしか、キャビットはこの病気にかかると民間療法を取っているはずよね、カイン?」


「いや、恥ずかしながら、僕もグルーミーがただの猫カビだったというのは初耳だから。でも、もし民間療法を取っているなら、患部に蜂蜜やヤシ油などを塗ったり、微量の亜鉛やセレンといったものを摂取しているんじゃないかな?」


「なんだかそれだと、キャビットに下味をつけてるみたい」

「ぷふっ、フィナ君。病気で苦しんでいる人に失礼だよ」

「なによ、カインだっていま笑ったじゃない」



「二人ともキャビットの前ではやめてくれよ。それでカイン、その療法の効果は?」

「全く効かないとまでは言いませんが、あまり有効とは……」

「そうだろうな。それで二人に尋ねるが、薬の用意はできるか?」


「カインの薬の知識次第かな。それさえ十分であれば調合できると思う」

「カイン、どうだ?」

「ええ、大丈夫だと。それなりに手間ですが」

「そうか、ならばさっそく準備をしてほしい。頼めるか?」


「うん、いいよ。キャビットと交流が持てれば、色々なものが手に入りやすくなるし、私としてもお近づきになりたいから」

「そうですね。うまくいけば王都でしか手に入らないような医療器具も手に入れられるかもしれません」


「ふふ、キャビットを助けることは皆に利があるということか」



 私は席を立ち、一度窓から外を眺めて、皆へ顔を向けた。

「なにもないトーワと思ったが、君たちが来てくれたおかげで多くの者たちと交流が持てそうだ。感謝する」

「別に気にしないで。私は遺跡に興味があって滞在してるだけだし。それに、結構面白いと思うよ、ここ」

「僕は鉱山での恩返しをしたいと思っていますから」

「カイン、それはドハの――」


 カインはそっと手のひらをこちらを向けて、私の懺悔を止める。

「あの場で選択を誤ったのは僕自身。失意から救い上げてくれたのはケントさん。それだけですよ」

「そうか、ありがとう……それでは、キャビットのために薬の用意を頼む。他種族に感染しない病気とはいえ、毛が抜け落ちる病気となれば、その見た目で忌避され、無用な差別が生まれるかもしれないからな」



 そう、言葉に出すと、フィナとカインが互いに目配せをして、とんでもない事実を語ってきた。

「え、この病気、他種族にも伝染うつるよ」

「はい、真菌が原因というなら、不潔にしていたり、毛深い場所の手入れがおろそかになると、感染することも……」

「なに?」

 私は疑問の声とともに親父を睨む。親父は……。



「すみません。グルーミーはキャビット特有の病気ってのが一般的な話でして、専門家のお二人のように詳しくは知りませんでした」

「おやじ~」


 私は無意識に自分の少し長めの銀髪を押さえる。

 おそらく、毛が抜け落ちる病気と聞いて頭髪を心配してしまったのだろう。

 すると、フィナとカインは。


「毎日お風呂に入ってれば大丈夫だから。幸い、トーワにはお風呂があるし。私のおかげで。別に体を洗わなくても、お湯で体を流すだけでも予防はできるしね」

「真菌が身体についてもそこに傷がなければ、二十四時間以内に洗い流せば大丈夫ですよ。それにキャビットやワントワーフと比べ、毛の量の少ない人間族の髪の毛では繁殖が軽減されますから」


「それでも気になるようなら、私が色々道具を準備しとくよ。といっても石鹸と水精石すいせいせきだけど」

「ああ、石鹸なら僕が薬用のを用意しておきますよ」


「二人とも、頼んだっ」


 私は拝みように手のひらを合わせ、彼らに言葉を返した。

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