第100話 賑やかなトーワ
私たちは再び魔族との遭遇のおそれのある街道を避けて、北の荒野を二日を掛けて渡り、夕刻のトーワへと戻ってきた。
トーワへ近づくと、妙に騒がしい。
馬に鞭を振るい、急ぎ向かう。
「これは……?」
トーワの防壁内部に、大勢の人々がいた。
ほとんどが大工仕事を
その中で、二枚目の防壁の内側に建っている、三件ほどの奇妙な小屋の姿が目についた。
ギウとフィナに馬を預け、私とエクアは駆け足で奇妙な小屋へと向かう。
その途中、仕事をしている者たちが私たちに軽い会釈をしてくる。それに応えながら、彼らの仕事に注目する。
彼らは重い石材を運んで、防壁の修復に当たってるようだった。
何故、という疑問が浮かぶが、とりあえず奇妙な小屋を目指す。
小屋のある防壁内部までやってきた。そこにあった一件の小屋の脇には、のぼり旗が風にたなびいている。
のぼり旗に書かれていた文字は――『キサのお弁当屋さん』……。
私は旗を見つめ、眉を顰める。
「キサの? どういうことだ?」
「あ、ケント様。キサちゃんがお店にいますよ!」
エクアが店を指差す。その店内にはエクアの言うとおり、アルリナの八百屋の娘であるキサがいた。
キサは二本の赤色の三つ編みの髪を揺らしながら、大工たちに弁当を売っている。
私たちは早足で店へ近づく。
店は木造建てで、外観は祭りの出店を少し立派にし、店の背後に小さな部屋を設けた程度のもの。造りからみて、簡素に組み立てのできる建物のようだ。
私が忙しなく両手を動かしているキサに話しかけると、キサはこちらに鳶色の瞳を向けてきた。
「キサ、これは一体?」
「あ、領主のお兄さん。お久しぶり~。エクアお姉ちゃんも久しぶり!」
「うん、久しぶり! でも、どうして、キサちゃんがここに?」
「それはね、あ、ちょっと待ってて、お客さんにお弁当を売り終えてから」
数人ほど並んでいた客に弁当を売りさばき、客がはけたところで店の横にあるスイングドアからキサが出てきた。
「ふぅ~、疲れた」
「キサちゃん」
「エクアお姉ちゃん!」
キサはエクアの胸に飛び込み、頬をすりすりと擦りつけている。
まるで姉妹のような姿を見せる二人。
あのアルリナの一件の際、エクアを預けていた間に二人はとても仲良くなったようだ。
「ちょっと、キサちゃん。倒れちゃうからっ」
「あ、ごめんね。エクアお姉ちゃん」
「ううん、大丈夫。それで、どうしてキサちゃんが?」
「んとね、お母さんが来るはずだったんだけど、足を痛めちゃったから私が代わりに来たの」
「え?」
「お母さんったら、私が代わりに行く~って言ったら、すっごい反対するの。でも、お父さんがゴリンさんに預ける形でならいいだろって、あと押ししてくれたの」
「えっと、ごめんね。私たちが聞きたいのはそう言うことじゃなくて……」
「ん?」
キサはちょこんと首を斜めに傾ける。
どうやら、私たちの間に齟齬があるようだ。それを噛み合わせようとしたところで背後からゴリンの声が聞こえてきた。
「あ、ケント様。お帰りで」
「ああ、ゴリンか。ちょうど良かった」
私は片手を使い、トーワ全体を撫でるように振るう。
「ここで何が起こっているのか、説明してもらえるか?」
「ええ、もちろん。ですが、その前にお耳に入れたいことが」
「なんだ?」
「アグリスからアルリナ宛に、魔族が山脈を越えたという伝えが届き、ノイファン様からケント様に伝えるよう頼まれやして」
「それについては知っている。ワントワーフの長・マスティフ殿から聞いた」
「そうでやしたか」
「そのことで、こちらも後で報告を行うことがあるが、まずは城で起きていることを教えてくれ」
「はい」
ゴリンから説明を受ける。
彼は防壁の修理を行おうと思い、ノイファンに人手を寄越すよう手紙を送った。
ノイファンはそれに応え、人材と道具を届けてくれたようだ。
そのため、人が増える。
これでは今までのように私たちと一緒に食事をしていては私に負担がかかると思い、食事を自分たちで賄うことにした。
そこで、幾人かの商売人を寄越したというわけだ。
キサはその中の一人。
本来はキサの母が訪れる予定だったが足を痛めてしまい、キサが代わりに。
キサの話では母親は反対したらしいが、キサが商機を失うわけにはいかないと真っ向から対立。父親が間に立ち、ゴリンが預かるという形でキサがここにやってきたと。
「それで、この賑わいか。キサも無茶をする」
「そうでもないよ~。ここまではみんなと一緒だったし、お金の計算はできるし、お料理もできるし、火の管理もバッチリだもん」
「いや、まだ八歳になるかならないかの女の子には無茶だろう?」
「うん? 何歳でも働けるなら働いてもいいと思うけど?」
たしかに、学校へ行けない子どもたちの多くは幼くも働いていることが当たり前。
だが、ここまで本格的な商売をたった一人で切り盛りしているという話は聞いたことがない。
「大変だろう、キサ?」
「ううん、楽しいよ。儲かるし」
「いやな、子どもというのは遊び、学び、自由であるものだろう」
「お仕事の合間に遊んでるし、お仕事を学んでるし、これが私の自由だよ? おかしな領主のお兄さん」
「えっと、なんと言えばいいんだ……?」
言葉に窮する私。
すると、ゴリンが助け舟を出してきた。キサへの……。
「子どもでも働いている者は大勢いやすし、キサ坊は独立して商売を学ぶという経験もできやすし問題ないでやしょう」
「しかしだな」
「あっしがちゃんと面倒見ますんで、ケント様の手を煩わせるような真似はしやせんよ」
「そう、か……」
どうも、私と彼らの間には価値観に対する大きな溝があるようだ。
思い返せば、王都でも靴磨きや簡単な配達などをして生計を助ける子どもたちはいた。
キサの場合は生計を助けるどころか、一国一城の主だが……。
一国一城の主――
この言葉が、今回の出来事に関して、ある問題を秘めていることを思い出させる。
それは一先ず脇に置き、キサにとあることを尋ねる。
「キサ、寝泊まりはどこで?」
「お店。奥にお部屋があるから」
「不便はないか? よければ、城の一室を貸すが?」
「それは駄目だよ~、領主のお兄さん」
「どうしてだ?」
キサは他の二店舗にちらりと視線を投げて、私に戻した。
「私だけ特別待遇なんて駄目だよ~」
「たしかに、そうだな。君はよくできてる。幼い少女とはとても思えない。立派なレディだ」
「えへへ~」
褒められたキサは桃色のほっぺを赤く染めて、指先で頬を掻いている。
その姿は年相応の少女そのもの。だが、中身は大人顔負けの商売人。
私はキサと時間を作りたいであろうエクアを残し、ゴリンに声を掛ける。ある問題について……。
「ゴリン、少し話したいことがある。城まで来てくれるか?」
「え、ええ? そりゃあ、もちろん」
この時の私の声には凄みがあったのだろう。
ゴリンは少し怯えた様子を見せていた。
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