第67話 盛大な勘違い

――三枚目の防壁



 私に対して、アーガメイトの名を口にした女性……いや、少女を見つめる。

 年若く、まだ十六といったところだろうか?


 白い羽飾りの付いたつば広の赤いチロルハットと赤いコートを纏い、肩から腰に掛けて魔力の宿る属性爆弾を合成した試験管を収めるたいをつけている。

 太ももが露出するショートパンツの右腰には、高純度の魔力が封じられた黄金の魔法石を先端に結ぶ鞭。

 左腰には茶色のポシェットと回復薬を収めた緑色のフラスコ。


 見目は大変美しく、凹凸がはっきりとした男の目を攫う少女。だが、お淑やかとは程遠く、気の強さと自信を醸し出す雰囲気を纏っている。

 少女は濃いサファイヤ色の長い髪を風に揺らし、同じくサファイヤのように輝く瞳に僅かばかりの紫を溶け込ませた魅惑的な視線で私を挑発するように睨みつけていた。


 

 装備と雰囲気から、攻撃型の実践派の錬金術士と見える。

 


――錬金術士には攻撃型と防御型、そして理論派と実践派がいる。

 攻撃型と防御型は読んで字のごとく、攻撃を重視した装備をしている者と、防御を重視した装備をしている者。



――では、理論派と実践派とは?――



 理論派――主に王都の研究所や教育機関に所属する錬金術士たち。古代人の知識を基礎に科学的アプローチで真理を追い求めている。彼らは研究に明け暮れ、国家のために働いている。



 実践派――別名は旅の錬金術士。魔導の知識を主軸と置く錬金術を操る。彼らは世界を旅して、人々の助けとなっている者たち。各地で庶民相手に学問を伝え、時にその中から錬金の才能を持つ者を見出し、錬金術を伝えている。



 そして、彼女が口にした、テイローの名……。



「君はあの――」

「ケント様がアーガメイト!? ど、どういうことですか!?」


 私の後ろに控えていたエクアが驚きの声を上げた。

 まぁ、アーガメイトの名を聞いて驚かぬ者はいない。



 アーガメイトの一族の名はヴァンナスを飛び出し、世界全体スカルペルに響き渡っている。


 多くの発明を生み出し続けるアーガメイト一族――世界に住まう者たちは誰もがアーガメイトの恩恵を受けていると言っても過言ではない。

 エクアならば、彼女の父が医者であったろうから、医者が使う機器からアーガメイトの名を知っていたのだろう。

 

 エクアの驚きを鎮めるために、簡単に私のことを話す。


「エクア。私はアーガメイト一族の長・アステ=ゼ=アーガメイトの養子だった」

「え!?」

「だが、今は一族から離れ、ケント=ハドリーとしてここにいる。今はこれで納得してくれ」

「は、はい」


 と、返事はしてくれたものの、エクアから驚きの様子は消えない。

(ふぅ、エクアの判断に感謝だな。もし、城内でアーガメイトの名を口に出されていたら、ゴリンたちも同じようになっただろうから)


 私はこちらを窺うように見ているフィナ=ス=テイローに顔を向け直した。



「失礼、紹介を受けたというのに話を途中で止めてしまい。だが、今後はアーガメイトの名を出すのをやめていただきたい」

「それは養子だから? それとも後ろのお嬢ちゃんのようにびっくりさせちゃうから?」

「両方だ」


「ま、お家騒動でごたごたあったみたいだしね。わかった、えっと」

「ケント=ハドリーだ」

「わかった、姓はハドリーね。今後は名のケントと呼ばせてもらう。じゃ、改めて、私はフィナ=ス=テイロー。実践派にして世界一の錬金術師よ。錬金術『士』じゃなくて『師』、そこは間違えないで」

「マイスタークラスか……まだ、年若く見えるが、テイローの名を引き継いだならそうなのだろうな」


 

 スカルペルには二大錬金術士の家系が存在する。

 一つは理論派の頂点に立つ・アーガメイト一族。

 もう一つは実践派の頂点に立つ・テイロー一族。

 

 テイローの一族はその時代の最高の錬金術士にしかテイローの名を名乗らせない。

 つまり、このフィナ=ス=テイローは、現在テイロー一族のおさということだ。



「ふふ、あのグランドアルケミストのファロム様がよくも名を明け渡したものだ」

「うん? おばあちゃんのことを知ってるの?」

「一度、王都で……ファロム様はかなり豪快で曲者な方だったよ。そのようなお方から名を譲り受けるとは……」

「譲り受けたんじゃない。奪ったのよ」

「なに?」

「いつまでも老人に椅子に座られちゃ迷惑でしょ。だから、蹴っ飛ばして椅子を奪ったの。実力でねっ」



 フィナは地面を蹴っ飛ばし、そこらに小石をバラまく。

 思った以上に気の強い性格と見える。

「これは……ファロム様よりも豪胆な。それで、そのテイローの一族のおさが何用かな?」

「簡単な話よ。理論派の連中って古代人の知識を独占してるじゃない。その知識がどんなものかと思ってね。あのアステ=ゼ=アーガメイトが養子として認めたあんたの実力なら相当なもののはず。表に理論派の知識が出ることってないから、いい機会じゃない!」


「なるほど。それは盛大な勘違いというわけか」

「勘違い?」

「私は錬金術士ではない」

「はっ、嘘ばっかり。あんたが王都のドハ研究所を出入りしていたことは調べがついてんのよ! アーガメイトの助手をしていたってこともね!」


「さすがは実践派の長。よく調べているが……私が行っていたのは錬金術とは無関係の研究だ」

「はぁ、何よそれ?」

「機密事項なので言えない」

「きみつぅ~? あ~、わかったぞ。アステ=ゼ=アーガメイトは生命科学が専門。怪しげな人体実験に手を貸してたんだ~」

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