第52話 策謀の夜
それでは、ムキ逮捕までの流れを語ろう――。
ムキは私を殺害し、エクアを奪おうとした――これは悪手。
事情はどうあれ、王都への上奏もなく他の領地に攻め込めばムキは糾弾される。
おそらく、彼は傭兵を使い、ケントは盗賊に殺されたとでも取り繕うつもりだったのだろうが……。
これにより、私は大義を得る。
無法を犯したムキに対して、攻撃的な策が打てる大義を。
そこで私はもう一度、ムキの傭兵たちを古城トーワに呼び寄せることにした。
面子を保つことに必死なムキは全傭兵たちを繰り出した――これもまた悪手。
ムキを守っていた力は、金と暴力。その力の一つを一時とはいえ遠くへ置いたのだ。
傭兵さえいなければギルドの兵士や町の
もちろん、そのタイミングをしっかり伝える必要があった。
その伝言役となったのは、土産屋の親父。
親父はムキの屋敷から大勢の傭兵が動いたところを見計らい、商人ギルドの長・ノイファンに接触を図った。
私はその時の様子をノイファンに尋ねる。
「よく、胡散臭い土産屋の親父の話などに耳を貸しましたね」
ノイファンは小さな沈黙を挟み、親父の怪しくも耳を貸さずにはいられない言葉に会うことを余儀なくされたと答えた。
「あの黒眼鏡の男は、あなたを王都から来た監察官だと言いましてね。領主という身分は偽りで、このアルリナで起こっている不穏な兆候を調査するために王都から訪れた、と」
「まったく、親父め。監察官の名を利用するなど大罪だぞ……ですが、これを信じたわけではないでしょう?」
「ええ、もちろん。ですが、門前払いにはしにくい言葉。一度は話を聞かないわけにはいきません。これに加え、この時点であなたに関する、ある情報を得てましたから」
「それは?」
「あなたがアルリナに訪れた時点では、ジクマ様に逆らった若い貴族という程度の情報しかもらえませんでした。そこで、我々としてもそのような人物に関わりたくなく、距離を置くことにしたんですよ」
「それは仕方のないことでしょう」
「ですが、不可解に感じる
「
「ええ。ジクマ様に逆らったはずのあなたを、アルリナの宿で手厚くもてなし、長く休ませるようにと……」
「なるほど、あれはそういうことだったのか……」
アルリナに訪れた際、ノイファンは
それを命じたのはジクマ閣下。
そのことから閣下は、私を生活が厳しい古城トーワに住まわせる気はなく、アルリナに逗留させるつもりだったようだ。
そうだというのに、私は領主任命を額面通り受けて、古城トーワへ向かってしまった……。
(閣下の配慮を無にしてしまったな。それにしてもこんなことに気づかないとは……経験を積んでも、生来の生真面目さというのはなかなか拭えないらしい)
「ふふ」
「ん? どうされました、ケント様?」
「いえ、なんでもありません。つまり、冷遇されたはずの私に対して、厚情をもって接しろという
「ええ。ですので、あなたのことを探らせました。そうすると、ハドリーは旧名。本当の名は……まさか、お父上があの……」
旧名を使っていたためだろうか?
ノイファンは父の名を漏らすのに戸惑いを見せた。
同時にそれは、彼が土産屋以上に深く私を知っている証明でもある。
さすがは政治の世界に身を置く者だろうか。親父よりも政界に通じている。
私はそれについて、隠すことなく答えを返した。
「ええ、私は養子です。そしてそれにより、父の死後、一族のお家騒動が起こり、私は一族から離れた……」
一族の長であり、私の父である『アステ=ゼ=アーガメイト』。
父の死後、一族、特に分家筋は養子である私が遺産を受け継ぐことを良しとしなかった。
また、養子である以上に、あらゆる存在と同列ではない私を認めたくないという思いもあったのだろう……。
私はお家騒動が拗れぬように、父の屋敷と研究機器を管理できる程度の財を戴き、さらにアーガメイトの名を捨てることで、この話に決着をつけようとした。
しかしながら、父の部下であった研究所の職員たちや父と懇意にしていた有力議員が、父が座っていた議員席に私を無理やり座らせてしまい、結局は拗れることになってしまった……。
こういった事情を知ったノイファンは、父の名を伏せ、話の歩を進める。
「たとえ、ケント様が養子でありお家を離れようと、本家と不和があったわけではありません。そうである以上、あなたがここに来たことには疑問符が付きます。とてもじゃないが、左遷などされるはずのない立場。
「だからこそ、一抹の不安を感じ、親父の声に耳を貸した、と?」
「それもありますね。それにもとより……」
ノイファンは、ムキの警備たちを取り押さえる兵士。屋敷の女中から聞き取りを行っている警吏に視線を振った。
私はその行動を悟り、言葉を返す。
「やはり、あなたは……ふふ」
「そうですか、ケント様はお気づきに……ふぅ~」
私は不敵な笑みを浮かべ、ノイファンは困ったようなため息をついた。
私たちのやり取りにピンと来ていない様子のムキは、訝しがるようにこちらの顔を覗き見てくる。
「なんだ? 結局のところ、てめぇらは裏で繋がっていて、俺様を捕える機会を窺っていたってことか?」
「繋がっていたとはかなり違うが、ま、そう思ってもらって結構」
「くそがっ」
「いいのか? 僅かに残された言葉を生む機会が、そんな汚い言葉で?」
「あん?」
「ムキよ。お前はまだ自分が助かると考えているようだが、それは甘い」
「フンッ、甘いのはてめぇの方だぜ、ケント。たしかに俺様は上奏も無しに暴走したかもしれねぇ。だけどな、王都には俺様と懇意にしている貴族たちがいる。かたや、てめぇは王都の貴族を敵に回して左遷された男。俺に味方はいるが、てめぇにはいねぇ」
「それは本の表紙だけを見て、内容を語るようなもの。お前は本の厚みを、文の奥深さを知らない……」
「何をわけのわかんねぇことっ? なんか格好つけたこと言っているようだけどな。俺様は大した罪に問われず、このアルリナに戻ってくる! その時、てめぇらは覚悟しておくんだな!」
「ふふ、最期の言葉が三下のセリフとは、子悪党らしい……」
「だからっ、な? ふが、ふががぁぁ」
ノイファンの隣に立っていた大柄の戦士がムキを押さえ込み、無理やり猿轡を噛ませた。
もはや、言葉を発することを許されない憐れな罪人に、言葉を贈る。
「ムキ=シアン。お前はこの港町アルリナで行われていた、あらゆる悪事を背負い込むことになる。アルリナに存在していた悪は全て、お前のもの……」
「ふが?」
「お前は己が行っていない罪をも背負い、海に沈む……」
私は拳を握り締め、彼の顔の前に掲げる。
「エクアを侮辱したあの時、感情に任せて殴りつけることもできた。だが、私の信条として…………死人を殴りつけるような真似はできない」
銀の瞳をどす黒く
ムキは瞳の圧に押され、だらりと冷や汗を落とす。
怯えから心を守るために体を小さく丸め、そこから身体を小刻みに震わせ、ゆっくりと私を見つめる。
そして、予想外の反応を見せた。
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