第24話 絵画

――港町アルリナ・町外れ



 エクアの家はアルリナの中心から離れた北西にあり、森の木々に囲まれた場所にポツンとあった。

 木造の一階建てで、外壁や屋根は朽ちかけており、お世辞にも立派とは言えない。


「ここが私の家です。ジェイドおじ様からお借りしているんですよ」

「ジェイドおじ様? その名は、先程の傭兵たちとの会話にも出てきた名だが?」

「それは……」

「いや、全ては食事をしながらにしよう。なるほど、ここが君の家か」

「はい、ご覧の通り見た目はひどいですけど、雨漏りはしないので住むには困りません」


 そうはいうものの、壁の一部は蔦に侵食され、屋根の端は腐っている。嵐の一つでも来ると崩壊しそうな家だ。それでも……私はエクアの家を見ながら呟く。



「私の城より立派だな」

「え?」

「私の住む城は屋根や壁すらない場所があちらこちらにあるからな。雨漏りがしないだけでも立派ものだ」

「お城、ですか?」

「そうか、身分を明かしていなかったな。私は古城トーワの領主ケントだ」

「…………え?」


 エクアは身体を石のように固める。

 この様子だと、次に八百屋の若夫婦のようにひれ伏す可能性がある。

 少女にその様な態度を取られてはかなり気まずい。

 だから、そうなる前に会話を無理やり進める。


「とにかく食事を取ろう。腹が減っていては頭が回らない。エクア、家の中へ案内してくれないか、ほらほら」

「え、ええ、はい、それじゃ……」


 エクアの背中を言葉で押し出し、木造でできたボロボロの玄関の扉を開けさせる。

 呻き声のような音を上げる玄関扉を開けた途端、重みのある匂いが鼻腔を突いた。

 

「これは、絵の具の匂いか?」

「はい。慣れないと息苦しいかもしれません。ごめんなさい」

「何も謝る必要はない。エクアは画家なのかな?」

「い、一応。まだ、卵ですらないですが。あ、どうぞ、中へ」


「それでは、邪魔するとしよう」

「ギウギウ」



 扉をくぐると、数枚の絵画が出迎えてくれた。

 部屋の中心にはカンバスがあり、その傍に五枚の絵画が置かれてあった。

 

「ほぉ、凄いな」

「ギウギウギウ」

「何、一枚購入して城に飾ろう? たしかにそれは悪くないな」

「ギウッ」

「ふふ。しかし、絵の話の前にまずは食事だ。ギウ、頼んだぞ」

「ギウギウ!」


 ギウは馬から必要な食料品や調味料を荷解きに外へ出る。

 すると、外に出たギウが疑問の宿る声を上げてきた。

「ギウ?」


 彼の声が気になり、私は玄関から顔を出す。

「どうした、ギウ?」

「ギウ、ギウギウ」

 ギウは顔を私に向けたまま、尾ひれを森の奥へ振った。

 そこは森の樹冠によって陽の光が遮られた、草木が絡み合う場所。

 私は銀の瞳に力を宿し、ギウに視線を向ける振りをしつつ森を見通す。


「ほぉ~」

 頭からすっぽりローブをかぶった人物が、単眼鏡でこちらを見張っている様子。雰囲気は素人……。

 私は彼に気づかれる前に視線を切り、ギウに微笑みかける。

「ふふ、ギウ。放っておこう。それよりも食事の準備だ」


 ギウは必要な食材を手に、家の奥にある台所に進んでいった。

 私も家に戻り、エクアと一緒に料理を待つ。

 私はザっと絵を見回す。そこで、部屋の隅にあった一枚の絵に目が止まった。

 それは港の絵だった。



「ん、この絵は他と画風が違うな」

「あ、それは……私の絵です」

「私の絵? 全部君の絵じゃないのか?」

「そうですけど、他のは尊敬する先生の物真似で、その絵は私のオリジナルなんです」

「なるほど」


 部屋を陣取る五枚の絵は塗料の濃淡が繊細で、人物や風景が浮き出たような雰囲気を持っている。

 しかし、いま私が見ている絵は淡い色使いが中心で、絵の厚みというものを感じない。

 その代わりに、奥行きというもの感じることができる。



 私は港の絵を手に取り、じっくりと拝見する。


「ふむ、この絵画は良いな」

「え?」

「港から海の向こうに繋がる世界の広さというものを感じる。これが君の絵なんだね?」

「は、はいっ」


「こちらの物真似の絵も、世界を中心にギュッとまとめた感じで迫力があるが、私は君のオリジナルである、広さを訴える絵の方が好みだな」

「あ、あ、ありがとうございますっ!」

「あはは、礼を言われることではない。私は芸術に関しては門外漢。そのような者に褒めてもらっても嬉しくもなかろう」

「そんなことありませんっ。私の絵を直接褒めてもらうなんて、とても、とても、とても……とても……とても…………」



 ゆっくりと、エクアの声が沈んでいく。

 彼女は自分の絵をちらりと見て、物真似の絵に視線を移し、言葉を閉じてしまった。

 そのただならぬ雰囲気から、私は事の問題がこれらの絵にあると感じ取る。


「この絵画が、シアンファミリーと関係あるのだな?」

「っ!? はい……」

「そうか。ゆっくりでいい。いったい何があったのか、順を追って聞かせてくれ」

「はい、それは……」


 エクアは声に出そうとするが、まだ迷いがあるのか、声は喉元で止まってしまう。

 私はそれをかさず、じっと待った。

 そうこうしているうちに、ギウが料理を作り終えたようだ。

 

 そこで、食事を進めながら、エクアから話を伺うことにする。

 暖かな食事が、彼女の固い心を和らげてくれることを願って……。

 その思いは通じたようで、エクアは訥々と両親を失い、シアンファミリーと関わりを持ってしまった今までを話し始めた。

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