第12話 ささやかな宴
――城・中庭
台所には外へと続く出入り口がある。元は扉があったのだろうが、今はお洒落な吹き抜け。
アーチ状の吹き抜けを潜り、外へ出ると、そこは城の中庭。
中庭は南側に面していて、春の陽気が草花に暖かさを届ける……台所の中にも届いているが。
私は地面に散らばる小石を拾い集め、それらを中庭を囲む壁側に集めた。
尻に刺激を与える凹凸が消えた新緑の絨毯の上に皮の絨毯を重ねる。
そして、海の香りが混じる春風に飛ばされないように、大きめの石を置いて重石とした。
最後に、食器を絨毯に置いた際にグラグラせぬよう、安定させるための平らな板切れを置く。
「よし、これでいいだろう。ん?」
準備が終えたところで、タイミングよく台所からギウが出てきた。
彼の手には料理を盛りつけた皿が納まっている。
私はそれらを板の上に置くように説明する。
ギウは焼き魚の皿を置き、次に魚が煮込まれたスープを置く。その傍には鉄製のスプーンとフォーク。
私たちは向かい合うように座り、朝食兼昼食を頂くことにした。
「では、ギウの特製料理を味わうとしようか」
「ギウギウ」
私は胡坐をかき、ギウは背筋をピンと張って膝を折りたたみ脛を地面につけて座る。
その姿勢はこちらが気持ちよくなるくらいにきっちりとしたもの。
だらしなく胡坐をかいている自分の格好が申し訳ないくらいだ。
かといって、ギウと同じように地面に脛を付けて座るのは痛そうなので真似できない。
ここはあまり気にしないようにして、私はスプーンを手に取った。
深めの皿を取り、スプーンをスープにくぐらせて口へ運ぶ。
「ずずっ……っ!?」
半透明のスープが舌先に触れた途端、魚介の香りが口内を満たす。
ギウは塩だけで味付けをしていたはずなのに、スープには複雑な旨味が交じり合い、心と胃に驚きと喜びを届ける。
次に煮込まれた野菜を口にした。
野菜は芯までしっかり煮込まれ、味が内部まで染みている。
よく見ると、ニンジンなどの火が通りにくい野菜には細かな包丁の跡があった。
おそらく、このひと手間を加えることで、野菜に味が染み込みやすくしているのだろう。
煮込まれた野菜には野菜本来の甘みと魚の風味と塩が溶け込み、口の中で豊かな味を弾けさせる。
私は名残り惜し気に野菜を喉に通して、魚に手を付けた。
魚は己自身が持つ旨味に野菜の甘みを纏い、旨味そのものをより確かに強調している。
さらりと
身を噛み締めるたびに幸せが大きく広がっていく。
スープを堪能し、私は手放しにギウを称賛した。
「これほど美味しい料理は食べたことがないっ。君は本当にすごいな!」
「ギウ~」
「しかし、塩のみの味付けで、何故こうまで複雑な味わいになるのだ?」
「ギウ? ギウギウギウギウ」
彼は魚と野菜が指さして、それらを何かに入れる動作を示し、指先を上に向けて揺らめかす。
その動作から、魚と野菜を鍋に入れた。指先が揺れているのは炎の意だろう。
「しっかり煮込むことで、野菜と魚から出汁を取った? ということか?」
「ギウ」
「なるほど。塩のみの味付けと思いきや、煮込むだけでこれほど味が変わるとは。料理とは奥深い」
「ギウギウ」
ギウが焼き魚を勧めてきた。
どうやら、こちらも自慢の一品のようだ。
私は早速フォークで身を取り出す。そして、パクリッ。
「もぐもぐ……う~む、僅かに利いた塩気が魚に良く乗った油と相まって、なんという美味さ。ただ、焼いているだけのはずなのに、王都にある煮込み魚料理にも劣らない」
王都は海から比較的近いため手軽に魚料理を味わうことができる。
だが、王都では煮込み魚が好まれるので、焼き魚は滅多にない。
「王都ではスープやソースでしっかり味付けされた魚料理ばかりだったが、塩のみで味付けされた魚がこれほど美味いとは。これは釣ったばかりという、素材の新鮮さというもの加味されているのだろうか?」
「ギウギウ」
「ん、どうした?」
「ギウ」
ギウは薄い緑色の水が入った小鉢を出してきた。
それを受け取り、匂いを嗅いでみる。
「これは? クンクン……柑橘類の香りがするな」
「ギウッ」
彼は手に草を持っている。
「それはイタデサ草か?」
イタデサ草とは潰すと柑橘系の香りがする、どこにでも生えている野草。その汁もまた、柑橘類の味がするという。
ギウは小鉢に入った水を焼き魚に掛ける動作を見せる。
「柑橘類がないから、イタデサ草を代用したのか。そしてそれを、焼き魚に掛けろと。よし、やってみよう」
魚の身の部分に軽くイタデタ草の汁を振りかける。
そして、その部分口に運んだ。
「もぐもぐ…………かぁ~、これはいいっ!」
イタデサ草の汁を掛けることにより魚の味がより際立ち、清涼な柑橘系の香りが鼻腔を通り抜けた。
舌と鼻とで魚の旨味が華やいでいる。
「イタデサの汁を掛けるだけで、これほど変わるとはっ? いや~、美味い! 魚がこんなに美味いとはっ! しかし、ちょっともったいないな」
「ギウ?」
私は指先で小さなコップを持つような動作を見せる。
「酒がないのがもったいない」
「ギウウ」
ギウは身体を揺らし笑い声を漏らす。
酒はないものの、こうして私とギウは、ささやかながらも豊かな宴を楽しむのであった。
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