覚悟と未来
俺たちはまた向かい合い、そしてまた勝負が始まった。もう震えは無く、いっそ清々としていた。
「やけに清々しい顔だな。余裕って事か?」
「まさか、敵わないよ」
今度仕掛けたのは俺だった。剣を構え、大きく振りかぶりながら走る。隙だらけの状態なので、相手はきっとこのがら空きの胴をまた狙ってくるだろう。予想通り相手は剣とその足を後ろに引き、突きの構えを取った。これが狙いだ。今度はすかさず横に避け、この剣を思い切り相手の足に向かって刺す――
「――っ!」
相手はようやく気付き、俺の腹に重い一撃をくれた。腹を押さえ、よろよろと腰をつく。二回目の敗北だ。手のひらを見ると、赤い血がだらだらと手首に伝っている。――出来なかった。俺には、とてもあの足を斬ることは出来なかったんだ。
「……何故、突き刺さなかった。さっきなら確実に俺の足を壊すことだって出来た筈だ。俺に勝てる選択肢があったはずなのに、何故それを選ばなかった」
「……君には、これから色んな出会いがあるだろう。色んな事件とか、異変とか、もしかしたら悩みだってあるかも知れない……」
咳き込み、まだ話す事を試みる。
「俺には…何もない。俺はこの世から居ない人間だから。誰かに話しても、事件を起こしても、悩みがあっても、誰も俺を過去の英雄とは思ってくれないんだよ……」
「……それが、何だよ」
勇者は少し不服そうだった。
「君には未来がある。俺なんかよりよっぽど素晴らしい未来が。君はその未来をこの足で掴み取りに行くんだろう……?それじゃあ、そんな足を斬る訳にはいかない。未来有るものを信じる。未来を無くした者が唯一出来る事だよ――」
「ふざけた事を言うな!」
ピリつく程の怒声が耳にキーンと来る。
「俺の、父や母の未来を奪っておいて、何が……、言えるんだよ……」
勇者は震えた声で泣き、訴え始めた。彼の父や、母の事。そして俺の業について。
「……すまない、本当に。俺は他人の未来も奪ってしまった。とても、許されることじゃないんだ。……それでも、君を殺して良いことにはならない。これは、亡者の醜い覚悟だ……。頼むから許してくれ。君には……もっとやるべき事がある」
恐ろしい轟音が鳴り響く。そして不気味なあの鳴き声。あまりにも、早すぎる。
「ま、まさか…!こんなにも早く来るなんて聞いていないぞ!」
きっと活性化状態に入ったのだろう。ようやく本調子を取り戻して来た、と言った感じか。俺は勇者に言い聞かせるように話す。
「よく聞いてくれ。今、君は勇者として全人類の未来を背負っている。決して死んでくれるな。そうじゃなきゃ俺の覚悟が無駄になってしまうからな……」
「じゃあ、俺が居ないと…この世界は終わるって事か?全人類の未来を背負うってのは、そう言う事なんじゃ……」
「忘れるな。君が最後の砦となるかも知れないと言う事だ。だったら、出来る限り温存しておくのが正解だ。だろう?」
「だったらこの街を捨てても良いってのか?結局お前の考えることは……」
「違う!……俺を…誰だと思っているんだ。……君がよく知っている英雄だぞ……。足止めぐらいはしなきゃ、大事な、俺という存在の証人が居なくなってしまう……。その為に命を散らすってのも良いじゃないか。まあ、俺は結局死ぬんだがね」
勇者は少し考えたが、俺の様子を見るなり否定し始めた。
「……いや、だめだ。お前のその傷は放置して治るものじゃない。誰がお前の傷の手当てをするって言うんだ?」
「そこは大丈夫だ。きっと来るって信じてる。君以外にもまだ俺の事を覚えている仲間が、きっとね」
「ふん、そうかい。じゃあ、行って来る。二度と会わないことを祈るからな」
「……ああ、全くだな……」
この塔には俺しか居なくなった。……寂しい物だ。もしかしたらここで野垂れ死ぬかも知れないってのに、変な意地…見せちまったなあ……。
朦朧とした意識の中、時間はかなり経過していった事が分かる。あいつは、上手くやれているか……?視界が徐々に暗くなっていく。ああ…すまない――。
「ディスペア!」
普通は確実に呼ばれないその名を聞いただけで、目が一時的に開く。目の前には息を切らした人が二名。間違いない。
「久しぶりだ……な。待ちくたびれた……」
ようやく絞り出した声と共に、彼らの姿がはっきりと見える。さあ…名も知らぬ勇者よ。もう、大丈夫だ。
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