消された名
着いたのは俺の故郷、ルインだった。未だ被害は続いているらしく、朽ちた家々が多く残っている。俺が出たのもそんな焦げた凄惨な家だった。どうやらあの部屋と転移先は直接繋がっていないようだ。俺が扉を閉めようとすると、フォクスは俺にこう言った。
「存分にここをお楽しみください」
と。すると不自然に扉が閉まった。もう一度、あの部屋に入ろうとしても、見えるのは黒く朽ちた部屋のみ。つまりこの街を探索しなければ戻る事も許されないと言う事だろう。俺はまず懐かしの大通りに出る。いくらあの悲惨な事件が起きようとも、賑やかさは変わらないらしく、商人は手を叩き人々を引き付け、子供たちは元気に走り回っている。
それでもやはり憎しみは残っている。
間違いなく行き交う目は俺を見ていた。合わせたくもない目が全方位から襲いかかる。やめろ、やめてくれ。俺はそう叫びたくなった。でも喉は完全に渇ききり、声が少しも出せない。何かに阻害されているようにも感じる。耐えきれない。俺は恐怖に怯えながらも走り、気付けば街の外に出ていた。
――子供の頃、よく行ったあの洞穴は、なんと立派な塔がそびえ立っていた。倒れたカレロナを身籠ったのもここだ。塔は少し傷がついていて、古いわけではないが、さほど新しくもないらしい。中には誰も居ない。逃げるように、そして何かに引き寄せられるかのように俺はその塔の中に入っていった。
塔というよりかはまるで筒のような内装だった。階段や層などは一切無く、ただ吹き抜けた天井と、円の中心に石碑が立っているだけだった。石碑に近付き、そこに彫られている文字を読む。
[亡き英雄。ここに眠る]
一歩二歩後ろへ後退り、目眩を抑えるように頭に手を置く。亡き英雄。それは俺の事か?俺はもう、この世に……。
「歴史から名を消した偉人は、どんな人だと思いますか?」
しゃがれた声が搭全体に反響する。フォクスは話を続けた。
「答えは、お国の合意にそぐわなかった者ですよ。犯罪、反逆、国家転覆。全てが国にとって不都合で、メリットが何もない。そんな人物はこの世から消してしまうのですよ。いとも容易くね。貴方のように、最早名前すら書かれない。ディスペア。それが貴方の名でした。でも民衆はその名を口に出さない。後世に残す必要がないから。……いや、面白いですね。貴方のような人を見られたことにとても感激しています。では、さようなら」
言うことだけ言って、フォクスは出口から出ていく、そんなことはさせない。そう思って追いかけると、もうフォクスの姿はなく、その代わりに一人の少年が立っていた。その少年の目付きはとても子供とは思えないほど冷酷で、手には見事な鉄製の剣を持っている。
「英雄ディスペア……。今は名を呼ぶことすら憎たらしい。ルインを裏切った英雄様は、今ものうのうと生きているんだな」
声まで冷徹で、一切の余念がない感情、つまりは殺気がたっていた。いくら手が落ちてもそれぐらいは分かる。
「ふん、剣ぐらいはやる。正々堂々と戦うぞ。裏切り者」
「……酷い言われようだ。すまない。と何度言っても、許してはくれないのだろう?」
少年はこくりと頷く。
「じゃあ、ここで好きにしてくれ」
「いや、戦うんだ。お前とは戦わなければならない」
確固たる意思を感じる。
「……そうか。君は、『勇者』なんだな?」
またこくりと頷き、勇者は剣を前に出した。
「さあ、勝負と行こう。今度はしっかりお前の動きを見切ってやるさ」
ああ、俺は名ばかりでは無く、この体も、消されるのか。そう思った瞬間だった。
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