賢者の街
「さてマルセイ。早速俺に頼って来た訳だ。今度は何処に行く?私の事なんて便利な移動手段だとしか思ってないんだろう?」
そう言いフォクスはやや乾いた笑い声を上げた。マルセイは何も言えないといった様子で顔をしかめている。
「ほらどうした。当たりか?どっちでも良いから用件を話せ」
マルセイは握り拳を震わせたかと思うと、ため息をつき用件を話した。
「お前の言う通り、また逃亡の手助けだ。お前も知っている通り赤き竜が復活した。恐らく対処は難しいだろう。そして他国にも浸入し、近い内に魔王と同等の驚異をふるわせる事になる。」
「ちょっと待って、となるとアーダンに居るディスペアは……」
「まあ、死ぬだろう」
分かりきっていた答えだった。彼に対してはもう同情することも無いし、再び姿を現す事は二度と無い。けど、何故かその回答は心に深く突き刺さった。
「気にすることではないですよ。かの英雄は進んで死の道を選んだ。ただそれだけです」
……本当にそうなのだろうか。彼の行動の責任は、本当に彼だけが背負う物なのだろうか。心の中でふと思い出す。私の為に彼は動いていた事を。指輪の時も、人を殺したあの時も、全て私の為にする行動だった。それじゃあ私は……。
「フォクス。早く準備をしてくれ」
「……ああ、分かった。じゃあ移動するとしよう。静かにしていろよ」
フォクスが魔法を使い始めてかなり長い時間が経過した。今になって彼を思うのも、おかしな話だろう。だからと言って気にしないというのも無理な事だ。彼に償いが出来る物なら、私は喜んでするだろう。
「着いたぞ。何処かは教えん。自分の眼で確認するといい」
扉を開け、外に出た。そこには見慣れない景色が広がっている。マルセイが後ろでうんざりと言ったような呻き声をあげた。
「フォクス……。ここがお前の知る遠い場所か?勘弁してくれ」
「ねえ、ここどこなの?知らない景色なんだけど……」
「……僕の故郷、マギルだ。僕らが魔王を倒したその時からは、賢者の街と言われている。大して魔法が有名な所じゃないけどね」
ここがフォクスの知る一番遠い所……。確かマギルはルインの隣だった気がするけど。
「マギルの近くにある大きな川を渡ればすぐにルインに着く。フォクスはあんな便利な魔法を持ってるのに、全くと言って良いほど旅をしないからな……。わざわざ危険な目に会いたくないんだろうけどさ」
マルセイがそう言い、今出てきた家を見た。
「ああ、やっぱり僕の家だ」
どうやら転移する先の家はなるべくそこの人々との支障が出ないようにしているらしい。変な所で気を遣う男だ。
「さあ、ここに来れば数年先は大丈夫だな。問題はその数年後だ。果たして無力化が成功するか、しないか――」
「号外!号外!繁栄の街ロヘニアで赤き竜、神話上のドラゴンが復活!……」
道を走りながら情報屋の少年がそう叫ぶ。
「――後数年の命だと思った方が良いのかも知れない」
遠い方を見ながら、マルセイはそう呟いた。
「やめなさいよ。縁起悪いわね」
「ふふ、冗談だよ。……まあ、気長に待っていよう。何か転機が訪れるまで、ね」
山からは何かを思わせるような温い風が絶え間なく吹き続いていた。
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