第59話 ドキドキBBQ(7)
ラケットを振る鋭い風切り音が鳴る。
同時に聞こえる、荒い息づかい。
頬から垂れる汗が顎を伝い、地面に落ちた。
「先輩、そろそろ観念したらどうですか?」
咲希ちゃんがそう言って、シャトルを打ち返す。
絶妙な場所に落としてくる咲希ちゃんのショットを何とか拾い、相手コートに打ち返した。
「晃、ナイス!あんたはできる男だって、私は知ってたよ。」
パートナーである優愛が歓喜の声を上げた。
現在、僕達は3グループに分かれて、バドミントンのダブルス対決をしていた。
バーベキュー場の入り口にアイスの自販機を見つけた勇斗が、突然「ダブルスをやって、ビリのチームは一位のチームにアイスを奢ること」と言い出したのが事の発端だ。
厳正なる抽選の結果、僕と優愛、勇斗と瑞希、戸田姉妹というチーム分けに決まり、現在1位決定戦が行われている。
ちなみに勇斗のチームは早々にビリが決定して、コート外で意気消沈している。
「咲希、スマッシュいけるよ!」
「オッケー、任せて!」
戸田姉妹の息の合った掛け声が響く。
スポーツ万能の優愛と組んだ時点で、優勝はもらったと思っていたのだが、僕達は思わぬ伏兵に苦しんでいた。
それは咲希ちゃんだ。
こう言ってはなんだが、学校が終わるとすぐに遊びに行ってしまい運動とは程遠いギャルだと思っていた彼女が、今回のバドミントンで思わぬポテンシャルを発揮しているのだ。
「晃、そっち!」
優愛が声をかけてくれたが反応することができず、咲希ちゃんのスマッシュは僕の足元に突き刺さった。
「よしっ!追いついた。あと1点!」
咲希ちゃんがガッツポーズをとり、美桜先輩とハイタッチを交わす。
先日までの蟠りが嘘のように、気の合った連携を見せるふたり。
もともと仲の良かった姉妹なのだろう。
ほんの少しのすれ違いから、ふたりの間にできてしまった大きな溝。
お互いが歩み寄ることができれば、ふたりの関係の修復はそれほど難しく無く、以前のギクシャクした関係は嘘のように消えていた。
溝が消えてしまえば、長年一緒に生活してきた姉妹だ、お互いの考えていることなど手にとるように分かるだろう。
さすがと言うべきなのだろう。しかし、対戦相手の僕達にとっては厄介な事この上ない。
バドミントン対決は両者マッチポイントという状況になり、最高の盛り上がりを見せていた。
優愛のサーブから始まったラリーは既に20回は続き、両チーム共、決定打にかける展開だ。
戸田姉妹はコートの後方に位置取りをしているため、僕や優愛がスマッシュを打っても、難なく拾われてしまうのだ。
「咲希、行けるよ!」
「オッケー!」
咲希ちゃんのスマッシュを何とか相手コートに打ち返す。
すかさず強打で返してくる美桜先輩。
これじゃ埒が明かない。
「晃、スマッシュ来るよ。」
コートの一番後ろに位置する美桜先輩が、体を反ってスマッシュの体勢に入った。美桜先輩の近くで咲希ちゃんが美桜先輩を見守る。
しかし、その位置から打っても、こちらのコートにシャトルが飛んでくるときには随分と速度が落ちているので、打ち返すのにそれほど苦労はしないはずだ。
・・・待てよ。この配置って・・・。
僕は後方でスマッシュを打ち返す役割は優愛に任せて、地面に描いた味方コートギリギリまで前に出た。
そもそもセンターネットの無い遊びのバドミントンで、バカ正直に打ち返す必要など無いのだ。
“ビュッ!”という鋭い音を立てて、美桜先輩がラケットを振る。
猛スピードで飛んでくるシャトル。
僕は何とかラケットを伸ばし、ラケットの中心でシャトルをほんのちょっとだけ触れた。
本当に“ポロリ”と音がしそうなほど、勢いなく相手コートに落ちるシャトル。
よしっ!狙い通り!
バドミントンの試合であれば、ネットがあるのでこのような真似はできないだろうが、ネットが張られていない状態であればこういう事もできてしまう。
「え?!そんな!」
慌てて咲希ちゃんが前に出るが間に合うはずもなく、無惨にもシャトルは咲希ちゃんの目の前に落下した。
「ちょっと先輩、今のズルくないですか?」
咲希ちゃんが非難の眼差しを向けるが、僕は吹けもしない口笛を吹いて、あらぬ方向を向いて聞こえないフリをした。
「晃、さすがに今のはズルいと思うぞ。」
勇斗が呆れ顔で僕を見る。
「何だよ、勝ちは勝ちだろ。」
我ながら大人気ないとは思うけど。
「お姉ちゃん、何とか言ってやってよ。」
咲希ちゃんが美桜先輩に助けを求めるが、美桜先輩は「負けは負けだから」と潔く引き下がった。
美桜先輩の態度のせいで僕のズルさが際立ってしまい、正に「試合に勝って勝負に負けた」的な感じになってしまったことは、あえて気付かないことにしておこう。
「さてと、何を奢ってもらおうかな〜。」
早々にラケットを置いた優愛が、勇斗を促して自販機に走った。
「プレミアムって書いてあるアイスはやめてくれよ。今月は金欠なんだから。」
勇斗の情けない声が遠のいていく。
「晃君は何にする?」
いつの間にか隣に来ていた瑞希が、お財布を片手に僕の顔を覗き込んできた。
柔らかそうな髪が靡き、ほのかにシャンプーの香りが漂う。
さっきまで運動をしていたというのに、何で女子っていうのは汗臭くならないのだろうかと疑問に思う。
「いいよ。奢ってもらっちゃ悪いし。」
あの勝ち方で奢ってもらっちゃ、さすがに目覚めが悪い。
「あれ?「勝ちは勝ち」なんでしょ?」
そう言った瑞希が、僕の手を引き自販機へと走る。
「運動すると、さすがに暑いね。咲希もアイス買いに行こ?」
どうやら美桜先輩と咲希ちゃんもアイスを食べるようだ。
「おい!それ高いヤツじやないか?!」
「ケチケチしないの。」
自販機の前では、予想通り優愛と勇斗が言い合いをしていた。
「晃君はどれにする?」
売っているのは、モナカタイプとコーンタイプ、それにスティックタイプのアイスか。
「じゃあ、これ。」
僕は少し迷ったが、モナカタイプのアイスを選んだ。
「お姉ちゃん、私はチーズケーキ味のアイスね。」
美桜先輩が、咲希ちゃんの分と合わせてアイスの料金を投入する。
「美味し〜。やっぱりプレミアムって書いてあるアイスは格別ね。ごちそうさま、勇斗。」
「それって「人の金で食うアイスは格別」の間違いじゃねぇか?」
勇斗が自分の分のアイスの料金を、自販機に投入しながら言った。
「なぁ、瑞希。」
優愛と勇斗のやり取りを、楽しそうに眺めていた瑞希に僕は声をかけた。
振り向いた瑞希に、僕は半分に割ったモナカアイスの片方を差し出した。
瑞希が不思議そうな顔をして、僕を見る。
「汗が引いたら、ちょっと寒くなってきちゃって。」
僕は少し恥ずかしくなって、目を逸らしながら理由を後付けた。
卑怯な手を使って勝負に勝ったことに対して罪悪感があったのか、それとも女の子に奢らせるのが格好悪いと思ったのか、本当の理由は僕にも分からない。
しかし、何故か瑞希と分けることが正解だと感じたのだ。
「ふふっ、ありがと。」
瑞希が美味しそうにモナカアイスを頬張る。
僕は胸が少し高鳴るのを感た。
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