いつの日か君の隣で

春は出会いの季節

第1話 春は出会いの季節(1)

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。

 枕元で鳴っている煩わしい目覚まし時計に手を伸ばし、僕は乱暴にその電子音を止めた。

「7時か。」

 時刻を確認し、重たい体を起こした。

 体を起こした拍子に掛けていた毛布がずり落ちて、派手なトランクスが姿を現した。

 今は春休みなので早起きをする必要は無いのだが、父さんが家を出るまでに起きておかないと、朝飯を食いっぱぐれる可能性があるので、仕方なく毎日この時間に起きている。

「あぁ、眠い。」

 昨晩は遅くまでゲームをやっていたから、いつも以上に体が重い。

 今流行のオンラインゲーム『ZOMBIE HUNTER』を、幼馴染である岡部勇斗と遅くまでやっていたからだ。

 窓からは暖かい春の日差しが差し込んでいる。

 僕は改めて、自分の部屋を見回してみた。

 あまり物欲の無い僕の部屋は至ってシンプルだ。

 6畳ほどの大きさの部屋にあるのは、散らかりまくっている勉強机、漫画が平積みにされた本棚、昨日飲んでいたコーヒーが少し残った残った状態のマグカップが置かれたままのパソコンデスク、昨日着た服が無造作に放り投げてある床、そしてボサボサの髪型のまま僕が座っているベッド。

 ・・・うん、後で掃除しよう。

 とりあえず朝飯だな。

 僕は昨日履いたジーンズに足を通してからクローゼットの扉を開けた。

 それほど多くない洋服が、ハンガーにかかった状態で並んでいる。どの服も黒かグレー、一着だけネイビーのパーカーが居心地悪そうに並んでいる。

「何でもいいか。」

 特にこだわりもないので、目の前にあったチャコールのパーカーを手に取る。ブランド物でも何でもない、量販店に売ってるものだ。

 スリッパも履かずに裸足のまま階段を降りる。

 リビングからは微かに朝飯の匂いがしていた。

 きっといつもと代わり映えしない、トーストと目玉焼きなのだろう。

 階段を降りてすぐの扉を開ければ洗面台だ。

 洗面台の横にあるドラム式の洗濯機に、僕の部屋の床に散らかっていた洋服達と柔軟剤入りの洗剤を無造作に入れて、スイッチを押した。

 扉をロックする音が聞こえ、洗濯機はすぐに動き出した。

 この働き者の洗濯機を横目に、僕は鏡を見た。

 腫れぼったい目は、明らかに寝不足のそれである。

 顔を洗い、ついでにボサボサの髪を濡らして寝癖を直す。寝癖が無くなって多少さっぱりした容姿になったが、特筆する点の無い、いつも通りの僕の顔だ。

「おはよう、父さん。」

 僕はリビングに行き、料理をしている父さん、速水和繁に挨拶した。

「おはよう、晃。昨日も遅くまでゲームをやっていたようだな。そろろ生活のリズムを正さないと・・・。」

「はいはい、分かってるよ。」

 僕は父さんの小言を途中で制すると、リビングに面した仏間へと移動した。

 8畳ほどの客間を兼ねた仏間は、線香の匂いが漂っていた。仏壇には線香が2本立っている。父さんが立てたのだろう。

 仏壇の真ん中には楽しそうに笑うショートカットの女性、僕の母さんである速水朋子の写真が立てられている。

 母さんが亡くなったのは僕が中学生の時だから、僕にとっては母さんの居ない生活が普通となり、既に感慨深いという気持ちは薄れてしまった。

 時間の流れる速さは、大人と子供ではきっと違うのだろう。毎日欠かさず立てられる2本の線香が、父さんの母さんに対する想いを物語っているのを感じる。

「飯、できたぞ。」

 いつの間にか、仏間の入り口に父さんが立っていた。

「分かった、今行く。」

 テーブルに準備されていたのは、トーストと目玉焼き、それに野菜ジュースといつもと変わらぬメニューだった。

 それを二人で無言で食べる。

 今日の目玉焼きは、裏面が焦げていてちょっと・・・いや、かなり苦い。まあ、作ってもらっといて文句など言えないが。

 テレビから流れる朝の情報番組の陽気なキャスターの声だけが、静かなリビングに流れる唯一の音声だ。

 別に父さんと仲が悪いわけではない。

 むしろ学校の友達と比べると、一緒にいる時間は長いように思える。男の親子なんていうものは、きっとこのようなものなのだろう。

「じゃあ、行ってくるよ。食器の片付けと、洗濯は頼んだ。」

 早々に朝飯を終わらせ、食器をシンクに片付けた父さんが、スーツのジャケットを羽織りながらそう言った。

「分かった。行ってらっしゃい。」

 父さんはこの海沿いの田舎町にある半導体の製造工場で働いている。工場内では少し上の方の役職らしく、会議が多く帰りが遅いから夕飯はだいたい別々に食べる。

 二人揃って朝食を食べる理由は、単に『食いっぱぐれる』とう理由の他に、朝食ぐらいは二人でという思いもあった。

 食べ終えた食器をシンクに片付け、そのままスポンジに洗剤を含ませて食器を洗う。

 後回しにすると嫌になってしまうからだ。食器は二人分なので、それほど時間もかからない。そうこうしているうちに洗濯が終わることだろう。

 今日は天気がいいから洗濯物がよく乾きそうだ。しっかりと日光に当った洗濯物は、いい匂いがして気持ちが良い。

 高校2年にして、既に主婦のような感覚身に付きつつある我が身に気づき苦笑いをした。

「晃ぁ!いるかぁ?!」

 外から僕の名前を呼ぶ声が聞こえたのは、ちょうど食器の片付けが終わった時だ。

 この声には聞き覚えがある。というか、つい数時間前までヘッドホン越しに聞いていた声だ。

「晃ぁ!まだ寝てんのかぁ?」

「朝からうるせぇぞ。近所迷惑になるから静かにしろ。」

 塀越しに我が家を覗き込んでいたのは、岡部勇斗。幼馴染にして、同じ高校に通う親友・・・いや、悪友だ。

 茶色く染めた短髪をヘアワックスで立て、決してハンサムではないが愛嬌のある顔をした、よく喋る男だ。

「今から防波堤に行って、釣りするぞ。準備しろ。」

 今からって、もう日が出てから随分と経つから釣れる時間は過ぎちゃてるんじゃないか?

「大丈夫、サビキで釣れなきゃテトラに住みついてるロックフィッシュでも狙えば何とかなるだろ。」

 僕の心配を他所に、勇斗は竿を振って急かしてくる。どうやら僕には拒否権は無いようだ。

「ちょっと待ってろ。洗濯物を干しちゃうから。」

 僕は止まったばかりの洗濯機から洗濯物を出すと、庭にある物干し竿にしわを伸ばしながら丁寧にかけていった。

 最後に大きめの洗濯ばさみを使って、ハンガーと物干し竿を固定する。こうすることで、この地区特有の強い海風で洗濯物が飛んでしまわないようにしているのだ。

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