【トラウキネシーズ】
不透明 白
偽の手品師と称賛を送る女
果たして、自分が今、やるべきこととは一体何なのだろうか。
教室全体を支配する夏特有の、じっとりとした熱気から逃げ出して、薄暗くて少しひんやりしている階段下の椅子に座りながら、ワタシ、
遠くの方で一匹のセミが鳴いているのが聴こえる。
その声をよく聞いていると、それに混じってリノリウムでできた階段を降りてくる音がかすかに聞こえてくるのに気がつく。
カツン、カツン、カツン……。
「……誰かいたような気がするが、気のせいか」
――ミーンミンミンッ、ミッミミ!? じじっバサバサッ……。
「別に、そんな驚くことではないだろう……まぁ、急に現れたら蝉と言えども驚くものか」
遠くで鳴いていたはずの一匹の蝉はどこかに遠くへ行ってしまい、そこに残されたのは風で揺れる木々のざわめきと、木陰に佇む制服を着た一人の男だけであった。
ワタシは、いつ鳴るかわからない昼休みのチャイムに聞き耳を立てながら、遠くに見えているさっきまでいた学校を、ただぼんやりと眺めながめながらグルグルと考えるのだった。
その日の放課後、まだ日が沈む前で全体的に明るい時間、ワタシは一人で空き教室で椅子に座り、考えていた。
ワタシが今日一日中、一体何を考えていたのかを知るには、まず、ワタシが超能力に目覚めたあの日のことを説明しなければならない。
だがしかし、思い出すだけで気分が悪い。
なので、簡潔に説明させてもらうと、生まれてから体調がすぐ悪くなる体質だった。
生物として周りよりも弱い、そんな風に感じていた。
学校を休む日が続いたりすると、体が弱いことがばれる。すると、それに目をつけてちょっかいをかけてくる奴もいる。ワタシはその状況から逃げたかった。けれども足は動かない。
追い込まれていく、そんな時、ふと目覚めた……らしい。
そこに確証があるわけじゃないし、これは単なる憶測にしか過ぎないのだが、実例が自分のものしかないので、そこはお愛嬌ってことで許してもらいたい。
それと、これは齧った知識でしかないが、過去に冷戦時のアメリカでは、スターゲイツ・プロジェクトという超能力の研究を国家ぐるみでしていた、という話もある。
そんなことを頭の中でグルグルと考えながらしながら今日一日過ごしていて、ふと思ったことがあった。いや、正確には
それは、他にも自分みたいに過去のトラウマがきっかけで、超能力に目覚めている人間がいるかもしれないとうことである。
この考えをするに至った動機は二つある。
人間というのは残酷な生き物で、同じ種族でも弱者を見つけた途端にマウントを取ろうとし、さらには暴力やその環境の空気を利用して無視をさせたりして徹底的に貶めようとしてくる疎かな生き物である。
そして、そのことに関してはワタシも身に染みるほどに経験してきたことだ。
いじめる方は何も考えずその愚行を平然と行い、いじめられる方は抵抗する勇気も無く仲間も離れてゆき、ただ我慢をするか心を殺してそれを受け入れる一方で、それ故にただ淡々と憎悪が溜まっていく空っぽな人形へと姿を変えてしまうことが多い。
しかし、そのいじめられている人がある日突然、武力持ってしまった時、果たしてどうなるのだろうか。
多分、優しい心を持っているが故に、いじめられる方になってしまう傾向があると思っている。
そして、その心を変わらずに持ち続けるか、ワタシみたいに逃げることが出来れば大丈夫かもしれないが、しかし、時に憎悪や怒りは性格を捻じ曲げてしまうことがある。
そうなった時、目を塞ぎたくなるほど惨劇が起きるかも知れない。
でも、それを止める人間はいるのだろうか。ワタシみたいな能力を持った人間が、悪意をもってそれを振りかざしたとき誰が止められるのか。
ワタシ一人でも多分止められないだろう。しかし、同じように能力に目覚めてかつまだ優しい心を失っていない人間を見つけて、手を取り合うことができればその人を救ってあげることができるかもしれない。
これが一つの動機だ。
そして、もう一つの動機は興味があったからだ。
なんだそれだけかと思うかもしれないが、誰しも心から通じ合える仲間というものにあこがれを抱くのは普通だろう? 今まで友達は少なからずいたが、この能力のせいでどこかで自分とは違うという気持ちが邪魔をしていた。
なので、本当の意味での友達をワタシは探している。
この事をずっと前から考えていたはずなのだが、時間というものがそのことを忘れさせていた。そして、それをパッと思い出した時、何故、今までその考えを忘れ去っていたのだと後悔したのだ。
しかも、後悔の影響が大きすぎて、昼休みに誰もいないところでぼーっとしてしまったし、挙句の果ては、その場面を誰かに見られそうになってしまった。
別に見られて何か減るものでもないが、自分の変なプライドがそれを許さなくて、その結果、逃げたいと強く思ってしまい、能力を使って遠くまで高速移動してしまったのだ。
この能力は逃げたいと心の底から思った時に使えた。逆にそれ以外の感情の時に使えたためしがない。不便なものだが、これに救われたのも事実なので文句も言い
「……ん?」
この空き教室はどの教室からも離れているのでとても静かだ。
なので、ここに近づく人がいたら一瞬で分かる。
つまりどういうことかというと、今ここに近づいてくる足音と気配を感じるということである。
特別棟の人が寄り付かないような、こんな遠くの空き教室にわざわざ来る人なんてロクな奴いない。友達の可能性もあるが、そいつはまだ部活に出ているので来るはずがない。
……ということはそういうことだ。
だが焦ることではない。こんな時に取る行動は決まっている。
ワタシは強くここから逃げたいと念じる。体が泡になっていく感覚がする。自然と手に力が入って握り込んでしまう。そして、完全に体の感覚が無くなってパッと
「きゃっ!?」
「……」
能力を使って空き教室から逃げたということは間違いない。
何かしらの力が働いて移動中に能力を解除された、なんてこともない。
なぜなら、ここはさっきまでいた空き教室とは全然違う景色が広がっているからだ。
筆を洗う黄色いバケツの塔、半透明のボックスに適当に詰められた絵の具、肩から上しかない石膏像達。
そう、ここは美術室である。
だが、幸いなことに今日はテスト期間で部活は休みである。
なので、きょうは誰もいないはずだ。そのはずだったのだが、目の前にいる人物がそれを真っ向から否定してくる。
「ええぇ! びっくりした! あなた今どこから来て……」
……これはどうやら、まずいことになってしまった。
「あのー……」
今まで生きてきて、こんなことになったことがないわけではない。
しかし、ワタシが今焦っていることからわかる通りこれはアクシデントだ。
手が震え、冷汗が噴き出して止まらない。
美術室にいた彼女の方を見てみると、一言も声が出ないぐらいに驚愕してしまっている。
段々と真っ白になっていく頭をフル回転で稼働させて、この不思議な現象を突き付けられてしまった彼女を納得させることができる、賢い言い訳をあれこれ考えるがこれっぽっちも出てこない。
「えーっと……じゃ、じゃじゃーん!」
この状況で絞り出せる限界はこれである。
要はマジックで突然現れた、という体を取るという作戦だ。それとなく両手を広げて、さも何かを成したかのようにふるまうことで、「ワタシは手品師である」と勘違いしてもらうことしかできなかった。
空白の時間が流れる。
そして、彼女は「……あ!」と何かに気づいたかと思ったら、パチパチパチパチと拍手しだした。
橙色に染まる美術室で、決めポーズを取っている男と、キャンバスの前に座って、男に称賛の拍手を送る女。
他の誰かがこの光景を見たら、きっと頭がおかしいと思うだろう。
しかし今、ワタシは不思議と落ち着きを取り戻していた。
それどころか、この状況を美しくとすら思う余裕すら出てきた。なぜなら、目の前の問題は、たった今オールクリアしたからである。
「いやー、申し訳ありません! ワタシ手品部のものなんですが、教室で瞬間移動のマジックを練習していて、少々手違いが発生してしまいまして……」
ちょっと強引だろうか? 強い願いを込めて彼女の反応を見てみると、どうやら納得したのか、右手を広げてもう一方の手をぐーにしてぽんと叩いた。例えるなら、手のひらにハンコを押すようなジェスチャーだ。
どうやら、彼女は俗に言う「ちょろい」というやつかもしれない。
「はい!」
彼女はピンと手を挙げて、とても質問をしたそうに眼を輝かせている。
「はい、どうぞ」
その好奇心を無下にする程の気概を持っていなかったワタシは、仕方なく質問に答えることにした。彼女は少し興奮気味に質問をしてきた。
「あ、あの! どうやって瞬間移動していたのでしょうか?」
もちろん、実際のマジックでやるモノの仕組みを知らない。なので、ここはそれっぽいごまかし方をすることにする。
「それは、企業秘密です……。でもそれでも、どうしても知りたいと言うなら……」
「い、言うなら?」
「ここではない、とっても遠くの田舎にある田んぼのど真ん中に飛ばしてしまいます……いいですか?」
「ひいぃぃ!? やめてください! お願いします!」
「冗談です、冗談です! そんなこと、どんな凄腕マジシャンでもできませんから、安心してください」
「あ、そうなんですね……ホッとしました」
「でも、知らない方が楽しめるものなので、楽しみを奪わないためにも言わないですごめんなさい」
「いえいえ、こちらこそごめんなさい変なこと聞いちゃって」
あぁ、適当なことを言ったせいで、彼女の中での手品師のイメージが歪んでいっている気がする。それに、これ以上ここに居たらいつかぼろが出そうなので、ここは偽でも手品部らしい退出することにしようと思う。
「そろそろ、ワタシは退散しようと思いますが、せっかくなので瞬間移動のマジックを披露しながら、ここから去ろうと思います! よろしいですか?」
「わー! 楽しみです!」
彼女は、純粋な笑顔でそう言った。
「それではいきますね。まず、ここにある布をお借りしてもいいですか?」
「どうぞ!」
まずは、近くの机に畳んであった大きな布を用意する。
「では、今からこの布を広げるように上空に投げて、ワタシがその布を頭から被ります。そうなると、普通はただワタシが布を被るだけで何も起きませんが、ワタシが特殊な力を使うと、空中で広がったその布は何の形も留めずに、ただ床へ広がって落ちるでしょう……ではいきますね?」
それっぽい口上をつらつらと喋ることで、彼女の期待度を挙げるとともに、不自然さが消えるという作戦だ。あと、「特殊な力」と言ったのが比喩でもなんでもないというのが、自分的満足ポイントである。
ワタシは、わざとらしく布をひらひらと揺らしはためかせて、布を広げながら頭上に思いっきり投げた。その勢いで吹き上がった埃やちりが、夕日に照らされてキラキラと煌めき美術室を彩っていく。
落ちてくる布が、風の抵抗を受けてはためきながら、ワタシの体を包み込んでくる。ワタシは布で視界がふさがれたと同時に、手を握り込んで念じる。
彼女のためにここから逃がしてくれ。
美術室が静寂に包まれる。
「あのー……えぇっと?」
しかし、その布の下にいるであろう男の子は、未だ身動きを取らずにじっとしている。
私は心配になって覆っていた布を取り払った。
「え?」
そこには、複雑に絡まっている三つのイーゼルが、絶妙なバランスでお互いを支え合っていた。
「す、凄い……って、あぁ! 名前聞き忘れてた!」
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