第86話 脱獄の首謀者

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「危ない!」


 瀧口さんが叫んだ瞬間、彼女は何者かに殴られ、倒れた。振り返ると……そこには2mを超える筋肉質な大男が立っていた。アイツが、無防備な彼女の腹を殴ったのか。彼女はかろうじて気を保っているものの、朦朧としており立てない。


「星田健誠ォ、ここでお前を殺してやるぜ」


 目の前に立っている肌の黒いスキンヘッドの男は、この狭い通路の天井に頭がぶつかりそうなくらいの高さで、通路を完全に塞ぐくらいの横幅を持っている。不自然すぎる、かと言って体は光っていないから薬物使用者にも見えない。囚人服ではなく白のタンクトップのみ、筋肉が目立つ格好だな。


「瀧口さん……大丈夫ですか??」


「何とかね……それよりもアイツを……」


 俺は瀧口さんを通路の隅まで連れて行ってから、奴と戦うことにした。いつもならガジェットを持っているが、今日は何もない。スタンガンチップさえあれば、ランドを気絶させる威力を持つ電気を流せるのに。


「星田健誠、お前は能力者なんだろォ、いいからかかってこいよォ」


「この野郎……!」


 俺は拳のみで奴に立ち向かう。右からストレート、左からアッパー、更に腰に向かってキック。様々な方向から様々な攻撃を加えても、奴はその強大な筋肉で攻撃を防いでいく。ストレートに対しては手首を掴み、アッパーに対しては後ろに避け、キックに対しては足を掴む。中々の戦闘経験者だな。


 深く屈み、奴の足を横から蹴りを入れてバランスを崩そうにも、屈強な筋力には勝てずに効果もなかった。それだけじゃない、起き上がった瞬間に頭を……かち割れる程の力で掴まれた。


 グチッ!!!


 何だ、人間が出していい力じゃない、モンスターみたいな、そんな怪力だ、頭がかち割れそうだ、ほとばしる目で奴のことを睨みつけ、空いた両手で奴の両手首を掴もうにも、効かない、手首の骨を折ろうにも、筋肉が邪魔で折れない。


「これでも薬物使用者かァ? 無添加の俺よりも弱いなんてなァ。ネットニュースじゃお前のこと『最強の救世主』とか『最強のヒーロー』なんて書いてあったけどな、そんなんでヒーロー名乗れんだったら、俺はもう魔王だな、ハハハ」


 奴の低い声が脳に響き渡る、両手で掴まれた俺は持ち上げられ、足は徐々に地面から離れていく、奴の顔面を殴ろうにも届かない、腹を蹴っても腹筋に当たるだけで効いているようには見えない、何がどうなっているんだ、薬物使用者じゃないのに、どうやってここまで。


「終わりだァ、星田健誠!」


 俺は残された力を振り絞って、思いっきり壁を蹴り、奴の手から抜けた。背中を強打したが、奴にずっと頭を掴まれているよりはマシだ。無添加の俺……か、何も摂取せずにここまで強いのなら、オリンピックとか国際大会に出ればいいじゃないか。そっちなら、思う存分強さを見せつけられるぞ。俺みたいな、ドーピングした人間じゃ参加できない。まぁ、2016年を最後に開催されていないが。


「おもしれェ、でもお前は勝てない、勝つのは俺だからなァ」


 俺は奴の鼻に向かって右から拳を振ったものの、奴に手首を掴まれた。更に左から拳を振ってみたが、それも奴に防がれた。それだけじゃない、奴は力を両手に込め始めた。俺の頭をかち割ろうと掴んだ時よりも、強い力で。


 グギッ!!!


 奴は両手を離し、俺を地面に落とした。両手首は一瞬にして折れ、力を込めることすらできない。力を込めないと修復できないのに、あまりの痛みに邪魔されて、それすら行えない。ランドとか、屈強な薬物使用者は何人も見かけた。そいつら全員、何とかして倒してきた。


 なのに、こいつは……薬物使用者でもないのに強すぎる。いくら戦闘用スーツとガジェットが無いとはいえ、ここまで圧倒されるとは思わなかった。何か良い策は無いのか、外部に助けを求めたところで間に合わない、そのうえ瀧口さんは気絶しかけている。俺が倒されたら、次は瀧口さんだ。


 ここで、俺がどうにかする、それしか道は残されてないってことか。なら、覚悟を決めるしかない。


 グギッグギッ!!!


 俺はヘニョヘニョになった両手首を治すため、一心不乱に手首を壁に叩きつけた。力すら込められないくらいに折れているのなら、更に外部から損傷を加えて、無理やりでも治さないと。鼻が折れた時も、戦闘中だったから自分で簡易的に治した。あの頃を思い出せ、俺。


 白いパーカーは返り血と、今なお噴き出る血によって赤く黒く染まっている。奴は手首をぶつけ続ける俺を見て、嘲笑いながらも話しかけてくる。


「ハハハ、何をやっても無駄だ!」


 壁にぶつけてから、ある程度修復可能な位置に骨を移動させた俺は、力を込めてから手首を治していく。時間がかかるのは承知だ、それでも戦うためには治しておかないと。奴は俺を煽りたいのか、何故か攻撃してこない。それどころか、ずっとニヤニヤしている。


「無駄だと言ってるのになァ」


 うるさいな、無駄かどうかは俺が決めることだ。ある程度、手首を修復させた俺は壁に刺さっていたナイフを抜き、逆手にして構えた。囚人が持っていたナイフだからか、どうも切れ味が悪そうだな。でも、無いよりはマシか。


「ハハ、まだやる気か。あの女を殺しておくべきだったなァ」


「……ふざけるなよ」


「ナイフごときで俺に勝てると思うなァ!」


 俺はすぐさま奴に飛びかかり、脇腹にナイフを強く突き刺した。が、それでも奴は悶えることなく、余裕そうにヘラヘラしている。ナイフを抜いてから一旦離れ、深呼吸しながら様子を見ても……こいつは薬物使用者じゃない、ということしか分からない。俺の推測は間違ってないってことか、なら、手っ取り早い。


 上から振ってくる拳を避け、その肩に向かってナイフを思いっきり突き刺し、同時に腕の骨を叩き割る。筋肉が邪魔なら、断ち切ってしまえばいい。ナイフを器用に使って、攻撃を避けながら、奴の右腕の筋肉を切っていく。外側に傷が付くだけでも、充分だ。


「……俺には効かないぞ」


 奴は血を垂らしながらそう言っている、まだ足りないと言いたいのか。俺は奴の懐に、押し倒すようにして突進。腹にナイフを何度も、邪魔な筋肉を切り刻むように刺していく。流石のマッチョも、この攻撃には耐性が無かった様子。当たり前だ、お前は人間なんだから。


 腹部に20箇所以上の傷が付いた奴は、腹を押さえながら壁にもたれ着いた。今が、チャンス、俺はその場で飛びかかり、奴の腹に向かって膝蹴りを繰り返した。それだけじゃない、傷をえぐるように何度も何度も腹に向かって拳を振るう。右肩の刺し傷も時々殴り、牽制しておく。これが、俺のやり方だ。


「待て待て、頼むから殺さないでくれ」


 そう発する奴は俺に見えないように、腰に差していたナイフを取り出そうとしていた。残念、俺が普通の相手なら騙し討ちできたな。腰に差していたナイフに手を触れたのと同時に、俺は奴の右手に向かってナイフを突き刺すようにまっすぐ投げた。


 グサッ!!


 血が飛び散るのと同時に、奴は大声を上げながら悶える。流石の筋肉も、刃物には耐えられないらしい。何も拳だけで戦う必要はない、戦法はどうだっていい、勝てば何でもいい。俺は何発か奴の顔面を殴った後、聞きたいことを聞いてみる。


「お前の力は何由来だ?」


「……天然だ、生まれた時からずっと俺は筋肉質だったんだよォ」


 ふざけた回答だな、と思い奴の顔面を何発か殴った。でも、事実なんだろう。薬物使用者ではない、他の薬物は使ったかもしれないが。DPでなければ、捕まることはあっても殺されることはない。更生のチャンスも与えられる、DPにはそれがない。即刻で撃ち殺される。


 聞きたかったのはそれだけじゃない、俺は奴の腰に差してあったナイフを取り、奴の顔面に近づけてからまた別のことを尋ねた。


「先生とは誰だ、それと赤い囚人服を着た男は誰だ?」


「知らねぇよ……痛てェ……赤い男は脱獄の首謀者ってしか知らされてねぇんだよ……俺は別の独房だから何も分からねぇって、頼むから信じてくれよ……頼むから殺さないでくれよ、全部アイツの指示なんだよォ」


 やっぱりこいつらは脱獄がしたかったのか。赤い囚人服が脱獄の首謀者だとして、先生は何者なんだ。コイツはこれ以上何も知らなさそう、純粋だし。ただ己の筋肉でここまで這い上がって来たんだろうな。爆発を囚人だけで起こすのは、不可能に近い……となると、外部からの協力者がいるのか?


 考えるのは後にしよう。目の前にいる男の顔面を強く殴り気絶させてから、通路の端で倒れかけていた瀧口さんを背負って、俺たちは第B棟に戻った。


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