第68話 少年

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 キミカの死から2週間が経った。

 シアンはまだ立ち直れずに、自分の部屋にこもっているらしい。励ますような言葉もかけれないため、彼女とはほとんど会っていない。


 それはそうと、俺とロックはまだキミカの発言について調べていた。アルファス村に関連することなのか、何をやったのか。俺は彼女の発言に囚われているのか、いつもよりも夢中になって考えている。

 何ならドラゴンを呼び寄せて、わざわざ聞いたりもした。ドラゴンによると「カザリは知っているが、アルファス村は知らない」とかなんとか。実際にアルファス村だった場所に行こうかと考えたが、俺もロックも都市の警備の仕事が舞い込んできたため、仕方なくここに残ることにした。


「それで、どうするか?」


 誰も入って来れない地下室の中で、ロックは紫色の液体が入った瓶を持ちながら、俺に話しかけた。


「どうするとは、”これ”のことか?」


「そうだ、君が見た謎の空間についても調査したいのだが、液体を摂取した場合の作用がいまいち理解できていない。無知のまま摂取すれば、命を落とす危険性だってある」


 それはそうだ。世界の帝王がどう扱っていたかも分からない上、簡単に扱える代物でないことは見て分かる。アレアなら理解していたかもしれないが、既に死んだ。


 モンスターに使わせるのも危険だ。かと言ってロックに摂取させるのも危険。ここは俺が……となるが、知らないことは知らない。観察者のトールに聞いてみるか、いや、観察者はこの世に触れられないとか言ってたな。なら何故前回は干渉してきた?


 このように、トールの力に関しても無知。液体に関しても無知。無理に扱っていい代物でもない。ならば、今は扱わずに研究を重ね、いつか使えたらいいのではないか。


「そうだな、これは奥深くに置くべき物だった」


 彼はそう言うと、地下室の本棚の後ろに作られた、金属でできた箱の中に入れ、鍵をかけた。俺とロック以外では開けられない仕組みだ、これで万が一のことがあっても、大丈夫。


 地下室から出ようとした時、急に目眩がした。

ただの目眩か、そう思い一旦椅子に座ってみると、脳裏に体験したことのない記憶が大量に流れ込んできた。

 謎の汗も身体中から吹き出る。ロックも心配そうに声をかけてくるが、肝心の音が聞こえてこない。


 ガラスの割れたような音のみが、響き渡る。その音と同時にクラクラッと、俺は無意識のまま地面に倒れた。


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「やめろ、くるな!」


 グシャ


「つうほうし……」


 ブスッ


「おれ、おまえになにもしてな」


 バシャッ


「みきこはわるくない」


 グリグリッ


「たかがそれくらいで」


 バリンッ


「……くほうです……けいがかくて……しました」


 ニヤッ


「とまれ……まらないと……うつぞ」


 ゴボッ


「しね……きえちまえ」


 バガッ


 キラン


「あむすかりすのはな」


 グフフ


「ほーぷ・めーるよ」


 フフッ


「ぎゃぁぁぁぁああ」


 ヘヘッ


「あみてぃえ……」


 ゴホホ


「ここは……」


 おれだ、


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 ハッと、俺は目覚めた。

 いつの間にかベッドで寝ていたようだ。ガラスの割れる音が聞こえたと思ったら急に目眩がして、それで倒れて……となると、ベッドに運ばれてきたのか。


 横には傷だらけの見知らぬ少年が寝ていた。少年の近くには、濡れた布を絞るロックと不安そうなシアンが立っていた。


「スカイ、大丈夫なの?」


 シアンが俺に尋ねる。

 俺自身、自分が大丈夫か分からない。何か夢のような、体験したことない物を見ていた。感触は無い、だから過去の記憶でもない気がするが、それにしては謎の既視感がある。体験したことはないが、既視感はある。


 それはそうと、横の少年は誰だ?


「こいつは誰だ?」


「傷だらけだったから助けたの。意識はあったみたいだけど、変な言葉を喋り出して気絶して……」


 キミカを失って、それの影響でずっと家に引きこもっていたシアンだったが、いつの間にか外に出れるようになっていたのか。俺と普通に会話ができるようで、安心。

 俺が倒れてからそんなに月日が経ったのか? そんなことはないか。


 で、この少年は結局誰だ?

 名前はシアンですら知らないみたいだ。まだまだ若い少年が傷だらけで倒れていた、明らかに只事ではないな。汚れた服をめくると、顔や腹に殴られた痕がある。一体何があったのだろうか。


「スカイ、君は倒れた後も何回か声を上げて……もがいていた。また過去の記憶を見たのか、それとも恐ろしい夢を見たのか。何があったか説明してほしい」


 倒れていた間の記憶なんてないが、本当に何かを見た。自分が経験したことはない、しかし主観の”何か”を”何者か”に見せられた。観察者のトールに見せられたのか、もしくは過去の記憶を思い出したのか、分からない。


「そうか、まずは安静にしててくれ。少年の面倒も私たちが見るからな」


 ロックは自信満々に答える。


 安静にしろと言われると、逆に何かをしたくなる。それで起き上がろうとしたが、上手く手に力が入らない。仕方ない、諦めてもう一度寝ることにした。ガイアさんの大きな声が聞こえるが、すぐに眠りにつくことができた。


 自分でも思う。変わっている性格だな……と。

 安静にしろと言われたら何かをしたくなる、止まれと言われたら動きたくなる、するなと言われればしたくなる。これは人間の本能でもあり、生物の本能だろう。決して”俺だから”とか、そんなことはない。


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