第59話 さようなら

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 目を覚ますと、知らないうちに現世に戻っていた。周りにはロックやシアンが、草原で倒れていた俺を囲んでいた。


「見ろ、頭が!」


 ガイアさんの叫ぶ声が聞こえる。声の方を見ると、強制労働所の跡地に残っていた、世界の帝王の巨大な生首が空中に浮かび上がっていた。横に回転しながら、ゆっくりと上がっていく。


 雲と地面の中間点らへんまで浮かび上がったところで、巨大な奴の生首の口が大きく開いた。口の中から、紫色に発光する大量の魂が放出され、それらは世界各地に戻っていった。

 強制労働所の収容者だった人たちが、新たな身体を構築して復活する。目の前で、それも何百人もの人がだ。


 やがて大量の魂を放出し終わった巨大な奴の生首は、紫色に発光したまま空虚に消えていく。この場には、巨大な奴の身体のせいで破壊された地形と、何も覚えていない強制労働所の収容者と、よく分からず残された俺たちがいる。


「スカイ、何で泣いているの?」


 シアンが俺に話しかけた。無意識のうちに、涙を流していたみたいだ。俺は帰ってきたが、アレアは帰らぬ人となった。


「アレアが死んだ。計画を阻止するために」


 俺はありのままのことを伝えた。

 飲み込まれた全生物を助けるには、奴の体内にある門に杖を突き刺さなければならないこと。アレアがシアンの剣と合体して、杖となったこと。


 皆もちろん悲しんだ。ロックとはモンスター保護団体の頃からの知り合い。ディールはリバイル村からの知り合いだからあまり関わってはいないが、彼は男らしく立ったまま泣いていた。


 シアンとガイアさんなんて、ルンフイ村の頃からの付き合いとか何とか言っていたな。2人は大きな声で泣いた、シアンは古くからの親友として、ガイアさんは今まで共に戦火をくぐり抜けた仲間として。


 俺の足元には、既に酸化しきったボロボロの剣が落ちていた。刃も柔らかくなっており、息を吹きかけるだけで、粉が吹き飛ぶ。

 錆び付いた剣だがそれを手に取っただけで、ケーリュケイオンの杖だった物ということを俺は理解した。


「さようなら」


 俺は杖だった物に声をかけ、持ち帰ることにした。崩壊した地形の側にいた収容者たちは皆、近くの村に保護されたようだ。


 俺たちは、リバイル村に戻ることにした。

 モンスターを憎むようにと人間を洗脳する者はもういない。数十体のドラゴンを借りて、リバイル村に向かって飛ぶ。


 飛んでいる最中、草原であらゆる生物が遊んでいた。ゴブリンと、人間の子供が戯れているのが空から見える。ゴブリンは棍棒を持たずに、子供を追いかけ回している。普段なら襲っているように見えるが、今は違う。ただの鬼ごっこだ。


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「おかえり! 大丈夫やたか?」


 家に帰ると、ルカが元気そうに出迎えてくれた。傷だらけの俺を見つけたのか、彼女は心配そうに駆け寄って声をかけた。


「何があったか分からねけど、生きているだけで良かたよ」


 彼女は嬉しそうに、にっこりと笑う。彼女の笑顔を見るだけで癒される、という訳ではない。そこまで身体が追いつかない。心理的にも精神的にも今日は色々なことがあって、整理ができない。


 血や土の汚れがついた汚い服装のまま、玄関で眠りについた。


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 世界は変わった。


 モンスターと人間は、前と同じようにまた仲良く生活を送り始めた。

 子供たちと一緒にはしゃぎ回るゴブリン、大人と一緒に作物を耕すオーク、世間話をするホブゴブリン、絵画を見て楽しむスケルトンなど、境い目なく生活を送っている様が見える。


 リバイル村では大量のモンスターが生活している。元々、ストラート村やステラ村やアオイ村で暮らしていた、ゴブリンの襲来で家を壊された人たちがいたのだが、その人たちもほとんどが別の村に移った。


 ここに残っているのは、ロックとシアンとガイアさんとキミカと……ディールとルカとリバイル村の村長と俺だけ。やはりセルバー村や周辺のゼロワ村の方が便利らしいが、個人的にはこの場が1番落ち着くため留まっている。


 ディールとルカはここに居続けるらしい。リバイル村の村長は体を悪くして、セルバー村の近くにある都市ハルカーレの病院で休養している。リバイル村を守るために、と。


 ぶっちゃけ、モンスターが襲ってくる危険性はもうない。まぁ、村人が少ないと、他の村との併合を考えなければならないが、モンスターが住民ということにはならないか……。


 そうだ、ドラゴンたちはまたあの塔に戻った。やはり人間が洗脳される前の時代から、ドラゴンは恐れられていたらしい。あの巨大な身体なら仕方がないが。いつもの赤いドラゴンも仲直りして、共に塔で暮らしているとか。


 もう無いとは思うが、何か危険な出来事があったら、手元にある小さな鈴でいつでも呼び寄せることができる。不思議な力で、鈴の音だけは聞き分けられるらしい。二度と会いたくはない、平和な日々が続けばそれでいい。嫌いというわけじゃない、それだけは誤解が無いように。


 もちろん、俺たちの生活も変わった。


 モンスターを討伐する必要が無くなった今、討伐者だったガイアさんとディールは”何でも屋”を営んでいる。基本、何を依頼されてもこなすくらいの”何でも屋”らしい。ルカも見習いとして働いているとか。

 昨日は木を伐採してほしいとの依頼を受けていた。流石にそれは専門の人間に頼んだ方がいいと思う。


 シアンとキミカは引き続き、モンスターの研究を行っている。洗脳が解けたとしても、モンスターの謎は多い。どうして死ぬ時に死体を残さないのか、どうして赤い液体を撒き散らすのか。まだ解明されていないことばかりだ。


 俺とロックは身体能力を活かして、リバイル村とセルバー村の警備を行っている。ハルカーレ直属の警備員となり、悪から村を守るために日々鍛錬を積んでいる。

 モンスターが悪ではなくなった今、悪さをする人間が増えてしまった。そいつらを成敗するのが俺たちの仕事だ。


 隣の家に住むロックを訪れる。今日はユー・エンドで食べたリンゴのパイを再現する約束をしていた。特に今日は仕事なんてない、久々の休日だ。俺は本格的な料理をしたことがない、失敗するのは目に見えている。

 最悪失敗したとしても、キミカとシアンを呼べば何とかなりそうだ。2人とも料理は得意なはず。


 結果、まぁまぁ失敗した。パイの焼き方なんて、俺もロックも知らなかった。どうやらアレアが詳しかったらしい。

 パイとは言えない何かの生地にリンゴを丸々のせて、外にあるアレアの墓にお供えをした。彼の遺体は世に存在しない、だからボロボロの剣を地面の中に埋めて、その上に墓を作った。


 申し訳ない、こんなボロボロのパイで。でもリンゴは丸ごとのっているからそれで許してほしい。ユー・エンドのリンゴのパイをもう一度食べたいと、彼は死ぬ直前に言っていた。あの店主もレンという討伐者ももうこの世には居ないから、作り方なんて分からないけども。


 墓の前で手を合わせて、平和を願った。


 アレアが命を懸けて作った、平和な世界を残すためにも、俺たちは歩み続ける。


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