Ch. 2 - At the bottom of the world

5. 世界の理(ことわり)

 この世界には、大きく分けて二種類の生き物がいる。魔力を持つものと持たないもの。持たない者の筆頭が人間たちだった。彼らは知恵と群れにより、その数を増やし、気がつけば世界中のほぼ全ての地域にその生活圏を広げていた。同時に技術を磨き、日々の生活に活かしていた。


 もうひとつは、人間より遥かに長命な精霊や妖精たち。人に似たもの、似ていないもの。時に自然に干渉し、その恩恵を受けると同時に、さまざまな災害を引き起こした。


 世界を巻き込んだ「大戦」。そのきっかけは些細なことだったのだという。


 一人の妖精がちょっとした悪戯いたずらのつもりで川をあふれさせた。それにより、人間たちの村がひとつ水没した。幸い死者はいなかったが、住処を失った人間たちは妖精を恨み、彼らがむ森を焼いた。当然妖精だけでなく、巻き込まれた精霊たちも怒り出す。初めはその村の小さないさかいに過ぎなかったが、気がつけばあちこちで似たような争いが起こり、やがて戦へと発展するまでそう時間はかからなかった。


 人間たちは大きな魔力を持つものたちを恐れ、技術をさらに磨き、多くの銃火器ぶきを生み出した。それにより人間たちの攻勢が進むかと思われたが、精霊たちは魔力を持つ者たちに呼びかけ、森や湖を襲う人間たちを容赦無く排除した。

 争いは争いを呼び、戦はさらに世界中へと広がった。大地は焼き払われ、海は濁り、風は病を運ぶようになった。


 このままでは全てが死に絶える。そう悟った人間と精霊たちは、和平に同意する。だが、一所ひとところに集まればまた争いが起こるのは目に見えていた。そこで彼らは世界を三分することにした。


 人間たちだけが住む世界。

 人間以外の強い魔力や力を持つ者たちが住む世界。

 そのどちらにも属さない——あるいはどちらにも属する者たちが住む狭間はざまの世界。


 それぞれの世界は基本的に閉じられ、自由に行き来することはできない。第一と第二の世界については人間と精霊の長たちがそれぞれが自治をすることで合意し、問題はあまりなかった。


 問題は第三の狭間の世界だった。人間にせよ、精霊にせよ、その中で力を持つ者たちはその世界にあまり興味を持たなかった。それ故に、第三の世界は荒れた。あちこちで諍いが起こり、特に、魔力を持つ者たちが持たないものを虐げることが増えた。そこで人間と精霊の代表はいくつかの法を定めた。


 狭間の世界においては、魔力を持たない者は銃火器ぶきの所有を許可する。それ以外は不可とする。


 それ以来、各世界の間は精霊たちの結界と人間たちの築いた壁によって隔てられた。そして、狭間の世界に住むものたちは、生まれると月晶石げっしょうせきという石に触れさせられ、魔力の有無を測られることになった。少しでも魔力があれば石が輝く。石が輝かなければ、銃火器が誕生祝いとして贈られる。

 その雑な法は、だが雑であるが故にそれなりに受け入れられ、そのまま長い時が流れた。だが、それは魔力をわずかしか持たない者を無力にし、虐げられることを意味した——。



「よう、出来損ない」

 飽きるほど聞かされた歴史の講義を終えてまなを出るなり、後ろから声をかけられた。聞き覚えのあるその声に、ディルは内心でため息をつく。そのまま無視して進もうとしたが、後ろから腕を掴まれた。顔だけで振り向くと、短い茶色い髪と同じ色の瞳の少年がこちらを睨み付けていた。

「……何の用だ、ルドウィグ」

「お前、主人は決まったのか?」

 唐突なその言葉に、ディルが怪訝な眼差しを向けると、ルドウィグはなぜか偉そうにふんぞり返った。

「お前みたいな出来損ない、どうせ一人じゃ生きていけないだろう。もうこの夏が終わったら、学び舎も『祈りの家』も出なけりゃならないだろう。どうするんだ」

「どうもしない。一人で生きていく」

「体力も魔力もろくにないくせにか?」

「余計なお世話だ」


 この世界では、寄る辺のない子供たちのために、十五歳までは学習機会として学び舎が、生活の補助として「祈りの家」とよばれる集団生活の施設が用意されている。だが、十五歳を過ぎれは一律に皆、独立しなければならない。

 獣人など力の強いものや、強力な銃火器を持つ人間は、兵士や傭兵などとして雇われ、それなりにまともな暮らしをする者が多い。逆にわずかばかりの魔力しか持たない上に体力も腕力もない、おまけに銃火器を手にすることもできないディルのような者たちには、明るい未来など基本的に存在しなかった。


「下働きか、あるいは娼館行きか」

「余計なお世話だ」

 もう一度、同じ言葉を繰り返す。だが、相手は不意にディルの顎を捉えてニヤリと笑った。

「出来損ないだが、お前、顔は悪くないからな。その銀の髪とおかしな瞳は人目を惹くし、物好きには高く売れるかもしれないぞ」

 おかしな、と自分で言いながらルドウィグはまるで惹き込まれるようにディルの瞳を見つめる。その色は、今は鮮やかな青。だがそれだけではない。けれど今はそんなことはどうでもよかった。ディルはその手を振り払い、踵を返す。

「待てよ」

 再び腕を掴まれる。普段は嫌味ばかり言ってくる相手が、今日に限っては妙にしつこかった。顔だけで振り向き視線を向けると、相手はほんのわずか、どうしてだか顔を赤らめてこちらを見つめる。

「今日で僕は十八になった。これからは正式に従者を雇えるんだ」


 お前さえよければ、雇ってやらなくもない、と妙にしおらしい顔で言う。だが、ディルからすれば吐き気がするような申し出だった。何をどうしてそんな話になったのかわからないが、この目の前の相手はことあるごとにディルに絡んできた。それは言葉だけではない。威力はさほどではないものの、彼の持つ銃火器を慰みに向けられたことは一度や二度ではない。


 ディルは半ば無意識に左肩を押さえて、ルドウィグを睨みつける。

「あれだけ傷つけても、まだ足りないって言うのか?」

 その言葉に、彼はどうしてだか自分が傷ついたような顔をする。ディルはその隙をついて、腕を振り払った。

「お、おい、待てよ! 話はまだ……っ!」

 そう彼が声を上げた時、不意に雨が降り出した。急激に滝のように流れ落ちるその雨と、遠くから聞こえてくる雷鳴にルドウィグが怯むのを見て、これ幸いとディルはその雨に紛れて駆け出した。

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