第23話 勇者
そこは、元いた部屋とほとんど同じ様子をしていた。しかし壁は壊れておらず、魔獣の姿もない。
その部屋の様子を見て、おれたちは大きく息を吐くと、その場にへたり込んだ。ここが何処だか分からないが、とりあえず奴からは逃げ切った。
「何かやったの?」
「遺跡の装置を動かせるとは驚いたな。」
アカネとイッセイが、おれに尋ねる。
「システムの復元と、利用者登録を解除しただけで……す」
そう言いながら、嫌な汗が背中を流れた。
予感が当たったようで、ポウッ。と装置が光り出しす。慌てておれたちは装置から降りて、距離をとった。
青白い光る装置の中から、おれたちの後を追ってきた魔獣が姿を表した。
「どうしてあいつも移動してくるのよ!」
「コウスケがロックを外してしまったからだろうな」
つまり誰にでも使えるようにしてしまったのである。……知能のある魔獣でも。
おれたちは急いで部屋を出て廊下を走る。すぐに魔物もあの嫌な笑い声を上げながら追いかけてきた。
「行き止まりだぞ」
「外に出ましょう!」
狭い場所だと、空間魔法による物量で押しつぶされる。
アカネがすかさず魔力を圧縮し、行き止まりになった廊下の壁を吹き飛ばした。
外はすっかり暗くなり、遺跡の放つ青白い光が辛うじて足元を照らす。周囲に視線を向けるが、塔の姿は確認できず、まだ深層の中であるようだ。運良く表層に出られればという期待は打ち砕かれる。
おれたちが外に出るのに合わせて、暗闇から猫がぞろぞろと湧き始めたが、魔獣が追ってくると、逃げるように居なくなってしまった。おれたちはそれを横目で確認すると、魔獣と対峙した。
魔獣は現在地を確認するように周囲をぐるりと見渡した後、おれたちを見てニタリと笑うと、六本の脚を器用に動かして、ものすごい勢いで距離を詰めて来た。体が小さくなったせいか、依然より動きが早い。
アカネが魔力の塊を飛ばして応戦するが、向きを変えてかわされてしまった。
おれは駆け出しながらそれに合わせてナイフを投げる。しかし、ナイフはスッと魔物をすり抜けてしまう。
ちっ。分身体か。
視線を周囲に素早く走らせると、アカネの後ろに2体の魔物が現れる。気づいたアカネが、飛び退きながらも一体へ魔力を放つ。しかしそれもすり抜け後ろに飛んでいった。
続けてアカネと入れ替わるように前に出たイッセイが、もう一体へ鉄棍を横薙ぎにした。グチャリと音がして、今度は魔獣の体を捉え、それを真っ二つにへし折る。
動きをとめた魔獣に、おれは一気に距離を詰めると、頭を狙ってナイフを振った。しかしその頭がぐにゃりと形を崩して肉塊へと変化した。
これも分身、いや操作の魔術か!?
おれの攻撃は肉塊の一部を切り落とすに終わる。そして、その肉塊は胴の方と一緒になってぐにょくにょと蠢くと、四方へ勢いよく触手を射出しおれたちを吹き飛ばした。
腹にそれをもろに受けたおれは、臓物が飛び出そうとするのをグッと堪える。なんとか受け身をとって着地すると、急いで体勢を整えた。本体は……?
グサリ。という音と共に体に衝撃を感じた。腹部がカッと熱くなる。恐る恐る見ると魔獣の長い爪が背後から体を貫いていた。
「「コウスケ!!」」
おれはナイフを背後に向かって振るう。手応えがあって、魔獣が悲鳴を上げた。爪が体から抜かれ、その時になってようやく体が痛みを感じ始める。
腹部に走る凄まじい痛みに、思わず地面に蹲る。
『アハハハッ。アハハッ。』
片目を潰した魔獣が、嬉しそうに声を上げ、血のついた爪を、分厚い舌でベロりと舐めた。
「あんた……」
ゆらりと空間が揺らめいた気がした。
アカネが物凄い形相で、魔物を睨みつけている。
魔獣はその視線に焦ったように、黒いモヤを発生させると、そこから肉塊で出来た触手を飛ばしてきた。
アカネが魔力を練り圧縮していく。それは今までのどれよりも大きく、そして荒々しかった。
その魔力の塊は、射出されると、触手を引きちぎり、撒き散らしながら進み、そして魔獣の半身をも吹き飛ばした。魔獣が叫び声をあげる。
アカネは次々と魔力を練ると、それを打ち出して行く。
魔獣はとうとう体を捨てると、頭から伸びた管を器用に使って飛び上がった。そして、方向を変えると、耳で裂けた口をガバリと開け、アカネに向かって物凄い勢いで突っ込んでいった。
アカネは軽やかにそれをかわす。そして頭に繋がる管を掴むと、ぐいっと引き戻した。
魔獣の頭が地面に叩きつけられる。アカネはその頭を足蹴にすると、手に浄化の炎を纏わせ、魔獣の無事な方の眼球にぶち込んだ。
「目が見えなきゃ転移も出来ないでしょ。」
凄まじい叫び声が魔獣から上がり、暴れる。アカネも辛そうに顔を歪めるが、構わず暴れる頭を足で押さえ続けた。暫くして叫び声を上げていた魔獣が静かになった。体内から炎で焼かれた魔獣は、彼女が体を離すと、灰になって崩れ、死んだ。彼女の方も、腕の膝から下が無くなっている。しかし、それはみるみるうちに再生して行くと、何事もなかった様に元に戻った。
「居ました!こっちっす!!」
おれがアカネによって傷を癒やされ、ふらつく体をイッセイに支えて貰いながら、転移装置のあった建物に戻ろうと考えていると、近くの茂みから声が聞こえ、そして、ミトとシルヴィア。さらに以前保護された時に見た、鎧で全身を包んだ男が姿を表した。
ミトがなんでここに?と思ったが、それが救助だと分かり、一気に気が抜けて、その場に座り込んだ。
「キールさんの根を使ったっす。」
どうやっておれたちを、と聞くとミトはそう言った。
それを使って探知をかけながら、深層の浅いエリアに絞って歩き回ってたところ、おれたちを発見したらしい。
しかし、キールの張った根は、本人の魔力に反応するもので、他者が使えるものではない。疑問に思っていると、同調したんすよ。と彼は得意そうな顔をして言った。
彼は気づくと他者に同調し、自分の魔力を変質されることが出来る様になっていたらしい。本人やその魔力が込められたものに触れている間しか出来ないが、キールの魔力が染み込まされた根に同調することで、彼はそれを自分のものの様に使用できたという。
シルヴィアに触ってる時に気づいたっす。と余計なことを言って、彼女に叩かれてもいた。
軽々しく言うが、それって凄いことじゃ……。
そんなことをくっちゃべっていると、鎧の男がこちらを見ているのに気がついた。その視線は、おれたちではなく、その後ろに居たアカネを捉えている。アカネもその視線に気付いて訝しげに見返した。
男が彼女を見る目を細める。
「おまえ、吸血鬼だな。」
「……わたしは人間よ。」
突然の事に、彼女は努めて冷静に言い返す。
「……隠しても無駄だ。どういう事情か知らんが、成長した吸血鬼は、国をも滅ぼす危険な存在だ。悪いがここで討伐させてもらう。」
男は、その背に背負った身の丈ほどの大剣を構え、アカネに向けた。
危険な存在??それより……鑑定された!?
おれは、展開についていけず混乱する頭で、鑑定を使われた事を理解し、おれもその男に能力を使った。妨害を受けるがそれを無視してねじ込む。
そして、男のステータスが表示された。
“エルガルト”
【種族】
人族、勇者
【スキル】
聖なる加護
アカネと鎧の男、エルガルトが睨み合う。
その物々しい雰囲気にごくりと誰か唾を飲み込む音が聞こえた。
「待って下さい。彼女はそんなんじゃ……。」
「これは決定事項だ、彼女個人に怨みがあるわけではない。邪魔するならお前も殺す。」
エルガルトはアカネから目を離さず、淡々と告げる。
それを聞いたアカネが、肩の力を抜き、降参というように小さく手を挙げた。
「わかったわ……わたしは彼を死なせたくない。大人しくする。」
何を勝手に……。
エルガルトはその彼女の言動に、一瞬悲哀のこもった表情見せたが、すぐにそれを消すと、構えを緩めて彼女にゆっくり近づいていった。
パンッ
アカネが、挙げていた手を打ちつけた。強烈な閃光が周囲に走る。一瞬で白く塗りつぶされた視界の中で、ぎゃあ目がぁ。とミトが叫ぶのが聞こえた。
能力により、視界はすぐに回復する。しかし、暗さを取り戻したその場所に、アカネの姿は無かった。
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