30.パーティーとクエストの雲行き

 興奮気味にカナザが指差した先から、立派な灰色の毛並みをした狼が歩いてくる。俺達よりも小さい、元の世界の図鑑で見たのとほぼ同じような体長だったが、その足取りはヨタヨタと覚束おぼつかなかった。


「あれがドランカーウルフか……なんか……やっぱり弱そうだな、アーネック」

 そのまま倒れて寝入っちゃいそうですけど。


「タック、油断するとギャップにやられるぞ。中身何も入ってないと思ってたコップに口つけて、コーヒー入ってたら驚くだろ」

「そもそもなんで何も入ってないカップを飲もうとしたの」

 例えが遠すぎるでしょ。



「かなりの強敵だぞ、気を引き締めてかかれ」

 そう言って彼女は、背中の槍を引き抜いて構えた。


「ヴルルルルルル……」

「…………ハッ!」


 唸るドランカーウルフに対し、掛け声とともに放つ高速の突き。しかし、敵はそれをひょいとかわす。


「速っ……!」


 思わず声が出た。確かに、フラフラと動いているけど、決してその動きが鈍いわけじゃない。


「ヴァオオッ!」


 そして、そこから敵は攻撃に転じる。彼女は槍で防ごうとするも、その横をすり抜けられ、突進しながら鋭い爪で左足を切り裂かれた。


「ぐああ……っ!」

「アーちゃん!」


 こいつ……見かけによらず本当に速い。それに、常に左右にフラフラと揺れていて次の動きが読めないから、攻撃をけるのに手こずりそうだ。


「まだまだあ!」


 立て続けに槍で突きを繰り出す。しかし、何か弾みがついたのか、跳びはねるように動き出した敵をその細い切っ先で捉えるのは至難の業だった。


「アーネック、私も行くわ」

「頼む、オーミ!」


 槍を避けた相手に接近し、オーミが後ろ蹴りを放つ。しかし、敵はそれもしゃがんで躱し、その体勢から地面をザリッと蹴ってオーミに突進する。


 警戒していた彼女がすぐに態勢を戻したから良かったものの、後ろを向いたままだったら、その磨いたような牙で一噛みされるところだった。



「危なかったわ……攻撃当てるのも難しいわね。この前タクトには当てられたのに」

「それは俺が油断してたからだ」

 手招きしておいて後ろ蹴りかましてくると思わなかったもんで。


「ワタシも行くよ~!」


 ナウリが手を前に翳し、早口で呪文を詠唱する。やがて、敵をぐるりと取り囲むように、俺の身長よりも高い炎の壁が円状に出現した。


「ナウリ、ナイスだ!」


 逃げ場を無くして右往左往している敵が、ヴルルルルと唸っている。こちらから中の様子はよく見えないが、壁に近づけば気配は分かるので、そこを槍か格闘技で仕留めればいい。


 そう思っていた。



「ヴァウウウッ!」

「えっ……!」


 オーミの驚嘆の叫びが漏れ聞こえる。その小柄な体のどこにそんな跳躍力があるのか、ドランカーウルフは助走もなしに目の前の炎の壁を跳び越えた。そして、その勢いのままオーミの腕に噛みつき、牙を突き立て、浅くない傷を残す。


つうっ……!」

 腕を振ると、敵は回転するように体を捻って着地した。


「それなら……痺れろ!」


 着地したところを狙い、カナザが小瓶を開けて中の黄色い粉を敵に蒔く。「すばしっこいっていうから、準備しておかないとね」と馬車の中で処方していた、痺れ粉。薬師くすりしもやっている彼女だからこそ作れたその粉は、吸い込むと体の自由がかなくなるらしい。



「ヴァウッ!」


 口元を狙った彼女の一撃はしかし、危険を察知した俊敏な反転により、あと一歩のところで届かなかった。


「もう一発!」

「アタシもだっ!」

「援護する~!」


 オーミが接近戦で挑み、避けたところをアーネックが槍で攻め、更に遠隔から殺傷性の高そうな氷柱をナウリが飛ばす。しかし、その全てが華麗にけられた。


「やるわね……かなり戦い慣れてるわ……」


 再度攻撃しようと体を屈めたオーミが、何を閃いたのか、その堅い表情をフッと緩める。



「ねえ、タクト。アナタが攻撃してみてよ」

「へ? 俺?」

「いいから」


 言われるがままに剣を抜き、刀身を上に向けて持つ。八相の構え。前に漫画で読んで、いつかやりたいと思ってた。本当は兜を被っていて刀を振りかぶるのが難しい場合に使うらしいけど、そういうのは気にしない。腕が疲れにくくていいな、これ。


「うおおおおっ!」

 走っていって、そのままスパンッと振り下ろす。


「ヴォギャッ!」


 見事命中。これまでの苦戦は何だったのかと思うほど、あっけなくダメージを与える。横っ腹に傷を負い、敵はヨロヨロとその場に倒れた。


「っしゃあっ! いやあ、俺が活躍できる日が来るなんて。オーミ、俺剣士の才能あるんじゃないか!」

「オーミ、これは一体……?」


 はしゃぐ俺の横でアーネックが頭がもげるかと思うほど首を傾げていると、オーミがいたずらっぽく笑う。


「このウルフ、大分戦闘慣れしてたでしょ? だから、私達みたいに戦い方や体の動かし方を知ってると動き読まれちゃうと思ってね。タクトなら素人も素人で、逆に向こうも太刀筋とか読めないだろうから」


 えええええええっ! そんな理由なの!


「なるほど、確かにタックの剣なら読めないな」

「タッちゃん、たまには役に立つね!」

「うるさいっ!」

 逆に辱められてる気分だ!




「ったく、せっかく俺の剣士としての手柄が——」

 その時だった。


「ヴァウッ!」

「あっ!」


 叫んだときにはもう遅い。ドランカーウルフは傷を抱えつつも立ち上がり、ヨロけるような素振りは一切見せずに全力で逃げていく。そのスピードは凄まじく、ナウリがすぐに火球を飛ばしたものの、まったく追いつけないまま炎は消えてしまった。


「まさかあのケガで逃げられるなんてね」

「アイスゲーターみたいに、すぐに魔法で捕獲しとけば良かったな」

 オーミとカナザの会話に、アーネックの頬がピクリと動いた。


「ちょっと待ちなよ、魔法使わなかったナウリンが悪いっていうのか?」

「え? いや、そんなこと言ってないでしょ。それを言わなかった私やオーミちゃんだって同罪だよ」


 なら良いんだけどさ、とアーネックは不機嫌そうに溜息を吐き出した。結構必死で戦った分、捕獲できなかったことに苛立ちが募っている。


「ったく、靴だけちゃんとしててもな……」


 聞こえるか聞こえないか、或いは故意に聞かせたか。彼女の放った言葉に、今度はカナザが「はあ?」と声を荒げた。


「待って、なに今の」

「何でもないよ」

「何でもなくない。私達に言ったよね? 靴だけちゃんとしてても、こういうときに役に立たない、みたいなこと言おうとしたよね?」

「アーネック、関係ないこと蒸し返すのやめてもらっていい?」


 オーミも加勢する。あれ、ダメじゃない? 完全にダメな方向に向かってない?


「みんな油断してたんだからこっちだけ責めるのはお門違いよ。アナタにだって責任はある。オシャレな靴履いてれば許されるとでも思った?」


「ちょっ、ちょっと、オーちゃんやめなよ~。売り言葉に買い言葉しても仕方ないじゃん」

「なんでナウリがアーネックの肩持つの? それに、魔法使いって立場忘れないでね」


 途端、ナウリの表情がビキリと固まった。


「何よオーちゃん、結局ワタシが悪いって言うの?」

「そうは言ってないけど、責任の一端はあるでしょ」


「ホントに? ホントにそういう意味で言ったの?」

「何、疑うの? 別に信じたくないなら信じなきゃいいけど」

「オーミン、魔法使いの立場とか言ったらナウリンが全面的に悪く聞こえるだろ!」


 トーンを抑えながらも怒鳴るアーネック。いや待って、これホントにまずい……。


「みんな落ち着きなよ!」

「カナもふっかけてきた側だろ。オーミンとペアでさ」


「アーネックちゃんこそナウリちゃんの肩持つよね」

「持つよ、同じグループだもん。悪い?」

「なら私とオーミちゃんがペアでも文句言わないで」


 ここでオーミとアーネックがほぼ同時に「無理」と呟いた。


「こんな状況でクエスト続けられない。タクト、今日はやめましょ」

「……は? ここで終わり? 失敗でいいのかよ」

「タック、これで続けて成功しても金が入るだけだろ。そんな気分にならない。クエスト中止でいいな」


 他の女子3人が無言で肯定の意を示す。ナウリが小さく「ここは息が合うんだね~」と苦い表情で眉を上げた。


「じゃあ、この場で解散で」

「お疲れ。また何日かしてからな」

「おい、ちょっと……」


 止めようとしたが、光のない目のオーミ達を前にだんまりを決め込むしかなくなる。



 こうして、俺は初めてクエストに失敗し、全員バラバラに馬車に乗って家路についた。

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