俺の推しVtuberがまさかのバ美肉声した父親だったなって、そんなの俺は認めない!
先生(さきしょう)
『星型』の痣を持つ男
「父さん、アイドルになるから」
父親はそう言って家を出ていった。
まだ八歳にも満たない俺と、四歳の妹と母親を残して。
たぶん、俺の記憶違いだったかもしれないし、母さんにその発言についてなにか聞いても、何も教えてくれなかった。
母さんはよく、俺の左腕をさすりながら話してくれた。
「あの人は遠い国いっちゃっただけだから、必ず帰ってくるから、大丈夫よ」
「ほら見て、この痣お父さんにそっくり」
父には俺と同じところに同じ形の痣があったようだが、俺はそんなことは別にどうでもよかった。
幼いながらにして父は、母と俺と妹を捨てだんだと、理解できたから。
父親の話をするたびに、悲しい顔をする母親を見て居られなかったから、俺は二度と家では父親の話はしなかった。
時は流れて八年後、四月十二日月曜日
「たぁああああ、そこ、タクマそこだよ! そこ赤コンの裏ぁああああ 」
「任せろ、アユムゥゥゥ、おし! ワンノック!」
「ナイスゥ!」
東京から少し離れた郊外のワンルーム、34インチモニターと24.5インチ縦型モニターでFPSに興じる、一人の男子大学生が居た。
「これ! わんちゃん!?ある?」
「ある? ある? 俺らチャンポンとっちゃうかもよぉ!?」
装着したヘッドホンからは二人の男性の興奮した声が聞こえてくる。
あー、この時間暇だ。
34インチモニターの画面は真っ赤に染まって、視界の端も黒くグラデーションが起きていて、今にも瀕死だという演出が表示されている。その視界には自分のキャラクターとは違い颯爽にフィールドを走るキャラクターが二人映ったり、映らなかったり視界をちょろちょろしている。
「盛り上がるのはいいが、早く俺を起こしてくれ、あとゲージがミリだ」
このまま死にますよー、俺。
手持ち無沙汰になり、俺は机に置いたグラスを呷る。
「おっ…………はぁ」
ぬるい炭酸の抜けたコーラを飲み干し、新しい物を注ごうと、机に置いてあった二リットルのコーラのペットボトルに手を伸ばすが、いつの間にかそれが空になっていることに気づく。
あー、取りにいかないと。めんど
「わかってる、わかってるって、アユム俺セルまくから、コウダイを起こしといて」
「おっけー、了解って、うわぁああああ」
あー、無理っぽいなー。
所詮は大学生のお遊び、3人チームのゲームでチームメイトの一人が欠けてる状態で、一人が叫んだら、それはもうチーム瓦解の合図だ。
「おい、どした!」
「敵! 敵! 敵! 崖上から三人降りてきた、降りてきた! ごめんダウンした!」
「おい、嘘だろ、マジかよ」
ほらなー。
「俺飲み物取ってくるわー」
「ちょっ、コウダイ、まてよ、試合の途中だ――」
俺は友人の忠告を無視してヘッドホンを外し、飲み物を取りに冷蔵庫まで歩く。
一人暮らしには少し豪華な300Lの冷蔵庫を開けると、悪臭が俺を襲った。
「うっわぁっ、なにこれ。クッサ、えっ」
あまりの匂いに顔をしかめ、一度扉を閉める。
「え、なに? なに?」
俺は突然の刺激に扉を閉めてしまったが、その原因を探るためにもう一度扉を開ける。よくよく冷蔵庫の中を観察すると、中段に身に覚えのないラップ掛けした器が鎮座していた。
「なんだこれ……うわっ。これやん」
さらさらの液体の中に固形物が浮いているのが見える。
息を止めて冷蔵庫から謎の物体Xを中身がこぼれないように恐る恐る取り出して、そのままシンクに流した。
シンクに流し、流出物を見て正体を把握する。
「ラムネ、タコ、ヘドロかした何か……フリスク、ああ、昨日あれか」
昨日
「まったくっ、めんどくせぇことすんじゃねぇよ」
悪態をつきながら、シンクに水道から水を出し、物体Xをあらかた洗い流し、換気扇の電源を付けた。流れ切らなかった物体Xの一部をそのままシンクを放置して、冷蔵庫から臭くなった紙パックのミルクティーを取り出しパソコンの前に戻る。
画面には先ほど予想した通りに『部隊全滅』の文字が表示されていた。
「おい、おい、誰だよ昨日の物体Xを冷蔵庫に仕込んだ奴は。マジ激臭なんだが、どうしてくれんの、殺すぞ」
そう言いながら、ヘッドホンを被りながら画面の向こうの悪友に問いかける。
「お、コウダイ帰ってきたなぞ、アユム」
「おい、コウダイ!聞けよ、すげぇぞ、さっきのやつ」
「すげぇのは、ウチの冷蔵庫の中身だよ、匂いマジやべぇんだけど」
ヘッドホンからは、画面の向こうに居る悪友たちのしてやったりという大爆笑が聞こえてくる。
「はぁっはぁっ、はぁっ、あはああああああああ!」
「ふぅっはっはっはっはっはははは! はぁーぁーはあーあ、やっと気づいたのかよ、お前」
「いや、普通気づくっしょ、冷蔵庫の中とか、お前どんだけ開けないんだよ冷蔵庫」
「いやー、もう開けた後かと思ったわぁー」
今日は昼間に起きてからかれこれずっとパソコンの前に座って、ずっとこいつらとFPSをしている。二リットルのペットボトルだって昨日の闇鍋パーティの残りで、机の上に放置されていたものだ。確かに今日はさっきが冷蔵庫を初めて開けた。
「いや、俺はだな」
「それより聞けよコウダイすげぇんだって!」
「そうだ、そうだコウダイ」
「ん?」
「さっきの相手チーム、みりんちゃん達だったぜ! 『大黒天』の配信に俺たち写ってるかも知んねぇよ!」
彼らの言っている『みりんちゃん達』というのは、ここ数年でYoutube業界で話題になったVtuberという配信者達のことを指している。
Vtuberというのは、Youtuberや他の配信者と違い、普通に顔を出して放送するのではなく、トラッキング機能を使い、自身の顔の動きや、体の揺れなどを検知し、二次元のキャラを自分の代わりのキャラに動かし、ゲーム実況者や歌ってみたなどを行う形態の配信者たちの事だ。
『みりんちゃん達』というのは、株式会社カレンダーというVtuber事務所に所属するVtuber達の事を指していて、『大黒天』というのはその子達のチーム名のような事である。
そして彼らの中では『大黒天』と呼ばれるそのチームは、三人の中ではアイドル的存在になっている。
メンバーは、【ASMR】【モノマネ】【歌枠】【耐久配信】すべてを極めた、チャンネル登録90万人を超える圧倒的エース、トレードマークは鎌のマーク、『大鎌みりん』。
【視聴者参加型】【お絵描き雑談配信】【凸待ち放送】とコミュニケーション特化の鬼、チャンネル登録71万人を超える株式会社カレンダーのムードメーカー、トレードマークは雲のマーク『天野かりん』
【FPS】しか勝たん! その腕前はプロをうならせる。FPSゲーマーの申し子、チャンネル登録 52万人『マリー・黒島・オルゴール』。
の三人で、彼女たちの名前から1文字づつ取って『大黒天』というチーム名を名乗っている。
彼女達の魅力は、何と言ってもそのゲーム実力である。彼女達のFPSの腕前は一流、動画配信者の中でもトップレベルを走るスコアを生放送でたたき出し、今やVtuberを知らないFPSユーザーでさえも、彼女達を知っているほどだ。
俺の悪友の二人である、
「まじかよ、ってそれ本物なのか? 確かにレートマッチじゃないとしても彼女達の偽物じゃねぇの?」
「いや、それは琢磨が放送を確認してきた! そしたら『大黒天』は放送してるんだ! まだアーカイブになってねぇから確認できないけどよワンチャンあるぜ!」
「まじかよ」
「マジ、マジ」
だが俺らのやっているゲームは、三人で一チームで、二十チームが一斉に戦うバトルロワイアル形式のゲームだ。一試合の平均時間は二十分前後で、三時間も生放送をすることもある彼女達とは、マッチングする確率は無くは無いのだ。むしろ彼女達と一緒にプレイするためにスナイプと呼ばれる違法行為をする連中も少なくはない。
「まあ、今日はラッキーだったんじゃね。偽物かもしれないけど」
真実だったらラッキーぐらいだろ、そんな日もあるだろうに。
「いやー、崖上からの、かりんちゃんのヘッドショット、神だったわー」
「あれがマリーちゃんの一発ならもう満足死だわ」
友人二人は、憧れの推しVtuberと思われるプレイヤーに殺されたことが、大層喜ばしいらしい。残念だが俺はそこまで思えるほど、彼女達を推していない。今日は学食のから揚げがいつもより1個多いくらいの喜びしか感じない。
「コウダイ、おいお前、もうちょっと喜べよ! 『大黒天』だぜ、『大黒天』」
「いやーっ、マジ今の一戦録画しとくかぁー!」
「『大黒天』かもしれない、だろ、もしかしたらそうかもしれないけど」
まあ、そうなのだろうよ。でもただ殺されただけだぜ。俺にはその良さは理解できない。それに俺には彼女達よりも推す存在が居る。友人二人には耳タコだろうが俺はあえて彼らの興奮をぶった切るように、パソコンの前でキメ顔でいつものセリフを言う。
「俺は『星空ヒカリ』ちゃん一筋なんで」
「ああ、そういえばお前はあの年増ファンだったな」
おれの怒りが有頂天になった。
「てめぇ、その発言訂正しろ! ヒカリちゃんは年増じゃねえぇよ!」
俺は怒りに任せて振りかざした左手の握りこぶしを机にたたきつける。いわゆる台パンだ。
「いや、正直年増でしょ。声はかわいいけどさ、歌枠の選曲が……あっ、察しって感じ」
「そうだよなー、ちょっと古いんだよね、俺達でも若干わからない曲たま歌うし、母さんのカラオケみたいなんだよな少し、ワンチャン年上、というかアラサーまでありえる」
意味不明の言葉を言っている愚か者に対し俺は、怒りをあらわにしながらまくしたてるように叫ぶ。
「そんなことねぇよ! 『星空ヒカリ』ちゃんは星空高校の高校二年生! 好きな食べ物はあんドーナツ、趣味は動物を愛でること! 苦手な物はお化け、廃校してしまう星空高校のために広報部部長として広報活動を頑張るけなげな高校生なんだよ! その言葉訂正しろやぁ!」
「いやー、流石に属性盛りすぎっていうか」
「ねぇ、高校二年生は流石にダウト」
確かに本当にそうとは思ってはいないけれども、本当は二十歳くらいのおねぇさんかもしれないけど、俺はその設定の彼女を推してるんだよ!それを含めてファンなんじゃないのかよ! その設定が頑張る彼女に俺たちは夢を見てるんだよ!!変な茶々入れんじゃねぇよ、そっちがその気ならやってやるよ戦争だよ。
「そんなこと言ったっら『大黒天』だって! 実はゴーストプレイヤー疑惑あるだろ!」
あり得る話である、ゴーストプレイヤー。Vtuberは顔が見えない。プロのFPSプレイヤーであれば、自身の手元を移すカメラを用意するが、Vtuberはその性質上手元も見せることができない。有名で多芸であればあるほど、その疑惑は尽きない。実際にそういったことが行われていたこともあったのだ。
「はぁー、それを言ったら戦争なんだわ、俺のマリーちゃんがそんなことするわけないだろ。というか生放送してる時点でそれはあり得ないんだわ」
「そうなんだわ、みりんちゃんは正真正銘のFPSゲーマーなんだわ。じゃなきゃこの前の大会で優勝した時にあんなに号泣しないんだわ、本当なんだわ!」
彼らの言うことは確かにそうだ、普通のゲームやお絵描き放送と違ってFPSは非常にゲーム展開が早いゲームだ。やられた瞬間に自身がリアクションをしなくては、不自然になってしまう。別取りの録画放送であればいくらでも編集はできるが、彼女達は生放送がメインだ。俺もそんなことは、わかっているが自分の推しに泥を塗られたらもう戦争しかないのだ。こんなあるかもしれないの彼女たちの裏側を邪推するだけ愚かなことだということはわかっているが、最初に領空を侵犯したのはあいつらだ。
「あーぁ!? やるかぁ!?」
「そういえばコウダイ、もう一七時二十分だけど、ヒカリちゃん配信予定じゃなかったっけ?」
「はっ!」
畔上の発言で我に返る。パソコンの時計は確かに一七時二十分を示していた。
「うわっまじかよ! じゃあ俺落ちるわ」
こんな連中とプロレスをしている場合ではない。
「おいおい、いいじゃねぇかよ。まだやろうぜ、どうせ見ながらも出来るだろコウダイ」
「そうだぜ、お前ん家デュアルモニターだろ、片方で流せよ」
「そしたら、コメントできねぇじゃねえかよ。星空高校の広報部部員として俺はそんなことできない!」
広報部部員というのは『星空ヒカリ』が決めた、俺達ファンの総称のことだ。俺たちは彼女のファンになる事で彼女と一緒に星空高校を盛り上げていくという設定だ。
「じゃあ、放送終わったらまた夜に入るかもしれねぇや! おつー」
「おつー」
「じゃあねー」
悪友達との通話を終了し、俺は急いでYoutubeを開き、彼女のチャンネルのページに飛ぶ。
「やべぇ、乗り遅れた」
やはり配信は始まっていた、開始時刻は十七時ちょうど俺らが試合を始めたくらいの時間だ。
「しまったぁ、完全にすっぽかしてた」
配信ページに入り、コメントをする。
はんなり:うぉー、配信遅れたーごめんね、ヒカリちゃん
登録者数30万人を超える彼女が、コメントに反応してくれるわけではない訳ではないが、ファンの一人としてそうコメントせずには居られなかった。
今日の配信は久々のコラボ放送だ、あまり彼女はコラボ放送をしないというのに、それに乗り遅れるなんて俺はなんて失敗を。
コラボ相手は『クリスタリア・ベール』という名前で活動しているVtuberだ。
ファンの愛称はベルちゃん。彼女はコラボをメインに配信をしているVtuberで、コラボをした相手に事前にファンから集めた質問を、インタビューをするのが主な配信内容になっている。質問の内容はファンならみんな知ってるという普通なものや、その魂に関わる際どい質問まで様々だ。台本があるとか無いとか噂はあるが、それは視聴者には知る由もない。
「うわ、俺の質問読まれたかな、アーカイブ確認してたい」
そんな事はありないと思っているが、どうしても、わずかでも、確率があるなら気にしてしまう。それがファンというものだ。
「えー、流石にそれは乙女の秘密です! やめてくださいよー女子同士でも流石にそれは恥ずかしいですぅ」
「いやいやーみんな気になってますよー、どうなんですかー」
質問内は…………今日のパンツの色だった。
「だぁあああ、誰だよこんなセクハラ質問したやつは! ありえるかよ! 俺たちのヒカリちゃんにそんな質問すんじゃねぇよ」
まさに厄介オタクここに極まれりである。
「そんな糞質問より、俺の『ヒカリちゃんはポッ◯ー派ですか、プ◯ッツ派ですか?ちなみに僕は甘いものが好きなのでポッ〇ー派です』って質問採用しろよぼけええええええええ」
パンツの質問者と気持ち悪さは、トントンってところである。
部屋で気持ち悪い叫びをしていても、配信にもちろん聞こえないし、伝わらない。配信は続いていく。
「えー、じゃあじゃあ、パンツの色はあきらめるとしてぇー」
「だから、最初から言うつもりはは無いですって」
「じゃあ、じゃあ『星空ヒカリ』の由来を教えてくださいよー」
「えー」
出たよ、メタ発言。ヒカリちゃんが企業じゃない個人勢配信者だからってこいつ、調子乗りすぎじゃないのかコイツ、〇すよ(暗黒微笑)
「えー、うーんそうだなー」
「おっ、おっ、もしかして聞けちゃいます? 『星空ヒカリ』ちゃんの誕生秘話!」
「誕生秘話ってそんなのないですよ、私はずっーと『星空ヒカリ』ですよっ! もう」
そうだ、星空ヒカリちゃんは星空ヒカリちゃんなのだ。
「あーっでも、ここだけの話ですよ」
「おぉーお、お前達切り抜き準備だ! 準備はいいか!」
配信中のベルちゃんが視聴者を煽る。
「もう、大袈裟ですよ、ママに聞いたんですよ。ママに」
「ほうほう、それでそれで」
「ママに聞いた話だと」
やはり気になる彼女の由来、自分が1年以上は推しているVtuberだ。
魂が気にならないわけではなかった。
「私、左の二の腕に星型の痣があるんですよ」
「――はぁ?」
突然の話に思わず、声が出る。
「そしてママとパパがこの星の様に輝いてほしいって、意味を込めてヒカリってつけてくれたらしいんです」
「へーって、星の痣ってそれってただのジョ◯ョネタじゃないかーい!」
「あれ? バレちゃいましたか?」
「もう、結局パンツも名前の由来もはぐらかされちゃいましたねー、あっでもヒカリちゃんがジョ◯ョ読んでるってことがわかったってことで、星空高校の生徒みなさんゆるしてくらーさい。えー、それでは次の質問へ……」
何が起きてるんだ、今彼女はなんて言った。
『私、左の二の腕に星型の痣があるんですよ』
彼女の言葉が何度も脳内に再生される。そして幼いころに母に言われたことを思い出す。
『ほら見て、この痣お父さんにそっくり』
俺は装着しているヘットセットをぶん投げて、洗面台に駆け込む。
そして、自分の左の二の腕を鏡で確認する。
そこには二十年間ずっと見てきた、痣がある。
『星型』だ。
昔ネットでバズった呟きを見たことがある
『身体のどこかに痣がある人は、"来世貴方がどんな姿に生まれ変わってもその痣を頼りに迎えに行く" 』
「嘘だろ」
全身が冷や汗を噴き出す。
「いや、そんなわけはない、彼女が偶然にジョ◯ョネタをかましてきただけなんだ、そうだろ」
そんなわけないんだ、彼女はまず女性だろ。というかありえないだろ、そんなこと。
「いやー、焦ったわー。マジ」
冷静を取り戻して、自室に戻り再び配信を視聴する。
「……だから、虫は食べたことないですって」
「本当ですかぁ?」
画面を眺めるとそこにはいつもの彼女が居た。相変わらず可愛い。癒しボイスだ。
さっき自分がどんなバカな妄想に、囚われていたが笑えてしまう。
「なに一人で慌ててたんだが」
その後、俺は配信が終わるまで、ほかの部員と一緒にコメントをしながら放送を盛り上げた。
「いやー、今回も最高だったわ、星空ちゃんマジ天使」
一時間半にもおよぶ配信が終わり、感無量であった。
「まさか、ヒカリちゃんの苦手な物がカニで、水泳が得意だったなんて、意外だったわ。水泳が得ってことは新衣装は……水着かぁ? やっぱりスクール? 競泳? もしかしてのビキニパーカーかぁ! なんちゃって」
ボイスレコーダーで録画したら一生ゆすれそうなほど、気持ち悪い呟きが彼の部屋に響く。
「……しかし」
彼女が人気になればなるほど、嬉しいし、誇らしくなる。でも、自分だけ知っている彼女を他人に取られるように感じてしまう。
「スーパーチャットか」
特に顕著なのはスーパーチャットの存在だ。
スーパーチャットとは、配信者に直接お金を振り込みながらチャットをするシステムのこと。つまりは投げ銭だ。上限は五万円でお金をかければかけるほど、一度に入力できる文字数も多くなり、画面にも残り続ける。そしてなにより彼女の印象にも残る。
それはそうだ、上限とはいえ五万円は大金だ。大人が稼ぐにも1週間はかかる大金だ。そのお金を彼女に意思疎通をするために払うのだ。その行為は異常ともいえる。1時間の配信で累計五萬万円のスーパーチャットが投げられば、単純計算で時給五万円だ。たとえ配信元に、幾分か取られるとしても異常な金額だ。
もちろんスーパーチャットが悪いとは思わない。俺みたいな貧乏大学生と違って、そういった人たちが彼女達の活動を支援しているのだから。しかしスーパーチャットが投げられれば、投げられるほど彼女、『星空ヒカリ』の中で
最初の登録者数が少ないときには、より密に感じられた彼女の配信も、今では有象無象の一人なのだろうと感じてしまう。
所詮俺は大学生、バイトはしているがぽんと1万円投げられる財力は無い。
彼女が俺達をおざなりにしている事は無い、未だに俺のハンドルネームを覚えていてくれている節はあるし、彼女のTwitterアカウントからフォローもされている。しかしどうしても彼女が人気になり、スーパーチャットを投げるファンが増えれば増えるほど、焦りを感じる。
「おし! 次の配信で投げて見っか!」
一万円くらいなら、来週まで貧生活を送ればなんとか捻出できる。最悪、あいつらにお金を借りるワンチャンある。
俺はそんなバカなことを考えながら、彼女のTwitterを確認し今日の配信内容の感想が無いか、次の配信内容の告知が無いか、確認する。
そこには【来たれ!星空高校生】これは自分だけって特技、エピソードをお持ちの星空高校の生徒さん募集!と書いてあった。
「これだよ、こういうところ好きなんだよなー」
彼女は人気になっても俺たちを蔑ろなんかしない。俺たちのことをしっかりと考えてくれている。
「しかし、あれだな」
なんか、あるか俺に。今まで平凡という人生を、全うに歩いて来た大学生二年生のオタクの俺に。しかしこれは、彼女の印象に残るにはこれはいいチャンスだ。俺は古参リスナーだから名前は覚えてもらってるし、さらに印象をつけるチャンスだ。
「んー、FPSうまい? とか?」
いやいや、そんな奴ごまんと居るし、それこそ『大黒天』のような超絶プレイではない。平均よりうまい程度だ。
「大学生は……居るだろうし、なんか……そうだ!」
今日の彼女の配信を思い出す。
「星型の痣だ!」
彼女が今日の配信で、自分の名前の由来と言いながら、かましたジョ◯ョネタを思い出す。
「これだ」
ジョ◯ョを始めて読んだときには、俺には波紋が使えると思ったもんだ。これなら彼女の言ったことだし絶対に印象に残る、ワンチャン採用だってあり得る。
「来たわ、これなんだわ」
俺は意気揚々と上半身裸になり、脱衣所に行きスマートフォンを構え、撮影を開始した。
「こうか、それともこうか。いや腋毛はまずいか」
普通の大学生、体を鍛えているわけではなく、流石に上半身が入っていると写真で見るに堪えない。そしてなにより彼女にだらしないからだとバレるのも恥ずかしい。リスナーはんなりは、彼女の中ではかっこよくありたいのだ。
三十分のむなしい個人撮影会のすえ、結局腕と分かる画角の痣の写る写真を採用した。
「んー、どうする」
俺は上半身裸のまま、自身のパソコンデスクに座り、今度は写真を送る文章に悩む。
「いかに彼女に良い印象を与えながら、自分がどれだけ星空高校の部員としての歴が長いかを伝えるか、それが課題だ」
そうして、一時間悩んだ結果
―――――――――――――――――――――――――――――
ほっしっしー
はんなりです、いつも放送楽しみにしてます!
ヒカリちゃんの放送は初期の【絶体絶命】チャンネル登録数1000人行くまでホラーゲーム耐久から見てます!
いつも星空ちゃんの可愛いいボイスに癒されまくりです。
特に【安眠ASMR】のシリーズはいつも寝るときに聞いています!もう最高です!
私は大学生二年生です。
バイトとか勉強とかで忙しいからスーパーチャットはあんまりできないけど、いつもヒカリちゃんの放送は参加して応援してます!
それで今回の企画なんですが、私には特技?というかすごいものがあります!
[写真]×2
あんまり鍛えてなくてごめんなさい。
どうですかわかりますか? さっき放送のあったクリスタリア・ベールさんとのコラボ放送であった星空ヒカリちゃんの名前の由来?というかジョ◯ョネタで話していた痣です。
もちろん加工ではありません、念のため別アングルの写真も送ります。
インターネットで痣は、前世の恋人がお互いがわかるようにって話がありますけど、俺はもしかして!?
なんか恥ずかしいこと言った気がしますが気にしないで下さい。
はんなり
―――――――――――――――――――――――――――――
我ながら完璧な文章だ。自分が古参ファンであることを印象付けながら、彼女に好印象を与える文章だ。
確実に厄介オタクの怪文章でしかないが、彼は憧れのVtuberへ、いかに自分を印象付けるかで頭がいっぱいだで、客観的に自分の文章を読む能力は無かった。
何度も何度も文章を読み返したから大丈夫。
恐る恐る送信ボタンを押した。
「うひょぉぉぉおぉぉぉおお、どうかななぁぁぁぁ」
憧れのVtuberに、怪文章のDMをしたのにもかかわらず本人は羞恥に体をよじる。
「どうかな、どうかな、俺ワンちゃんあるかなぁ!」
ワンちゃんというよりかスリーアウトだ。
興奮冷めやらぬまま、キッチンで食事の準備を始める。
昨日の闇鍋で冷蔵庫の中身は全部あいつらに使われてしまった、もっと言うと物体Xとかいう生ごみだけが残った。冷蔵庫を開けてみたが、未だ腐臭しか漂わずに、中途半端に使用した、調味料しか残っていなかった。
俺はあきらめてインスタントに頼ることにする。
「今日はーペ◯ングか、夜道の焼きそばどっちにすっかなー」
カップ焼きそばにお湯を注ぎ、いったんパソコンの前に戻る。先ほどのDMが返信が無いか不安であるら。
「まあ、あるわけないよな」
ほんの数分前に飛ばしたダイレクトメッセージだ。そんなすぐに反応なんてあるわけないし、反応を返してくれることだってあり得るかもわからない。
「ほらなー。ん? 返ってきてる!?」
何度、目をこすってみてみても、俺のTwitterの通知欄には1と通知がついていた。
「おい、おい、ワンチャンあるんじゃないの!」
残念これでお前のコールド負けだ。
興奮して開いてみたTwitterには、更なる興奮が待ち受けるメッセージが並んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――
ほっしっしー
早速のネタ提供ありがとうございます、はんなりさん!
いつも配信来てくださってありがとうございます!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「まじかよ! まじかよ!」
彼女は俺の名前を憶えてくれていた。きたああああああああああああああああああああああ
そのまま文章を読み進める。
―――――――――――――――――――――――――――――
それで今回の写真なのですが、本人が特定できてしまうかもしれない写真なので
ご提供にあたり、許可も兼ねて、お話をしたいと思うのですがいかがでしょうか。
よろしければこちらにご連絡ください → 星空ヒカリ#212434
―――――――――――――――――――――――――――――
「おい、おいおいこれってヒカリちゃんのディ〇コードアカウント!?!?!」
彼女と話せる! マジ! マジかよ! 神! 神ありがとう!
そのまま俺はディ◯コードに彼女のアカウントを検索し、友人申請を繰る。すぐに返信がありチャットが飛んでくる。
星空ヒカリ:早速の返信ありがとうございます。はんなりさん
星空ヒカリ:それで、早速ですが詳しくお話を聞きたいので通話をしたいのですがよろしいでしょうか?
「やっべええ、ついに星空ヒカリちゃんととととととと」
はんなり:はい!!!!こちらも大丈夫です!
そして通話がつながる。
「ほっしっしー、星空高校の広報部、部長の星空ヒカリです!はじめましてー」
「はっはっはじめましてえ。は、はんなりです。あ、あのずっとファンでした!」
放送と同じ挨拶だああああああああああああ。
それはまるで、初恋の告白の様にしどろもどろになりながら挨拶を何とかかわす。
「あははー、はんなりさんいつも配信来てくれてありがとねー、それで」
「は、はい!ぼ、ぼくは昔からヒカリちゃん、いや星空ヒカリさんのことが」
お、推しが俺の名前をおおおおおおおおおおおおおお。
それはまさに絵にかいたような、きょどり具合であった。突然のあこがれとの会話、何と手でも印象に残りたい、いい印象になりたいと彼なりの努力であった。
「それでね、この写真の事なんだけど」
「は、はい!」
「ちょっと詳しいこと聞きたいかなーって、エピソード的な感じなんだけど」
「は、はい!この痣は小さいことからあります! 嘘に聞こえるかもしれないけど、母からはお父さんにも同じ痣があって! あってでも親父はいまはいなくて、」
一の説明でいいものを十まで説明してしまうのは、オタクのさがなのだろう。
「え!? お父様にも同じものが?」
「えっ?あっはい。話だけですけど。俺が小二の時に親父は『アイドルになる』なんて言って喪失しましたって、こんな話使えないですよね、すいません」
「おまえ、光代か」
「え?」
先ほどのまでの可愛い声からは想像もつかないほど、野太い声が聞こえ理解が出来なくなる。
え? あれか彼女の同居人的な? それにしてもコウダイっていわなかったか今。
「おまえの名前は
「え? っいや、俺の名前は
「ああ、母さんの苗字なのか、それはそうか」
「え?」
「俺の名前は、
お前のお父さんだ」
俺はさっき送ったDMを思い出した『インターネットで痣は、前世の恋人がお互いがわかるようにって話がありますけど、俺はもしかして!?』そのまさかだった、俺の推しているVtuber『星空ヒカリ』の前世は俺の親父だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます