第四章

副司令官に「報告」を済ませたが、ルカは思うところがあって部屋を出て行かなかった。


「もう退室してもかまわないぞ」


「……脱走兵は『国が裏切ったのだ』と申しておりました。副司令官グランドマスターは、ご主人様マスターやわたくしを裏切るような嘘をついてはおりませんよね」


シルヴェリオの瞳が細められた。主人をうたがうなど、戦闘人形としては不合格だ。されど確かめずにはいられない。戦闘人形ではなく、「個」としての人格を認めてくれたのは“副司令官”だからだ。


「嘘をついたところで、俺にはひとつもメリットがない」


一応は納得をしてルカは、リノの元へ戻っていった。


「嘘などつかぬ。ただ“隠している”だけだ」


国に関する重大な秘密を、と、独りごちる。“ケイ”は知ってしまった。だから国に牙をむいたのだ。


***


心に引っかかりがあるのか。ルカは思案顔だ。もっとも目元は布に似た「ウェアラブルデバイス」でおおわれているため、判別はつきにくい。だがともに過ごすうちに、リノは少しずつ感情の変化を感じ取るようになっていた。


「ルカ、どうかしたの」


「いいえ、なんでもございません。お気をわずらわせてしまい、申し訳ございません」


ダリオが大口を開けて、ですくったカレーを食べている。いまは昼食の時間で、今日のメニューはカレーだった。


「しかし奇妙だよな」


ダリオは口の中に、大量に具が入ったまましゃべっている。ルーチェはあからさまに、いやそうな顔をした。


「戦闘人形も食事をしないといけないなんてな」


もうずいぶんと見慣れているはずだが、いまだに不思議なのだろう。兵士たちがとっている食事とは別であるが、ルカも席に座って口から食物を摂取していた。


「高価であればあるほど、人間に似ているんじゃないかしら」


考えるのが面倒なのか。ルーチェは、そう流す。ルカはすべての栄養素が入っている固形物を、口に押し込んだ。


「リノ様。急用ができましたので、少しおそばを離れさせてもらいます」


「ええ」


素っ気なく返しながら、カレーをひとさじ口に入れた。ルカは別の任務も、請け負っているらしい。たびたび、そばを離れている時間があった。


「こないだの遠征で、“戦闘人形もどき”が本当の“戦闘人形”で脱走兵だったと聞いたわよ」


声をひそめてルーチェが、顔を近づける。軍団長にはつたえていたが、班員にはつたえ損ねていた。どうやら時間を作って、軍団長が話していたらしい。


「本当です。『国に裏切られた』とも、言っておりました」


ダリオとルーチェがそろって、悩ましい表情をする。自分たちは国の重大な秘密を暴こうとしているのか。いまになって、気づいたという顔だ。


「リノはどうするの。もし秘密を明かして、『世界は間違っている』となったら」


「わかりません」


どんな秘密であるのか。わかった上でなければ、行動には移せない。それがリノの出した答えだった。


ルーチェは隠しきれない色気を醸し出しながら、笑みをこぼした。


「リノらしくて、いいわね」


リノは素早く食べ終えた。副司令官にいまいちど、問いただすためである。執務室をめざしていると、偶然にも廊下の反対側から歩いてきた。


「副司令官。そろそろお教えいただけませんか。なぜ護衛を置くよう命じられたのですか」


「つねに戦闘人形をそばに置くよう命じたはずだぞ。なぜ一人で歩いている」


話題をそらされた。もう一度、問いかける。しかし答えるつもりはないらしい。同じ言葉を繰り返して、立ち去ろうとする。仕方なく「ルカは急用で呼ばれた」と話した。


副司令官は足を止めて、眉をしかめた。ルカへの命令は「リノの護衛」のみで、他には命じていない。軍の戦闘人形でもないから、自分以外の命令は聞かないはずだ。


「すぐわかる嘘をつくな」


「嘘ではございません」


副司令官はリノをうたがっているらしい。嘘ではないとすると、と、一人で考え込んでしまった。ひらめきが走ったらしく、足早にどこかへ向かっていく。


ついていこうとしたが、ルーチェたちに呼ばれてしまった。午後の任務が始まる刻限がせまってきている。リノは気になりながらも、任務を優先した。



シルヴェリオは国全体を管理しているコンピューター室へ向かった。ふだんは無人で、たまに整備士が入るくらいだ。立ち並ぶ巨大なハードディスクやコンピューターの間。


コンピューターと自身のウェアラブルデバイスを、コードでつないでいる姿があった。戦闘人形「ルカ」である。幾度かハッキングされている形跡があったが、彼の仕業であったのか。


とコードを引き抜く。ようやく副司令官の存在に気づいたらしい。顔をあげた。


「どこまで知った?」


副司令官グランドマスターは、たしかに嘘はおっしゃっておりませんでした」


「どこまで知ったと訊いている!」


冷静沈着な副司令官が、めずらしく声を荒げる。あらあらしくつかまれた肩に、ルカは痛みを感じていた。


「前から疑問を感じておりました。われわれは人から生み出された人型の機械」


口を閉ざして、シルヴェリオは肩を解放した。


「同じプログラムを組めば、同じように戦えるはずです。ですがあきらかに、個体差がありました。……戦闘人形わたくしたちはたしかに、人から生まれました。当然です。


シルヴェリオは数歩、あとずさった。


「俺たちを恨むか?」


「いいえ。副司令官グランドマスターには軍に捨てられたわたくしを、拾ってもらったご恩があります」


恩をお返しするまでは命令に従います、と、うやうやしく頭を垂れた。


「ひとつ確認したいのですが、ご主人様マスターを傷つける意図はないのですね」


頭を軽くおさえながら、副司令官は「ない」と断言する。


「むしろ守るために、護衛をつけた。上層部は石橋をたたいて渡るほどの慎重派だ。リノをかなり、危険視している」


知らぬところで、暗殺者の一人でも送り込みかねない。


「リノには生きてもらわねばならぬ。俺にもなし得なかった変革を、成し遂げられるかもしれないからな」


副司令官グランドマスターは期待をなさっているのですか」


小さく笑みをこぼして、「かもな」とつぶやくと去って行く。取り残されたルカは、手を「ぎゅっ」と握りしめた。


リノのもとへ向かうと、あいかわらずの無表情で出迎えてくれた。年は十七と聞いていたが、年相応の表情を一切見せない。


「おそばを離れてしまって、申し訳ございませんでした」


「今日は基地内での任務しかないので、問題ありません」


副司令官の話では上層部みうちがリノをねらっている。片時も離れるわけにはいかない。


「別の任務は終えましたので、今後は護衛だけに専念させていただきますね」


リノの唇からため息がこぼれた。他者が近くにいるのは、落ち着かぬのだろう。


「リノじゃないか」


第一軍団第二班の一人が、話しかけてきた。カノアである。十二軍団になろうと、おくせず声をかけているようである。


「久しぶりだな。急に十二軍団に配属されて、暇をもてあましているんじゃないのか」


わしゃわしゃとリノの薄い茶髪を、かき混ぜる。親しげなようすに、ルカは面白くない感情を抱いてしまう。同時に、そんな自分に驚いて奇妙な感覚を覚えた。

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