第二章

一年前。砂塵の吹き荒れる戦場で、軽やかに駆け抜ける少女の姿があった。リノである。


この日。第一軍団第二班は、総督より指令を受けていた。


砂漠にあらわれた泥人形ゴーレムの討伐である。


数十体もの泥人形ゴーレムを、リノ一人で片付けると感嘆をこぼす男がいた。同僚カノアだ。


「あいかわらず、戦闘人形なみに強いな」


あたりに残党がいないか確認しながら、リノに話しかけた。


泥人形ゴーレムに突き立てていた槍を引き抜いて、リノはわずかに眉根を寄せる。


「怒るなよ。ほめてるんだぜ」


同じ部隊のひとびとは、尊敬と嫉妬が混じった視線をリノに投げている。普通に話しかけてくるのは、物好きなカノアだけだ。


「……怒っているわけではありません。ただ破壊する前に、泥人形ゴーレムが人語を話した気がしたのです」


カノアは目を見開いて、「まさか」とつぶやく。


「幕舎の準備をはじめるぞ」


軍団長の声がとどろいて、話はそこで中断してしまった。


砂漠から離れた平地に、天幕を張ると夕食となる。


いつものとおり、気立てのよい軍団長は一人一人に話しかけていた。


「昼間の話、聞かせてくれよ」


カノアがリノのとなりに座ってきた。「コロサナイデクレ」と聞こえた事実を、素直に述べる。


「気のせいじゃないのか」


腑に落ちない表情で、リノはスープを飲み込んだ。


こたびの戦では、戦闘人形はいない状態で始まった。急に泥人形ゴーレムが大量に製造され、城郭都市めがけて進軍してきたからである。


戦闘人形を使うにも申請が必要だ。しかし許可がおりるまで、時間がかかる。だから、さきに第一軍団が向かうと決定が下されたのである。


場所は砂漠。人であれば不可能な砂漠横断も、人ではないから可能な戦略なのであろう。


翌日も戦闘が開始される。考えないようにして、少女は破壊の限りをつくしていく。


戦闘人形が到着する前に、戦は終わるだろう。思われたとき。


「ニゲロ、ニゲロ」


一体、取り逃がしてしまった。素早い身のこなしで、泥人形ゴーレムを追っていく。


「おい、隊から離れるなよ」


遠くからカノアが声をかけるが、とどいていない。


「まったく、しょうがないな」


槍を持ち直して、うしろから追いかけた。


足を砂にとられ、幾度かつまずいてしまう。反対に泥人形ゴーレムはつたない足取りながらも、一定の距離を保たれている。慣れているのか。


「マダオッテクル。シツコイ、シツコイ」


追いかけるのをわずらわしく感じて、カノアが槍をはなつ。しかし切っ先は、地面に突き刺さっただけだ。軽快に避けられる。


「いつまで追いかけっこするつもりだよ」


一瞥しただけでリノは、あとを追っていく。これ以上の深追いは無意味か。そう考え始めたとき。


軍から支給されている端末が、複数の泥人形ゴーレム反応を探知した。同時に取り逃がした泥人形ゴーレムが、隘路に滑り込む。


軍人としての責務よりも、「好奇心」が勝った。二人はうなづき合うと、こわごわ隘路に入った。一歩、一歩。踏みしめながら進んでいく。


泥人形ゴーレム反応が強くなる。岩に姿を隠し、そっと目だけをのぞかせた。すると複数の泥人形ゴーレムが、忙しげにぱたぱたと動いている。


砂で衣服を洗う者。衣服を干している者。石を包丁で切って、鍋にほうりこんでいる者。小さめの泥人形ゴーレムをあやしている者。


「なんだ、これは?」


唖然として、カノアが独り言ちた。集落といっても過言ではない。泥人形ゴーレムたちが、そこで生活をしていたのだ。信じられない光景に、二人して息を飲む。


衣服を洗っていた一体が、こちらを見た。背筋が凍りつく。


しかし攻撃を仕掛けてはこなかった。確実にを見ていたにも関わらず、衣服を洗う手を止めない。知らぬ存ぜぬを、つらぬくつもりであろうか。


しばらく二人して息をひそめていると、とつぜん、平和だった集落が阿鼻叫喚となった。泥人形ゴーレムたちが悲鳴をあげ、逃げ惑っている。


おどろいて飛び出すと、槍を持った一人の男が立っていた。


全身黒一色ので、髪は白と黒のまだら模様。


戦闘人形に似た格好であるが、目元は“布”でおおわれてはいなかった。


男の灰色の瞳が、こちらを見た。しかしすぐに槍を持ち直し、泥人形ゴーレムに切りかかる。


戦闘人形にも劣らぬ強さだ。否、それ以上かもしれない。


「おい、おい! お前、何者なんだ」


カノアの問いかけに、ようやく動きを止めた。足元にはブリキの破片や歯車が散らばっている。


「あんたら、兵士だろ。なんだって、破壊せずにいたんだ」


男の疑問はもっともだ。


「訊いているのは、俺だぞ」


カノアの言い分も、もっともである。どちらも互いの疑問が解消されるまで、答えようとしない。砂の流れる音だけが、鼓膜を満たしていた。


地の底から、重たい音がひびく。得たいの知れない恐怖に、疑念が一時的に脳から立ち去った。


二人と男が立っている場所の、ちょうど真ん中。砂が噴水のように吹き出す。カノアはとっさにリノを庇いながら、数歩あとずさる。


砂の雨がやみ、視界が開けると。


「……!」


絶句した。十五メートルほどの高さがある巨体な“兵器”が、地面から姿をあらわしたのだ。


巨体な泥人形ゴーレムの胸に、ロケットランチャー。口には火炎放射器が装備されている。


端末がするどい音をたてて、危険を報せている。


『リノ、カノア! 二人とも一緒にいるのか』


端末から男性の声が聞こえてきた。副司令官シルヴェリオだ。


「こちら、リノ。大型兵器を確認。援軍を要請します」


「リノっ!」


応答している間に、巨大な腕が降りてきた。カノアが寸でのところで、飛び込む。二人して、隆起の上へ転がった。


地面が砂であるからか。背中を負傷したようすはない。リノは少し、ほっとした。


「ひとまず、逃げるぞ」


うなづくと、二人して隘路に滑り込んだ。しかし男は槍一本で、応戦している。


「なにしている! 逃げろ」


カノアが大声を張り上げた。男は逃げるそぶりを見せない。泥人形ゴーレムの両目が赤くひかり、二人の姿を見つけてしまう。


腕が飛んできて、頭上にある岩を砕きわった。あわてて二人は、隘路から飛び出す。けっきょく、戦いの場へ引きずり出されてしまった。


勝ち目などない。だが無謀だとしても、戦うしか道は残されていない。


リノは対泥人形ゴーレム戦闘用の剣を引き抜くと、振り下ろされた腕を伝って頭部へたどりつく。


兵器は振り落とそうと、大きく頭を振る。落とされまいとしがみつき、リノは“左の眼球部”に剣を突き立てた。同時に振り落とされる。


砂の上と言えど、生身の躰では生きておれぬかもしれない。走馬灯が駆け巡った瞬間。地面に到達する前に、空中で抱き止めた者がいた。


戦闘人形「ルカ」である。足には、無重力機能が搭載された靴を履いていた。


「ご無事ですか」


ゆっくりと地面におろされて、見上げてみる。“兵器”は目から光をうしない、煙をはいている。戦闘人形によって、無事に破壊されたようだった。男は姿を消していた。



基地にもどって、リノとカノアはしごかれた。勝手な行動はするな、と、副司令官じきじきに怒られてしまったのである。


リノがカノアをかばうが、「行動にうつしたのは本人だ」と言われてしまう。


話が終わってカノアが退室するが、リノは残った。


「なにか用でもあるのか」


「副司令官。本当に泥人形ゴーレムに意思はないのでしょうか」


襲ってこなかった泥人形ゴーレム。行動とともなう言動。リノは疑念を、副司令官に紡いだ。有耶無耶に誤魔化されてしまい、腑に落ちないながらも退室した。


数日後。リノは十二軍団に、異動を命じられた……。

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