第7話 VS甲斐さん②

「私はこれでターンエンド」


 先行一ターン目、甲斐は墓地肥やしからスタートし、アドバンテージを稼ぎ、その後【黒人形ダークドールズ】の特徴である合体呪文を使って、合体進化モンスターを呼び出した。

 今、甲斐の盤面はモンスターが一体、セットカードが二枚。長々とソリティアをしてようやく俺のターンが回ってきたというわけだ。


「ふふ、手札発動カードをデッキに入れないからこうなっちゃうのよ。あなたが必須カードの『ダートの天使ウララ』を握っていれば『近所の庭掃除』の墓地肥やしを止めれたし、その後の呪文カード『黒人形合体』も止めれたかもしれない。結局あなたは【BB】なんて強いテーマを使っているけれど、デッキ構築としてはファンデッキ止まりの中途半端なデュエリストなのよ!」


 俺は甲斐の御高説を無視してカードをドローする。

 よし、これならなんとかなりそうだ。


「ねぇ聞いてるの? 私なりに優しく忠告してるつもりなんだけど。投了サレンダーしたほうがいいんじゃないかしら」


「今は俺のターンだぜ。べらべら喋るのは効果の発動時だけにしてくれ」


「へぇ、まだ続ける気なんだ。それとも状況がわかってないのかしら」


 もちろんわかっているさ。やつの合体進化モンスター『黒人形の零天使』は戦闘する時に相手モンスターを問答無用で破壊する厄介なモンスターだ。更に墓地に言った時に『黒天使』呪文かカウンターカードを回収するというおまけつき。

 セットカード二枚の内、一枚は確定している。おそらく【黒天使】が環境に居座り続ける原因にもなっているカウンターカードだ。


「私がこの『黒人形の外法合体』を発動すれば、場か墓地から合体進化モンスターの素材をゲームから取り除いて、進化モンスターを呼び出せるのよ。呼んでくるのはもちろん──」


「『黒人形の闇魔法士』だろうな」


「そう、闇魔法士は効果で破壊されない! そしてお互いの特殊召喚を一回までに制限する強力なモンスターよ! あなたの【BB】はモンスターを大量に特殊召喚していくデッキ。それが封じられればただの雑魚モンスターしか出せないの」


「そうだな……俺のデッキに『闇魔法士』はキツイぜ」


「キツイどころかストレートにメタが刺さってるわ。つまりもうチェックメイトの段階まで来てるのよ? あーあかわいそう! せめて手札から使えるカウンターカード、『エターナルバブル』さえあれば『闇魔法士』の効果は無効にできたかもしれないのに!」


 甲斐は心底嬉しそうに喋り続ける。


「どう、斉藤くん! これが真のBOMよ! 手札発動カードを入れてないことが、いかに愚かなことか理解できたかしら!?」


 まったく、俺のターンだと言っているのにべらべらとよく喋るやつだ。その饒舌さのかけらでも学校で見せれば多少は友達も出来ただろうに。

 普段はクールを装っているせいで女子には距離を取られ、男子には高嶺の花扱いされる。そのせいでこいつの周りには誰もいない。難しい生き方をしているなと思うぜ。


 もしかするとこいつにとってBOMは、唯一本当の自分をさらけ出せるものなのかもしれない。優等生を演じているストレスをこうやってカードで吐き出しているのだ。

 こいつも色々と大変なんだなと、少し同情してしまいそうになる。だがそれと勝敗を譲るかどうかは別の話だ。


「……兄ちゃんに特訓つけてもらってよかったぜ」


「なんですって?」


「なぁ、俺はまだメインフェイズに移行するって宣言してないよな」


「ええ、早く言ってくれるとスムーズに試合が進行するのだけれど」


「けっ、散々ドヤ顔で自分の盤面を説明しておいてよく言うぜ」


「むぅ……」


 俺の言葉に少し眉をひそめる甲斐。そういう年相応の女子らしい表情も出来たのか、と俺は感心してしまう。


「じゃあ行くぜ、スタンバイフェイズ! スピード呪文(※)『小宇宙台風』をライフポイント1000点支払って発動するぜ!」


(※)スピード呪文:通常の呪文は自分のメインフェイズにしか使えないが、それ以外のタイミングで使える呪文のこと。


「『黒人形の外法合体』はお互いのメインフェイズにしか使えねぇ。除去するならこのタイミングだよなぁ!」


「ちっ……引きに救われたわね……!」


「『小宇宙台風』はセットゾーンのカード一枚を対象にゲームから取り除く! 『黒人形の零天使』の墓地効果でも回収は無理だぜ!」


「でもセットカードは二枚、どっちが『外法合体』か当てられるかしら」


 確率は二分の一。だが相手は環境デッキ、『外法合体』じゃない方のカードも強力な効果を持ったカードに違いない。


「俺から見て右のカードを対象にするぜ!」


 その瞬間、甲斐の口角が釣り上がるのを確かに見た。


「その効果にチェーンするわ! 対象に取られたセットカード、スピード呪文『黒人形の速攻合体』発動! 手札か場から黒人形合体進化モンスターの素材を墓地に送り、合体進化するわ!」


「っ!」


 黒人形デッキはとにかく合体進化モンスターを呼び出してアドとリソースを稼ぐデッキ。そのため合体呪文を複数枚デッキに投入していると聞いたが、やはりあったのか……!


「チェーンはないわね? 逆順処理で効果の処理をしていくわ。チェーン2の『速攻合体』で場の『黒人形の零天使』と手札の『効果不幸化』を墓地に送り、合体進化! 二体目の『零天使』を呼び出すわ!」


「二体目の『零天使』と墓地に送った『零天使』がそれぞれ効果を発動する……! 強すぎるぜ【黒人形】デッキ!」


「チェーン1で今効果を使い終わった『速攻合体』はゲームから取り除かれるわね。あーあ残念、せっかく墓地に送った一体目の『零天使』で回収しようと思ったのに~」


「思ってもないことをべらべらと……」


「じゃあ斉藤くんもわかってるだろうけど、新たにチェーン発生! 一体目の『零天使』と二体目の『零天使』の効果をそれぞれ発動! デッキから『黒人形のクロトカゲ』をおとしてチェーン1で墓地から『黒人形合体』を回収するわ。さらに今墓地に落とした『クロトカゲ』の効果でデッキから『黒人形のキャッツ』を墓地へ! 『キャッツ』の効果で1ドローさせてもらうわ!」


 くそ、目論見が外れたか! 俺は相手のキーカードを除去するつもりだったのに、逆に相手のリソースを増やす結果となってしまった!


「お、俺のターンなのに好き勝手動きやがって……! 今墓地の枚数何枚なんだよ一体……!」


「これが【庭掃除黒人形】よ! さぁ、どうやってこの盤面を返してくれるのかしら?」


 おお~と周りのギャラリーたちから歓声が湧く。



「やっぱ『庭掃除』型の黒人形は回った時の爆アドっぷりがパないっすね」


「こりゃ相手の人キツイんじゃないの~。会話聞いてると手札発動入れてないみたいだし、【BB】デッキでそれはね~」


 おうおう好き勝手言ってくれるじゃねぇか、あんたらは見てるだけなのによ。

 腕組んで直立してストVのベ〇様かよてめーらはよぉ!


「さて、残念だったわね斉藤くん。あなたが警戒している『黒人形の外法合体』はまだ場に残っているわ。これでメインフェイズに『外法合体』を発動して『黒人形の闇魔法士』を出せば、特殊召喚制限であなたはろくに展開できずターンを返すことになる。そうなれば次のターンでゲームエンドよ」


 確かにこのまま俺がメインフェイズに入り、『BB』モンスターを特殊召喚しようとすれば、その瞬間に甲斐は『外法合体』を発動して『闇魔法士』を召喚するだろう。

 そうなれば俺は攻撃力も守備力も低い下級『BB』モンスターしか出せず、為す術もないままターンエンドするしかない。


 次のターン、やつはさっき回収した『黒人形合体』と『黒人形の外法合体』で更に進化モンスターを呼び出し、それで猛攻撃を仕掛けてくるはずだ。おそらく俺のライフはそれで削りきられるだろう。



 そう、このままならな。


「どうしちゃったの、黙っちゃって。もしかしてあまりにも一方的な試合すぎて勝負を挑んだこと後悔しちゃったかしら?」


「何勘違いしているんだ。まだ俺のスタンバイフェイズは終了してないぜ!」


「ひょ?」


 一見ピンチに見えるこの状況。だが逆転の目はたしかにある。思い出せ、やつが墓地に送ったカードを。

 なぜ『小宇宙台風』の発動にわざわざチェーンして『速攻合体』を発動したのかを。

 なぜ手札から発動出来る妨害カード、『効果不幸化』を捨ててまで『キャッツ』の効果でドローしに行ったのかを。


「行っておくぜ、甲斐。俺はこのターンでケリをつける!」

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