待ち人来る
ついに迎えた文化祭当日、今日は保護者らしき人、他校の学生やら様々な人が参加していた。そして二年四組で行われる劇はというと……なんと大盛況である!
劇を見終えた後、「主役の子かわいかったね~」とキャッキャと話す女子生徒がいたり、観客がまるで大助の女装に気づいていないようだった。「あの女の人の男装かっこよかった!」って、小川さん男装にはちらほら気づいている人もいたのに。
この劇の成功の、隠れた主役は間違いなく七瀬だろう。いや、七瀬の場合は主役というよりも、裏ボスとかそういう呼び方の方が似合ってそうだ。
ちなみにぼくは受付である。受付を馬鹿にしてはならない。他のクラスの出し物を見て回る暇がないほど忙しい。まあ役者たちには遠く及ばないけどさ。
色んな人がカメラやスマホで劇を録画していた。ぼくもスマホを向けて……しかしシャッターボタンを押そうとして、ふと気づいてしまった。写真を撮ったところで、ぼくがそれを見返すことができないってことに。ぼくがここに居られるのは、文化祭が終わるまでなのだから。
「撮りたいなら撮ればいいだろう」
やはり撮るのはやめようと手を下ろそうとしたぼくに、閻魔ちゃんがそう言ってきた。
「なんだ。えらく久しぶりじゃんか」
周りに人がいるので小声でそう話しかける。閻魔ちゃんの耳は地獄耳らしいから、このぐらい聞き取ってくれるだろう。
「準備に忙しそうだったからな。静観しててやったのだ」
「とか言って。どうせぼくに嘘ついたことを気にして出てこれなかっただけだろ?」
「ち、違うわ!」
ぼくがそう指摘すると、閻魔ちゃんは見るからにうろたえた。どうやら図星だったようだ。
青鬼さんがまだ出てこないのも、たぶん閻魔ちゃんと同じような理由なんだろう。
「なあ、劇、大盛況だぜ」
「馬鹿にしてるのか?目がついているのだから見ればわかる」
閻魔ちゃんは、不機嫌そうに腕を組んで答えた。
「これはさ。あの時、春風さんが怪我して心が折れそうだった時、閻魔ちゃんや、それに青鬼さんがぼくの背中を押してくれたからの結果だと思うんだ。だから、二人ともありがとな」
おそらく姿は見えずともそこに居るだろう青鬼さんにも向けてそう言い放つ。小声で言ったので、ちゃんと青鬼さんにも伝わるといいんだけど。
「青鬼め、まだしょぼくれているのか。いいかげん出てこい」
閻魔ちゃんの呼び声とともに、青鬼さんがすっと目の前に現れた。下を向いて、チラチラとこちらを伺っていた。
「ひとまずは、劇の成功おめでとうごさいます」
「まあ、まだめでたしめでたしとは行かないんですけどね」
ぺこりと頭を下げた青鬼さんに、ぼくはそう答えながらスマホで時間を確認した。文化祭ももうじき終わる。おそらく次で劇も最後になるだろう。
「では、頑張ってください。佐藤さん。決して、悔いが残らないように」
青鬼さんはそう言って、微笑んだ。ずっと申し訳なさそうな顔をしていたので、その表情を見てぼくはなんだかとても嬉しい気持ちになった。
「はい。ありがとうございます。がんばりますよ」
「佐藤くん、来た!?」
劇が終わって休憩時間に入ったらしい大助が、息を弾ませて、そう聴いてきた。
「まだだ」
とぼくは答えると、大助は残念そうにしながら、「そっか。次で最後になると思う……」と、次の劇を演じる準備に戻っていった。
大助が次の劇の準備に戻ったあと、入れ替わるようにしてぼくらが待っていた人物が受付へとやってきた。よかった。ギリギリ間に合ったようだ。
「春風さん、ちょっといい?」
劇が終わり、大助が汗を拭きながら、春風さんのことを呼び寄せる。
「あ、うん。べつに良いけど。どこに行くの?」
「うーん、まあちょっと」
と目的地をはぐらかしながら、人の少ない校舎の外まで春風さんを連れてきた。
そこに待っていたのはぼくと七瀬と、そしてもうひとり……
「嘘、おかあ、さん……?」
「渚……あなた……」
春風さんのお母さんだった。
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