生徒の個人情報をほいほいと教えてくれる反面教師の鏡

「あ、佐藤くーん」


 ぼくを見つけた大助が嬉しそうに手を振ってくる。


 春風さんとふたりっきりだった間に、「ぼく、オタクなんだ」「わたしも実はオタクだったの!話が合う!スキ!結婚して!」「もちろんだよ!」みたいな感じのやりとりがあって、勝手にゴールインしてたりしないだろうか。そう期待したが、遠目に見た感じどうやらそんな急展開はなさそうだった。ぼくとしては、運命の赤い糸にはもう少し仕事をしてほしいところである。


「あ、そうだ。渚がオタクだってことこいつに話したから」「ええーなんで!?」


 合流して早々、七瀬が僕を指差してそう告白した。春風さんがすごい声をあげた。


「いろいろあったのよ」

「まあこっちも西宮くんに私がオタクってことと、ついでにぼたんがオタクってこともバラしちゃったし……今回はおあいこってことで」

「よく無いわよ。何勝手に話してくれてんの」

「それはぼたんも同じでしょ!」


 2人はあーだこーだと言い合っていた。こうして見ると2人が親友というのもしっくりとくる。


「あの、佐藤くん。西宮くんにも言ったんだけど、このことはくれぐれもクラスのみんなには内緒にしてほしいんだけど……」


 春風さんは手を合わせて、上目遣いでぼくを見た。


「ああうん。別にいいよ」


 元々誰かに言うつもりなどなかった。春風さんがオタクだというのは、西宮と僕しか知らない情報なのだ。誰がクラスのやつらになんか言いふらしたりするものか。調子に乗ったオタク系男子達が、「春風さんってオタクなんだ。なら自分と話しが合うかも!」とか考えてこぞってアタックしだしたらたまったもんじゃない。


「それで、ふたりっきりにしたわけだけど、どうだった?」


 春風さんたちと別れたあと、大助にそう尋ねる。


「頭まっしろになるし毎秒口から心臓が飛び出るかと思ったよ!……でも、ぼくちゃんと言えたんだ。自分はオタクなんだって。君から言われて、やっぱりオタクっていうのは、ぼくの一部みたいなものだってわかったからさ。そしたら春風さんが、『実は、わたしもこういうの、好きなの。昨日は嘘ついちゃってごめんね』って。そう言ってくれたんだよ!いやー正直に話してほんとによかったよ!」

「へーへーそうですか」


 無邪気にはしゃいでいる大助を見て、その会話の好きの対象がオタクでなくお互いのことだったらすばらしかったのにと思った。


「ぼくが隠してたのは、オタクなことだけじゃないんだ。君のことが好きってことも、隠してたんだ」くらい言ったらどうなのか。


「今までずっと、春風のことを遠い存在だって勝手に思ってたんだ。でも普通に、普通の話題で盛り上がったりしてさ。なんだかすごい身近な存在に感じて、もっと好きになったよ」


 大助は自分で言ったくせして、勝手に耳を真っ赤にして俯いた。聞いているこっちがムズムズしてくる。蕁麻疹が出そうだ。


「あ!それで、三日目はみんなで回らないかって話を春風さんとしてたんだよ」

「じゃあまた明日もはぐれ作戦決行か?」

「あ、明日はやめようよ……。佐藤くんともせっかく誘ったからちゃんと一緒に楽しみたいし。なんだかんだ全然きみと回れてないじゃないか」


 そう言われると、こっちはまた偶然を装って逸れようと思っていたのに、なんだかやりにくくなる。


「……まあ、仕方ないな。おまえ口下手だもんな。二人きりより三人以上のほうが喋りやすいという可能性もある。だから、明日はみんなで回るか」


「素直に一緒に回りたいからと言えばいいのに、ひねくれ者ですねえ。ねえ閻魔様」

「まったくだ」


 鬼二人が上空から、ニヤニヤとぼくらを眺めていた。手で振り払うも、当たる前にすっと姿を消てしまう。あーまったく。顔が熱い。




 その日の夜、七瀬から電話がかかってきた。なにかあるんじゃないかとか、間違い電話の可能性を疑いながら、6コール分たっぷりと待ったのち通話に出た。


『遅い』


 初手ダメ出しである。やっぱり出るんじゃなかったと光の速度で後悔が襲う。


「間違い電話かと思ったんだよ」

『ま、どうでもいいけど。それより、あんたの言うところの小川のことなんだけど』

「まだ疑ってるのか。だから本人だって。間違いないよ」

『仮に本当だったとしたら、今度は胸で人を識別するあんたの性犯罪者の素質について疑わなきゃだけどね』

「こんな善良な男子高校生になにを言うのか」


 鼻で笑ったのだろう。短い息が耳をくすぐった。


 親友の恋のために身を粉にして働くぼくが善良でなくなんだと言うのか。まあ、ちょっと地獄に落ちそうになってはいるけども。


『で、小川のことだけど』

「はいはい」

『学校に来るのってたぶん補習のときでしょ?多分それまで、同人誌無くしたことでこの世の終わりかってくらい落ち込むだろうから、もっと早めに教えてあげたいんだけど……私、あいつの家も連絡先知らないのよ』


 ぼくも最近追加されたクラスの連絡グループを見るが、小川さんらしき名前は見つからなかった。そういえば春風さんが、小川さんはクラスのグループに参加していないと言ってたのを思い出す。


 練習に参加しない小川さんは、まったく進展がなさそうな大助たちの次に、ぼくにとって頭痛の種だ。補習にくるときに話すなんて悠長なことを言ってないで、さっさと頭痛の種を取り除いてしまうのも悪くはない。


 連絡する方法がなにかないもんかと登録されてる連絡先を流し見していると、ある名前が目に止まった。


「あ、連絡つくかもしんないぞ」

『なに?連絡先知ってるわけ?」

「いや、連絡先を知ってそうな人の連絡先をつい最近手にいれたんだよ」

『なにそれ』

「上手くいったらまた教える」


 通話を中断して、ぼくはさきほど目に止まった連絡先に通話をかけた。


『はいもしもしどちらさまですかー?』


 神楽坂先生の気の抜けた声と、背後からくぐもったゲーム音が流れてくる。ほんと、この人いつもゲームやってんだな。


 形だけではあれど、これでもぼくは一応文化祭におけるクラスのリーダーになっている。なにかあったらここに連絡するようにと、少し前に神楽坂先生から連絡先を教えてもらっていた。


「もしもし神楽坂先生ですか?ぼくです。あなたの担当してるクラスの佐藤です。

「あー、佐藤くんね。わかるわかる。で、どしたの?」

「小川雪さんの連絡先と住所、教えてくれませんか?」


 単刀直入に聞いたものの、相手が生徒と言えど仮にも教師がそんな簡単にに個人情報を漏らすかという不安もあった。しかし僕らの担任は、「え?いいよー。ただストーカーとかはやらないようにねー。するなら本人にも周りにも気づかれないようにしなよー」と、あまりにもあっさりと住所と電話番号を教えてくれた。


 はやくクビになってしまえ。そう心の中で毒づきながらも、ぼくは「ありがとうごさいます」と先生が読み上げる住所と電話番号をメモした。

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