第34話・アーサー

 戦場になるのはフィリプス王国の西側だ。今は午後で、西を背にして戦う龍は太陽を味方につけている。見上げようにも、眩しくて目が眩むため直視するのが難しい。

 龍の長寿ゆえの知恵である。

 西の空から一匹の龍が姿を現した。蛇の胴体を持つ空を覆うほどの巨体は、はるか遠方からでもその威容が見て分かる。龍の中でも最も肉質の硬いリンドヴルムだ。

 だが、翼はボロボロで肉は腐っていた。これはアンデッドの特徴だ。


「首を落とします」

 龍との戦闘はいかにリソースを残しつつ殺し続けるかが重要になる。今の俺の圧倒的なステータスならそれができるのだ。

「正気か?」

 ディランさんに言われながらも俺は魔力も使って一気に加速し、リンドヴルムのいる空中まで駆け上がって首を切り落とした。


 だが、その瞬間にリンドヴルムの背から人影が俺を襲いに来る。

「やぁ! 久しぶりだね」

 聴き覚えのある声だ。孤児院で最も強かった彼だ。

 その彼の袈裟懸けの一撃を鎌の柄で防ぎつつ俺は言った。

「なぜそこにいる!?」

 俺の声には隠せない怒気がこもっていた。

「じゃあ、自己紹介をしよう。僕の名前はアーサー。神の子にして剣の権能を持っている」


 それは彼が、アーサーがあの少女の側についたということだ。つまり俺の敵になる。

「そうか、なら仕方ない。おまえを殺す」

 そう言っているうちにもリンドヴルムの再生は進んでいく。

「つれないなぁ。いいじゃないか、名前のひとつくらい教えてくれてもさ!」

 そう言いながら、アーサーが俺に先程よりも数弾鋭い。それを俺は全力を持って受け止めた。


 景色が変わる。

 地形は破壊され、無数のがれきが宙を舞う。


 まだ街から距離があってよかった。そうでなければこの戦いの余波で人が死んでいた。

 その返しに、俺は全力で鎌を振り抜いた……つもりだった。

「鈍い鈍い。あの剣戟を受け止めておいてこれはないだろ? さては、ためらっているね? まだ勧誘の余地が有ると見た」

 アーサーはそう言いながら不敵に笑う。

「ある訳無いだろ!」

 そう言いながらも俺は鎌を振るった。

 だがその一撃は、簡単に躱されてしまう。


 なぜアーサーが俺の敵としてここにいるのか。なぜアーサーは世界の敵になる道を選んだのか。疑問は尽きなかった。それでも、俺は何度も鎌を振るう。衝撃波で世界を削り取るような一撃を。しかし……。

「いつまで手加減してるのかな!?」

 アーサーの剣戟は俺のそれと比べてはるかに鋭かった。殺意も、衝動も、技術の全ても俺を殺すために全力で込められていた。

「なぜだ!? お前には迫害だってなかったじゃないか」


 アーサーを対象とする迫害はなかった。世界を敵に回す動機がわからない。

「なかったよ。だから、世界は僕を迫害する側に回そうとした! 僕はただ、君の名前が知りたかったんだ!」

 迫害の被害者には様々な形が存在する。唯一被害者でないのは迫害の先導者のみだ。

 鋭い剣戟が駆ける。このレベルの剣士による剣戟は届いていなくても全てを切り裂く風を巻き起こす。受け止める他に選択肢はなかった。


 受け止めるたび、その剣から伝わって来るのは、苦しみだけだった。

「ならお前が俺と来いよ!」

 言いながら鎌を振るう。

 そうしたら名前くらいいくらでも教えてやる。友達にだってなれる。

「嫌だ! 迫害と蔑みばかりで生きる人間なんもう見たくない!」

 なんて悲痛な剣だろう。受け止めるたびにそれを強く思った。


 飄々としているアーサーがここまで痛みを抱えてたなんて知らなかった。

「あんなの人間の戦いじゃない……」

 研ぎ澄まされた知覚に遠くでつぶやくレオさんの声が届いた。ふと周りを見渡すと、山が消え、雲が裂けていた。


「もうやめよう、千日手だ。俺はお前を殺せない、お前も俺には勝てない」

 圧倒的ステータスを誇る神の子と呼ばれる存在。それが殺し合えば世界は容易に姿を変えてしまう。きっと一万年前に世界を滅ぼしたのはこうした神の子同士の殺し合いが原因だ。そしてきっと、それを引き起こしたのは俺と同じ神の可能性を与えられて生まれた人物だろう。

「いいや違うね。そら、龍が蘇るぞ」

 アーサーがそう言った途端視界の端でリンドヴルムが起き上がった。

「くっ……」


「さて、千日手が崩れたね。そっちにいても死ぬだけだ、こちら側へ来い!!」

 アーサーが叫ぶ。

 俺が取れる行動はひとつだけだった。

「今、何か言ったか?」

 俺はリンドヴルムの首を即座に再度刈り取る。

 それは紛れもなく全力の一撃だった。だが、それを悟られてはいけない。一瞬で、呼吸するよりもたやすいことと見せなければいけなかった。


「ははは……強いじゃないか……だけど、君は龍を殺し続けなくてはいけない。千日手は最初から完成しているんだよ!」

 俺は詰んでいる。龍を殺すのは普通は容易ではない。それこそ、Sランクの冒険者の全力で数時間の激闘の末に成される偉業だ。それを何度も繰り返さなくてはならない。到底俺以外では出来るとは思えない。


 今の俺ではこの龍のアンデッドを作り出した少女には勝てない。さらに、龍を殺しても、経験値は獲得できない。その間にあの少女はさらに強くなるだろう。俺を力尽くで従わせるために。

「クソッ……」

 思わず悪態をつきたくなるような状況だ。

「さて、これだ」

 アーサーが何か瓶をリンドヴルムに向かって投擲した。途端にリンドヴルムの首は繋がり再起する。


「そんなのありか……」

「さようならだ、次会うときはぜひ君の名前を教えてくれ」

 そう言いながら、アーサーは地面を蹴った。

 神の子のステータスなら一歩で地平線を超えることも可能だ。俺はそのせいでアーサーを完全に見失ってしまったのだった。

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