第27話・テイラー
帝都への道は長く、このムーア帝国の広大さを僕は知った。
フィリップス王国は、ムーア帝国外周の小王国である。故に冒険者ギルドと騎士団の存在が必要不可欠であるが、内地の王国は勝手が違う。冒険者ギルドと騎士団の代わりに憲兵施設があるのだ。
この憲兵施設では、戦闘能力より法律の把握力を要求される。それは、内地の王国での戦闘の少なさを物語っている。
帝都に向かう途中立ち寄った街は、テイラー王国直轄領。服飾産業で栄えた王国で、周囲の男爵領では綿花やシルクワームが生産される。それが伯爵領で布製品へと加工され、子爵領で実際に服に加工される。
残る侯爵、公爵領では、その服のデザイン画が生産され、子爵領に送られる。王国領で行われるのは、マーチャンダイジングだ。この王国では、洋服はお洒落を楽しむためのものだ。着れればそれでいい、ロードル男爵領とは一味違う。その、お洒落なものを飾る店舗は、当然お洒落でなくてはいけない。マーチャンダイジングとは、そのお洒落な店舗をデザインする仕事だ。
この街を行き来する人は、本当にお洒落な人が多い。この国では、お洒落であることがドレスコードなのだ。
僕はこの街で、帝宮へ着ていく服を買うことに決めた。
「いらっしゃいませ! どんな服をお探しでしょうか?」
僕が入ったのは貴族向けの服を販売する店だ。この店の店員さんは少し白髪が多い。だが、それも含めてお洒落の一部に落とし込んでいる。
白髪が多いのもその筈だ、貴族向けの店舗で仕事をするのはそれだけ心労が多い。それこそ、貴族になった僕などもその心労の原因だ。
なにかの要因で、若くして貴族の当主になったもの。万が一おぼっちゃまなどと呼ぼうものなら、不敬罪にされかねない。
「帝宮に着ていく服を見立ててもらえますか?」
このテイラー王国は服飾の中心地だ。当然、どんな服だって存在する。帝宮に呼ばれるような上位貴族は、ほとんどがこのテイラー王国で服を買っているのだ。
「かしこまりました。では、この服はいかがでしょう」
僕の前に出されたのは、レースなどをあしらった装飾の多い中性的なデザインのものである。
そして、店員さんの息が荒い……。
「あの……この服はちょっと……」
そう、中性的。あるいは、女性が、女性らしさを残しつつ男装を楽しむような服である。かっこいいデザインではあるが、その良さは女性的なものである。
「絶対お似合いですよ、ほら鏡をご覧下さい!」
言葉に熱がこもっている。この店員さんは、ドラゴンゾンビよりよほど怖い。
そして、鏡に映る僕は確かに似合っていた。だが、これではどう見ても男装をした女性だ。
僕は男だというのに、これはある種の女装なのだろうか……。とてつもなく混乱する装いだ。
「すみません、男性の、貴族当主向けの、服装を頼みます!」
ミアさんについてこられなくて本当に良かったと心から思う。ついてこられていれば、この男装のような服を絶対買われていた気がする。
「かしこまりました」
店員さんは心なしか残念そうである。
確かに、最初の服もおしゃれではあった。鏡に映った自分が別人に見えるほどにしっくりきていた。そういう意味では、この店は信頼が置ける。
結局僕の服は、通常の貴族向けの服に落ち着く。試着してみたところ、どうにも動きづらい。高価なものだし、戦闘用にはこれまでどおりの服を着用することに決めた。
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