第17話 殲滅姫 ローラ・ノスフェラトゥ

 殲滅姫はゲーム『殲滅の吸血姫』でラスボスとして登場するキャラクターなのですわ。


 黒い巻髪が、前は胸元、後ろは腰まで伸びて艶やかに輝いており、その切れ長の赤い瞳がわたくしを見据えておりますの。


 黒いゴスロリ衣装の間から垣間見える陶器のような白い肌が、女のわたくしでさえ眩暈めまいがするほど艶めかしいですのよ。


 微かに開かれた唇の間から吸血鬼の牙がチラッと覗いていますの。でもわたくしは恐ろしさよりも、薄くプルっとしたその唇を奪ってしまいたいという衝動と闘っていましたわ。


 この美しい少女に触れたい。


 この手で抱きしめたい。


 そんな情動がわたくしの中に湧き上がってくるのを、わたくしはギリギリのところで制御していますの。


 これは吸血鬼の【魅了】によるものだと知っているからですわ。ゲームにおいても彼女とはこんなもやもやした気持ちを抱えながら戦うことになりますの。


 このやっかいなラスボス『殲滅姫 ローラ・ノスフェラトゥ』。その強さはその攻撃と防御の多様性にありますわ。


 他のボスはいくら強くても何らかの弱点を持っていて、特定の武器や防具、ギミック等を駆使することで難易度を大きく下げられますわ。


 たとえば、樹海迷宮の聖獣はガチ勝負するとかなりの強敵ですが、炎を使うことで難易度を三段階くらい下げることができましたわ。


 でも殲滅姫はどのような装備で向かおうと難易度は変わりませんの。むしろこちらの備えに応じて嫌らしい攻撃を繰り出してくるのですわ。


 今だって、わたくしが最強の近接武器である聖剣ハリアグリムを持っているのを見た彼女は背中から黒い飛膜を広げて空中に舞い上がってしまいました。


 その両手には青白く輝く炎が揺らめいておりますわ。遠距離攻撃で戦うつもりなのでしょう。


 ちなみにゲームでは、最強の弓であるエルフェンリュートで挑むと高速で懐に飛び込んできて黒剣『宵闇』で斬り付けてきますのよ。


 前世では、わたくし自身の得意とする武器と最高の装備で挑んでも、この殲滅姫には5回に1度くらいしか勝つことはできませんでしたわ。


 オンラインで盟友を召喚しての協力プレイでも勝率はあまり変わりませんの。


 ですので殲滅姫の冷たい微笑を見た時点でわたくしは死を覚悟しておりましたわ。


 ならば次の勝利に向け、殲滅姫との戦闘から沢山の情報を得ること。


「それしかないのですわ!」


 そう心に決めたわたくしが殲滅姫をにらみつけようと顔を上げた瞬間――


 ゴォォォォ!


 殲滅姫の両手から放たれた巨大な青い炎弾が、わたくしの視界一杯に広がっておりましたの。


――――――

―――


「おお、アレクサーヌよ! 死んでしまうとは情けない」


 拠点で22回目の復活をしたわたくしは、シュモネーが向けてくるジト目とお決まりのセリフを受けながら、がっくりポーズで地面と向き合っておりました。


「どうやっても勝てる気がしないですわ……」


 最強の聖剣を携えているとは言え、わたくしの体力も筋力もラスボスと対峙するにはあまりにも足りておりません。


 一人では勝てる見込みなしと判断したわたくしは、レイアとチャールズに協力を仰ぐべく彼らの後を追いましたわ。


 ところがその途中で聖剣の奪取にやってきたリリアナとフレデリックの一団と遭遇。最初は、聖剣を奪われた挙句、証拠隠滅のためにわたくしは殺されてしまいましたの。


 兵士の槍がわたくしの胸を貫いたときのリリアナのニヤリと歪んだ口元は、あと100回は生まれ変わりしないと許すことができないくらい憎々しいものでしたわ。


「ああ、なんと嘆かわしい。これでアレクサーヌ様とお別れなんて、わたしとても悲しいです」

 

 リリアナのわざとらしいセリフに、わたくしの堪忍袋の緒が切れてしまいました。


 それ以降は、リリアナとフレデリックたちの前にわざと姿を現し、彼らが追いかけてくるのを殲滅姫のいる場所まで誘導する作戦に切り替えましたわ。


「待つんだアレクサーヌ! その聖剣を渡してくれれば、君の身の安全は私が保障する!」

 

 互いに馬を全力疾走させている中、フレデリックが大声を張り上げます。

 

「そんなウソに何度も騙されませんわ! このおハゲ!」


 この誘導作戦3回目のときついついこのウソに乗ってしまい、聖剣を渡した後、処刑人に首チョンパされたことは絶対に忘れませんわ。


「そもそも、この場に処刑人を連れていること自体、わたくしを殺す気満々じゃないですの! このおハゲ!」


「なっ!」

 

 フレデリックが頭を押さえて狼狽しておりますわ。顔がみるみる紅潮していきます。もしかして本当におハゲ……


「……ごめんなさい。心から謝罪いたしますわ」


「もとよりハゲてなどおらんわ!」


「でも国王陛下の血を濃く受け継いでいる証でもありますわ! お気になさらずですわ!」


 フレデリックの跡に続くリリアナの視線が王子の頭頂に向っていたのを、わたくし見逃しませんでしてよ。


「わたしは気にしませんから!」


 リリアナの励ましを受けたフレデリックはその怒りを増し、馬を叩いてわたくしに追い迫ってきましたの。


 その勢いならすぐにでも追いつかれそうな勢いでしたが、わたくしの馬はもう目的地に入っておりました。


「ほらっ! これが聖剣ですわよ! 受け取りなさい!」


 わたくしは聖剣を前方の丘に向って思い切り放り投げました。それは丁度、わたくしの手から聖剣が離れる瞬間を殲滅姫が見止めるタイミングでしたの。


 聖剣を投げるのが早すぎると、殲滅姫に気づかれることなくリリアナが聖剣を持ち帰ってしまいますし、遅すぎると殲滅姫はわたくしを襲ってきますの。


 誘導作戦5回目にしてようやく成功しましたわ。

  

「聖剣は差し上げますわ!」


 それがリリアナに向けての言葉なのか、殲滅姫に向けたものなのか、わたくし自身もよくわかりませんでしたわ。


 とにもかくにもわたくしは、聖剣に駆け寄るリリアナたちに向って突進する殲滅姫をわき目に、一気にその場を駆け抜けましたの。





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