#1.5 追放したその後
アルフォンスがパーティーを抜けて1週間が過ぎた。
アゼルたちパーティー『アルストロメリア』には新しく魔術師と壁役の槍使いを仲間に加わると、クエストを受けにギルドに訪れる。
ギルドに入ると、他のパーティーからの視線にアゼルは顔を顰める。
あれだけの騒ぎがあったのだから、しょうがないと諦めてアゼルたちはカウンターに向かう。
「良くもまぁ、のうのうとギルドに顔を出せるよ」
途中1人無精髭を生やした汚らしいおっさんがアゼルに揶揄うようにして絡んでくる。
「……何だよ、アルのやつはもう居ねぇよ。ギルドマスターのアンタが口を突っ込むことはもうねぇだろ」
「そうですねぇ。ま、彼がいなくなったところで、君たちの評判が変わるかって言ったらどうだろねぇ?」
「なら変えるさ」
そう答えたアゼルの目は未来を見て夢を語る、アルフォンスが嫌いじゃないと言った目をしていた。
アゼルの夢を語り、アルフォンスの賛同で始まった『アルストロメリア』。
その始まりをアゼルは皮肉にもアルフォンスが居なくなるという形で思い出した。
だが――
「――その強気が続くといいな」
「どういう意味だ?」
聞き返したアゼルの問いを無視して、ギルドマスターのおっさんはアゼル達の下からそそくさと逃げるように立ち去っていった。
「……はぁ、悪い。クエストを受けたいんだ」
「パーティーと証明証の提出をお願いします」
『アルストロメリア』、とアゼルは自身のパーティー名と自身のパーティーを証明するカードを渡す。
その名前を聞いた職員は少しの戸惑いを見せた後、少将お待ちくださいとだけ言って席を外す。
「貴方たちに出せるクエストはありません」
そうして、戻ってきた職員はアゼルに対してそう告げた。
「どういうことだよ」
「そもそも、Sランクパーティーに出せるようなクエストがそう幾つもありませんので」
「別にAランクでも、何ならBランクでも構わねぇよ」
「出来ません」
「はぁ、理由は?」
「理由はお答え出来ません」
「舐めてるのか?」
「おいおい、良してくれよぉ。うちの大事な職員なんだ」
暖簾に腕押しと言ったような問答を繰り返し。
そんなやり取りをしていると、ギルドマスターが再びバックヤードから表に戻ってくる。
「またあんたか」
「酷いなぁ、揉めてるみたいだったから戻ってきたのに」
「わかってて言ってんだろ!」
今の状況を見ればアルフォンス程鋭くないアゼルにだって流石にわかった。
「天下のSランクパーティーもこうなっちまえば無様なもんだ」
「あぁ? お前ら誰だよ」
そうして、ギルドマスターと共に連れたって外に出てきた赤髪の男を筆頭にこちらを見てくる。
「俺らか?『イラクサ』ってAランクパーティだよ。このギルドじゃ、アンタらを除けば1番上だな……いや? もう1番上だったか?」
「さっすがリーダー、宣戦布告ですか?」
「なに、事実を言ったまでだよ」
下手な指笛鳴らしながら勝手に身内で盛り上がり出す様は誰がどう見ても馬鹿にしている。
そう評するに違いない。
「黙って聞いてりゃ好き勝手ペラペラ抜かしやがってっ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいってアゼル!」
流石に堪忍袋の緒が切れたのか、飛び掛かろうとするアゼルをシールが止める。
騒ぎになると、気が付いたシールとプリエラが止めに来ていたのが功を奏した。
「すみません、どうして私たちはクエストを受けられないのですか?」
「職務上の秘守義務に当たりますので、お答えできません」
「そうですか」
釈然としない、そう言った表情のプリエラだったが騒ぎを起こせば悪いのはどう考えてもこちらになるとわかっているから、それ以上は何も言わずに口を噤んだ。
「だけどさ、折角の戦力余らせるの良くないよねー……あっ、そうだ! Eランクのクエストならあるでしょ? それなら受けてもいいんじゃないかな。アゼルくんどうする? ゴブリンならあるよ?」
「おっ、そいつはいいなギルドマスター。俺らはグリフォンの討伐に行ってるからよ。雑魚の掃除は任せたぜ」
「――ッ!」
「アゼル。抑えてっ! 抑えてっ!」
「えー、クエスト受けれないっすか?」
「……悪いな」
ギルドマスターの物言いに堪えきれなくなったアゼルをシールが抑える。
新しくパーティーに入った少し軽い言動をする壁役の青年に謝って、アゼルはギルドを立ち去ろうとした。
「そもそも、『アルストロメリア』は随分と前からこちらからクエストを受けてませんよね?」
「――俺らは1週間前だってクエストを受けてるだろ」
アルフォンスを入れた4人で行った最後のドラゴン討伐の記憶は今でも新しい。
あの時の依頼だって、クエストを受けてたんだから。
「それ、指名依頼ですよ」
「指名依頼……?」
指名依頼とはクエストという仕事のやり取りはギルドを立てて仲介はしている。
だが、言ってしまえば受けたという記録を取っているだけ。
ギルドへ仲介料を取られることもなく、依頼者から直接依頼を受けるといったギルドを頼らないネームバリューを用いたある種の裏技だ。
「知らなかったんですか?」
「……あぁ、だからですか」
プリエラが納得がいったというように声を出す。
アゼルがまだわかっていないのか、新人が話についていけるようにとプリエラは説明をし始めた。
「ある時期からアルの様子が可笑しいとは思ってました。前々から他人に気を使うタイプでしたがその笑顔に嘘っぽさが混じるようなってます」
「いや、当然のように言われても困る」
「貴族社会に混じった人間特有の笑顔ですね」
「そりゃ、元貴族でもねぇとわかんねぇだろ……」
そこまで言われればアゼルにだって理解はできる。
アルフォンスのやつが1人で、貴族から直接クエストを貰ってきていたということに。
「そういえば……大体、1年前かな」
「シール、お前もよく覚えてんな」
「うん、私が最後にアルの笑顔見た時がその時くらいだから……」
俺もアルフォンスと仲良かった筈なんだけどな、可笑しいなと首を傾げるアゼルを置いておいて、プリエラはギルドマスターに問いかける。
「1年前、その時には既にギルドはうちのパーティーに依頼を出していませんでしたね?」
「うーん、どうだっけな……こっちもあんまり詳しいことは言えないだよねー」
「白々しい」
この事実は組織の私的運用と言っても過言ではない。
しかし、その不正を誰に摘発するのが正しいのかが問題なのだ。
トップが腐りきっているのなら、トップを誰が処罰する?
貴族だろうか? しかし、ギルドマスターという立場は時として国を守る兵団となる。
ギルドマスターの持つ権力は時として貴族を上回るものがある。
なら、彼を処罰するのは国か、国王か?
そこにまで直接伝えて動いてもらえる信用と伝手があるなら、さっさとギルドなんて止めた方がいい。
王国騎士団に入団した方がいいだろう。
「行きましょう」
「そうだな」
さっさとギルドを後にした3人について後を追う2人。
ギルドを出てやることがなくなった彼らの前には1人の初老が立っていた。
「失礼、『アルストロメリア』の方々かね?」
「あなたは?」
「私はチャーリーン=ホドル辺境伯の使いの者だ。君たちに依頼がしたい」
「アルが手を回してくれてて助かったね」
「そうだな、アル様々だわ」
「全く、アゼルは今度あった時は謝っておいてくださいよ」
「うっ……悪かったよ」
あれから1ヶ月程時間が経った。
『アルストロメリア』はアルフォンスが今まで伝手があった貴族たちに手を回してくれていたお陰で仕事が入ってくるようになり、何とか元の形にまで落ち着いている。
今も依頼で大きなグリフォンを狩った帰りだ。
アルフォンスがいた時とは違い、狩ったモンスターが死体が残り素材となる為持って帰らなければならないが、苦労の分だけ前よりも稼ぎが増えた。
先々進んでいく、3人について新人2人が連れたって歩いている。
「いやー、やっぱ先輩方強いっすね。流石Sランクパーティーだわ」
「……」
「ん? どうした?」
「……いや、なんでもない」
ただ、そのうちの1人魔術師の青年が並んで歩く前2人を澱んだ目で見るようになっていたのには誰も気が付かない。
――崩壊の歯車は少しづつ芽を見せ始めていた。
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