商人の我輩、人間皮職人のおかげで眠れない。
オロボ46
情報は、適切なタイミングで伝える必要がある。
その扉を開けると、バイオレットな輝きを放つ建物の光が輝いた。
商店街のフロアには、異形の姿をした店員が、異形の姿をした客に商売をしている。
商店街を歩き、3mほどの影にぶつかりかけて少しひやりとする。
さらに奥に進み、五本の腕を持つ屋台の店主に手を挙げる。
奥にある壁に、ひとつの扉。
“管理人室”と書かれたその扉の前に立ち、5回ノックする。
「……入ってください」
中から聞こえてきた青年の声を聞いて、我輩は扉のノブをひねった。
管理人室の中は、薄暗い電球の下にテーブルひとつとイスが4つ。イスの数が少なければ、取調室と勘違いしそうである。
「これが注文の品である」
席に座った我輩はテーブルの上に紙袋を置いた。
目の前に座っている青年は紙袋の中身を確認すると、納得したようにうなずき、懐から小切手を渡してきた。
「対価はこれでいいですか?」
小切手を受け取り、値段を確認する。
「ああ、問題ない」
青年の引きつっていた口元が緩む。我輩もゆるむ。商談成立だ。
ここで帰るのも間が悪いので、少し雑談して帰ろう。商談が成立したこともあって、安心しているのもあるが。
「ところで、最近のここの調子はどうだ?」
我輩がたずねると、青年は「いつも通り、問題だらけですよ」と答えた。
「人間たちに恐れられている変異体が隠れ潜むこの“変異体の巣”の管理人の仕事も楽じゃない」
この管理人の青年、頭をターバンのように布を巻いている。その布の裏側には、彼も変異体と呼ばれる存在であることを示す異形の部位がある。
変異体とは、突然変異症によって化け物となった元人間の総称である。
普通の人間が変異体の体を直視すると、恐怖の感情がわき上がり、最悪発狂の恐れがある。その他にも、理性を失った変異体が人間を襲ったという事例もある。
そのため、変異体は発見され次第、隔離もしくは駆除される。それを避けるために変異体たちが集まり隠れ潜むのが、変異体の巣だ。
かけていたゴーグルがずれていたような気がしたので、位置を調整する。
このゴーグルは変異体の体を直視した時に舞い上がる恐怖の感情を抑えることができる。最も、このゴーグルは開発のコストが高く、誰もが恐怖を抑えることができるわけではないが。
「そういえば、例のアレの開発はどうなんだ?」
その言葉を聞いた管理人は、目線をテーブルに落とした。
「アレか……アレはちょっと……」
「何か問題が出てきたのか?」
管理人は顔を上げ、暗い目を我輩に向けた。
「……類似品出てきたことによって、開発の方向性で対立が生まれたんです」
我輩と管理人の青年が言っていたアレとは、変異体の姿を隠すための人間そっくりな皮のことである。
ここの変異体の巣では、人工皮膚を使った人間の皮の開発を行っていた。一方、変異体の巣の外では、本物を使った人間の皮を被った変異体が発見された。人間からはぎ取ったそのものだ。
当然、そのウワサは変異体たちにも入っていた。青年の言う対立とは――
「――人間の皮そのもの使うか、人に危害を加えないように作るべきか、それで対立しているのだな」
テーブルに肘を乗せ、頭を抱えながら管理人は「その通りです」と答える。
「1回、本物の人間の皮を使わないで作った人間の皮を、変異体のひとりに着せて街を歩かせたのですが、すぐに音信不通になった。人間の皮には見えなかったらしい」
「……より人間の皮に近い皮を作ることができればいいのだが、簡単なことではないだろう」
当たり前のことだが、こういう言葉をかけないと話が続かない。
「現段階では、人間の皮そのものを使った物は禁止にして、人間により似せる皮を作るように指示していますが……時間の問題ですね」
……これ以上話を続ける言葉は見つからなかった。
仕方ないので、今日はここで帰るとしよう。
「わかった。期待はしないでほしいが、技術を持った者がいれば、連絡しよう」
イスの隣に置いていたビジネスバッグをつかむと、我輩は席を立った。
「……すみません、ちょっと待ってください 」
出口の扉に手をかけた時、後ろから管理人に呼び止められた。
「もしも、人間の皮そのものを作る人物と出会ったのなら……その真意を聞いてくれませんか? 人間の皮を剥いでそのまま人間のフリをするなんて、僕には理解出来ないんだ」
「……ああ、会えたら聞いてみる」
わざわざ期待はしないでほしいと再び付け加える必要はないだろう。
廃虚の入り口で振り返り、その建物を見上げる。
薄汚れたビルの窓には青いビニールシートが設置されて中の様子が見えない。あの中にある変異体の巣から、今、出てきたのである。
廃虚の後ろ側の位置で、廃虚を囲む塀に空いた小さな穴をくぐり、近くにあった木箱で穴をふさぐ。
我輩がここに訪れた時にはオレンジ色だった空は、今ではわずかに青が残っているだけだった。
さて、今日は予約しておいたホテルに戻るとしよう。その前に、どこかで夕食を取らなければ。あのホテルには夕食サービスがなかったからな。
大通りでは、既に明かりで満ちていた。
極普通の人間たちの中で歩いている途中、ゴーグルをかけっぱなしにしていたことに気がついた。幸い、有名ではないデザインだから正体を知られることはないが、他人から見ると奇妙であることは間違いない。
何食わぬ顔でゴーグルを外し、ビジネスバッグに入れたころには人混みから抜け出していた。目的のレストランにたどり着いたからだ。
「……」
まさかここまで値段が高いとは……この街に来る途中で出会った顧客からこのレストランの話を聞いてやって来たが、値段が想定外だった。今回の利益を使っても赤字になってしまう。
しかたない、どこか別の場所を探すしかないか……
「あれ? 信士?」
突然、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ! やっぱり信士じゃん!!」
振り返ると、若い女性が我輩の顔を見て飛び跳ねていた。
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