第130話 異能の力 4

 アトキンズは敵機を確認すると、すぐに無線で情報を流す。


「He111を確認した。他に見えるのは同機が2機、ユンカースが4機…後ろにもまだいるだろう」


 他にも敵味方の戦闘機が数十機と入り乱れているがそれを報告する意味は無い。その報告にマーキスが反応する。


「He111とはまた古い機体を……?雨だからといってそんなものまで引っ張り出すとは、RAF《ロイヤルエアフォース》も侮られたものだ」


 ハインケルのHe111はパワー不足で爆弾を搭載すると足が遅く、防御力も低かった為、この頃のハリケーンやスピットにとっては良いカモになっていた。


 ユラユラと回避行動を取りながらハリッチに向かっているHe111をカルビンは既に射程に収めていた。


(まるで止まっているみたいだ……)


 素早く微調整を済ませると、左上からコックピットとエンジンを射線で繋ぎ、躊躇わずにトリガーを握った。その弾は風防に弾跡を残しエンジンを舐めてプロペラにも命中する。


 カルビンは結果を見ることもなくすぐに転身して離れるが、大きな損傷は与えられない。


「当たりどころが悪かったか…………」


 振り返ってからカルビンが呟いた。食らった側からすれば当たりどころが良くて救われたのだが。


 その間にも追いすがってくるメッサーを軽く振り切って、俊敏に曲がりながら次の獲物を探していく。


 アトキンズは第一撃を弟子に譲って彼の無事を確認してから20口径の射線を思い描いた。カルビンと同じ角度で近づき、連射速度が足りない分はエンジンに集中して6発の砲弾を正確にぶち込む。


 エンジンはいくらかの部品とプロペラをバラバラと飛び散らせ、翼は引火した燃料で炎に焼かれた。そして爆発!翼が歪んで揚力を失った機体は大きく身体を傾けてフラフラと落ちて行くだけだ。


 そこへ一歩遅れたイプスウィッチ中隊が突入して来る。各機は素早く爆撃機を探し出し、一斉射を試みては離れてすぐに仕切り直した。更に機が合えば護衛の敵機にも襲い掛かる。とにかく急がなければハリッチの被害は討ち漏らした分だけ大きくなる。


 その頃には大まかな敵機の数をアトキンズは把握していた。


「目標の残りは10数機、その内の5機程は方向を変えて…おそらくイプスウィッチに向かおうとしている。どうする、フレッド?」


 二兎追う者は一兎を得ず……戦力は集中させた方が効率が良い、分散させれば救えた筈のものも失うことになりえる場面だが、フレッドは躊躇しない。


「44中隊の全機は別働隊を追撃する!敵がイプスウィッチに到達するまでにひとつでも多く叩き落とすぞ」


 イプスウィッチを根城にしている44中隊は即座にイプスウィッチへと舵を切る。そのタイミングと同時に敵の動きにも大きく変化した。


「ジュニアです…護衛機が離れていきますよっ、燃料切れですね!」


 先行しっぱなし、鉄砲玉カルビンからの情報にフレッドの目の色が変わった。


「よし!これで仕事がやり易くなっただろうっ。基地まで20キロ、1機1分で落とすぞ!!」


 イプスウィッチ迄の間に全てを撃墜するつもりならば計算ではそうなる。そんな無茶なオーダーにも誰も異論を唱えず、むしろヤル気が湧いてくる。


「アットはあまり飛び回らず、距離をとって奴等の右後方から狙い撃ちしてくれないか?!」


「!、移動と照準の時間を短縮しろということか……ようするにハリケーンの役をやればいいんだな?」


「そうだ。左後ろには俺が付く」


「分かった。今、追ってるヤツから離れたら後ろに回る」


 イプスウィッチに向かうドイツの爆撃機は守りやすいように隊列を整えようとしている。アトキンズはその中の一機を追い、機銃掃射を捌きながら交信していた。


 しかし、彼の特異な目も集中力を欠くと命中精度が下がるようだ。彼の放った弾は珍しく敵機をかすめて触れることはなかった。


 目的地までの僅かな時間を生き延びる為にドイツの編隊は動きやすい距離を保って大きな塊になった。ユンカースのJu88が前に陣取り、後方はハインケルのHe111が固めている。He111には上部と下部に後ろを向いた機銃座があることで、Ju88よりも後方の防御に優れていたからだ。


 これでちょっとした空のトーチカが出来上がってしまう。フレッドはこの布陣を見てチッと舌打ちをした。


「作戦を変えるぞ!敵編隊の左右下から攻撃する。両端のユンカースから潰せ!」


 この編隊の中に入り込むと機銃の集中砲火を浴びる事になる。弾幕の厚そうな後方も攻めあぐねることになりそうだ。だからこそイギリスのパイロット達は焦る。23対6、数の利はあっても時間が、そして距離が無さすぎる、と。

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