第98話 第44-B中隊 2

 フライング・マーキスことルーカスはずば抜けたポイントゲッターでは無い。チームプレイを重んじる彼自身もさして個人の戦果にこだわりも無いがエースの徽章と栄誉は有難く受け取った。


 経験も実力も十分、何より彼の中隊の帰還率は群を抜いている。混成で集められたイプスウィッチの同僚もすぐに彼が居ることの『ありがたみ』を知ることになるだろう。


 たとえば今……


「ヘイスティング、3時方向、上から狙われるぞ!」


 ルーカスに言われた同僚はビクっと右を見上げるが……


「は?敵機なんか居ない……おおっ?アレかっ!?」


 しかしまだ、ようやく旋回を終えようとするBfが視界に入ってきた。


(だったら逆に……下から撃ち抜いてやる!)


 さらにたとえば……


「ショーンっ左回避!」


「ナニッ!?」


 慌てて操縦桿を左に倒すも弾は飛んで来ない。


「ナニも無いぞっマーキス!」


「射線に入る寸前だったぞ!?まだ背後に付かれている、すぐに行くから待っていろ!」


 などと、危機的な状況になる前に事なきを得る事が出来た。


 彼が持つ力はアトキンズの様な無双の強さでは無い。サシの勝負では飛び抜けていなくても、この特技は同僚にとって最強の武器になった。


 元々パイロットの生還率は他の兵種と比べればかなりの高さだったが、人機を含めてイプスウィッチの損耗率の低さは驚異的だった。






 初出撃を管制室で見守っていたレイヴンズクロフトも両中隊の活躍に納得したのか、今では宿舎の1階、司令室の奥にある司令官室に落ち着くようになった。


 大概はそのドアを開け放しのまま実務を日々こなしている。まあ、今は空軍総司令部への連絡と連携。基地の監理、それに『見守り』が基本的な仕事である。


 彼は思うままの部隊をここに作り終えた時、既にこの戦争でのするべき事の半分は終わったと思っている。しかし、これから続く『見守り』が指揮官にとっては最も長く続く重い時間になることは分かっていた。その覚悟が必要だった。


「失礼します、大佐」


 ノックするドアが無いピアース中佐が入り口で屹立したまま大佐の許可を待つ。


「入りたまえ、ピアース中佐……」


「失礼します。先ほどの戦闘の報告書です……」


 そう言ってデスクに置かれたリポートにレイヴンズクロフトはすぐに目を通す。


「いつも迅速だな」


「恐れ入ります……」


 その報告書には全機の損害とパイロットの安否。使用した弾薬の弾数などが記入されている。更には確認できた敵機の撃墜と撃墜者も書かれていた。


「ふむ、撃墜は2機か……パイロットに負傷者はいなかったのだね?」


「はい、今はまだ数で優っているとは言っても、上々の出来ではないでしょうか?」


「そうだな。まだ余裕のある内に機体の整備は万全にな。それから帰還直後のパイロットで希望者には3時間の外出許可を出すように。ただし酒は禁止とする……」


「了解しました。アイツらも喜ぶでしょう」


 レイヴンズクロフトはリポートを置いて背もたれに体を預けた。


「そんなことしかしてやれんがな、それも今の内だけだが……」


「この戦いで文句を言う者はいません。しかも大佐の人選のおかげで隊も引き締まっております。私が見てきた中では最も充実した中隊であります」


「このサフォークの防衛線はダックスフォードへの壁だからな。そう簡単に抜かせるわけにはいかん……」


「はい。それはパイロット全員が十分に理解しております。ドイツにとっての2大目標はロンドンとダックスフォード空軍基地で間違いありません。やがてはこの2カ所をめぐる攻防戦になるのは目に見えています」


 サフォーク州のさらに内陸にあったのは空軍の本拠地、ダックスフォード空軍基地だった。戦力の大半は各地方に分散しているとはいえ、ダックスフォードにはまだ多くの戦闘機や爆撃機が配備や出撃の為に待機している空軍戦力の中枢である。そこをドイツに叩かれれば、イギリス空軍にとって大きな損害となるのは明らかだった。


 レイヴンズクロフトは口元を上げる。


「フ……まあ、おかけで私の我儘も随分と通りやすかったが……」


「いえ、それは単に大佐殿が怖がられているからでしょうなあ?はっはっは……」


 ピアースが本人を前にして誇らかに笑う。そしてレイヴンズクロフトは更に口角を上げた。


「厄介者として扱われるのは我が家の伝統なのだよ。まあ、それでも構わん…使えるものなら祖先の名声であろうと有り難く使わせてもらうさ……」


 彼の顔は古強者というよりも小悪なガキ大将といった方が似合っていた。

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