第96話 スカーフェイスとベビーフェイス 2

 話題に集中していたところにナナメ下からの奇襲を受けた。


「ええ…?と……ふむ」


 しかし、ローレルは軽いジャブとばかりにコレをいなしてすぐに立て直してくる。


「少佐のことはベストパートナーだと思っているよ」


「パートナー?それって……?」


 ただの相手、知り合い、友人、相棒、もしくは配偶者……『パートナー』という言葉は敬愛を含みながらも不特定で都合の良い言葉である。友達から最愛の人までを飲み込んだ曖昧な言葉である。


 適当にはぐらかす為にその言葉を選んだのかと思った。しかしシャムロックはローレルの顔を見てそうではないことを…言葉どおりであることを理解した。


「……そうか。そうなんですね?やっぱり少佐はスゴイ、これは手強そうだな……」


 それでもシャムロックの言葉には戦闘機乗りらしい熱がこもっていた。


「少佐からは以前から何度もローレルさんの話を聞いて、どんな女性ひとなのかすごく興味が湧いてしまって……」


 それに物怖じもせずに熱い眼差しでローレルを見つめる。


「え……?そ、そうなんだ…でも、実際はこんな変わり者でガッカリしたでしょう?」


「いえ……卓越した人はそう見られがちなだけです。それに、それはローレルさんの魅力のひとつじゃないですか?」


 『捨て身の若者の勢い……』急にアトキンズの言葉が思い出された。いや、カルビン君は捨て身でもなく、真剣で真摯に、そして果敢に攻めてくる。


 しかもアトキンズと同じようなことを言ってくれて、同じように見てくれている。これにはさすがのローレルもたじろいだ。


「ええ……と?カルビン君はあれかな……?歳上のお姉さんが好みなのかな?」


 などと茶化してみても……


「はい、たった今から。ローレルさんは歳下はダメですか?」


 などと言ってにっこりとアピールしてくる。


(この子……っ?!いやいや…愛を告白されたワケでも、別に交際を申し込まれたワケでも無いし……)


「今はこんな戦争をしていますけど、もし良ければ僕との付き合いも考えてくれませんか?」


(っ!僕っ子に申し込まれたーっ!?)


「まずは気楽な話し相手と思ってもらえればいいですから……」


(紳士だー!)


 などと内心でテンパっているのは実はフリである。僕っ子に言い寄られているこの状況を空騒ぎして内々心では冷静に楽しんでいた。


(やーーなんか久しぶりだなー……立派だよカルビン君、誰かさんとは大違いだよ!)


 きっとアトキンズはくしゃみをしているに違いない。


「?、あの、ローレルさん……?」


「あ、ああ、ゴメンね、久しぶりにこんな事を言われたものだからビックリしちゃって……」


 シャムロックはクリッとした目を大きくして首を傾ける。


「そうなんですか?意外です……」


「そんなことないよ。すぐに友達にはなれるのだけど、なかなかねー……だからシャムロック少尉もいつでも気軽に話しかけてね?」


 自分で変わり者だと言っている彼女の微笑みはたしかに非凡で、特別に知的でふうわりとやわらかい。それだけの一瞬で彼女の全てを知ったような気になった。


「あ、カルビンでいいです……ぜひ!」


「そお?じゃあ、カルビン君で……」


「はい」


 素直で誠実で隠しきれない育ちの良さ。さぞや美少年だったであろう整ったやさしい顔立ち。小柄なことを差し引いても子供の頃からモテモテだったに違いない。


(取り敢えず、にべもなく断られなくてよかった……)


 ホッと胸を撫で下ろしているカルビン君は実は知的な女性を好む傾向がある。それは小説家で劇作家でもある母親に由来していた。


(スイマセン、アトキンズ少佐。まだ恋人でないのなら……僕にも資格はありますよね?)


 そして見た目のベビーフェイスからは想像もできないほど漢気があり、ついでに言うと、そのせいか彼は猫可愛がりされることが嫌いだった……


 シャムロックがこの場にはいないアトキンズにまずはライバル宣言をしていた。






 ドイツの散発的な攻撃は一日と空くことなく続いていたが、牽制とはいえドイツ側の戦果はあまり芳しくないものだった。


 それはこのイングランド独特の悪天候によるものだ。この時期は快晴の日も少なく晴れたと思ってもすぐに低い雲が垂れ込め地表を隠し、雨やひょうが降ることも日常茶飯事である。


 常に大気は薄くモヤがかかり、高高度からの爆撃は困難で、だからといって低空で侵入すればイギリスにいいように叩かれる。


 大雑把に言えば、護衛機だったドイツのメッサーシュミットは高高度での機動力や上昇能力ではスピットファイアよりも優っていたが、根本的な運動性能では劣っていたからだ。


 逆にイギリスのパイロット達は悪天候も慣れっこな上に小回りの効くスピットファイア。ましてや背中に母国を背負っている使命感で彼らの士気が衰えるはずもなかった。

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