第31話 某国の魔女 2

 彼女達はひと目を気にして街とは反対側の出入り口から外に出た。いつも深夜の女子会は他愛たあいのない尽きぬ話を惜しみながら再開を約束して解散となる。


 まったく、友人と会うためにひと目を気にして自由に会えないなんてバカバカしくてわずらわしい…この夜会の別れ際にはいつもフレヤは少し不機嫌になる。彼女のそんな顔を見る度に他の4人はフレヤが好きになってしまう。


「フレイヤさんっ、方向が同じだから一緒に帰りましょう?」


 ここからだとソフィアの家はメイポールを越えたずっと先にある。もっとも港からほど近いこの場所からはエラ以外はほとんどが同じ方向、街の中心部に向かって帰ることになる。


「ええ、そうね……ていうか、皆んなウチで一杯やってく?……なんて、無理よね?」


「そうですね、でも私もたまにはメイポールに寄せてもらいますよ。だからまた今度ね……?」


 そう言ったプラウズはあきらめを含んで微笑んだ。そしてそれぞれのクヴァストを握ると綿毛のようにふわりと浮かんで体を寄せるように腰を掛け、吸い込まれるように夜空にとけて消えていくのだった。


 そのぞくりとするほど綺麗な姿を見るのがフレヤは好きだった。


 そしてセアラとソフィアに次いで最後にフレヤがゆったりと飛び立つと、スッとソフィアが寄ってくる。


「フレヤさん…」


「ん?どうしたの?」


「ふと、さっき思ったのだけど…」


「何を?」


「あの『ドイツの彼女』が『乗せた』メッセージは英語でしたよね?」


「!、そうね、言われてみれば何かの『意志』や『ドイツ語』じゃなかった…そうか!そこには確かな意図があるかもしれないわね?」


 彼女達、魔女は動物を使ってメッセージを伝達する能力がある。その条件は鳴く動物、それも知能が高いと思われる動物ほど事細かなメッセージをその鳴き声に『乗せる』ことができた。そして更に乗せたメッセージは伝言ゲームのように動物の間を伝播でんぱんし拡散して、特定の、あるいは不特定の相手に届けることができる。ただし当然ながら確実にメッセージが相手に辿り着くかは分からない。『大体は届く』そんな少し運任せな『風に乗せる便り』であった。


「それに……やっぱり漠然ばくぜんとしていてごめんなさい。もしかしてその人は、私達を知っているような……」


「え?私達の…誰かの知り合いってこと?………あっ!まさかっ、母さんが関わっているんじゃ…!?戦争の前から諸国漫遊しょこくまんゆうなんて勝手なことをしていたのだもの…たしか、ドイツにも行っていたわ……!」


「…………」


「ここは私がひとっ飛びして母さんに……あら?どうしたのソフィア…?」


 気がつくとソフィアはふらふらと頼りなくふらつき体も傾いている。


「なんか……急に眠くて…………我慢、できない……」


「あらあら…っ、こんなタイミングで?ちょっとセアラ!」


「どしたの?ソフィアさんっ?」


「どうやら『裏ソフィー』がもう限界みたい、ちょっと体を支えてあげて…私はソフィアのクヴァストを面倒みるから」


 『裏ソフィア』が退場する時は決まって彼女は寝落ちする。でも飛んでいるタイミングで交代が来たのはさすがに初めてで、セアラは慌ててソフィアを抱き寄せフレヤは彼女のクヴァストを操るべく左手を伸ばした。


「大丈夫なんですか、フレヤさん?2本同時に操るなんて……?」


「余裕、余裕っ、楽勝よ!」


「でもこんな時にっ、とにかく一緒に飛んでて良かったー!」


「本当ね…『飲んだら飛ぶな!』『飛ぶなら飲み続けろ!』てことね?」


「えーっ?それ違うと思う、それにお酒を持ってきたのは……」


「とにかく皆んなにはナイショよ?また怒られちゃう」


「ああ…罪悪感はあるんだ……まあ、落っこちたら死にますからねえ……」


 何しろ意識さえあれば落ちるなんて事はあり得ない、とは言え、たとえ寝ていても寝相が悪いと勝手に浮き上がったり、天井にぶつかるなんて事もしょっちゅうだし、はたして地に足を着けている方が楽なのか、はたまた浮いている方が楽なのか分からなくなることもしばしばである。


「ん…んん……」


「目が覚めた?ソフィア…」


「ん……フレヤさん……?」


 そしてソフィアの再起動は僅か数十秒で完了する。


「まずは周りを見回しても慌てないでね?」


「へ?あれ……?セアラちゃん…?」


 しっかりと抱えられている感触に左に顔を向けると、にっこりとセアラが微笑んでいる。


「支えてますからね、大丈夫ですよ?今、私達は飛んでいますけど、でもそのまま私に身を任せていれば大丈夫ですから…分かりますよね?」


「え?あ、うん……え…?飛んで……?」


 そして今度は下を見下ろしてみたが自分の足元にはあった筈の床が無い。


「あれっ?!なっ…なにっっ?何で飛んでるの??ここドコっ?!」


「だから落ち着いてっソフィアさん!」


「へえっ?だって……ええ…っ?」


 さっきまで廃工場で皆んなと談笑していた筈、なのになのに……と、必死に記憶をたぐり寄せてみればワインのボトルが蘇ってきた。


「あ!ああ……ああ、またわたし……お酒を飲んで寝ちゃって……」


「寝ちゃ…?はは……まあ、そうですね…ハイ……」


 ソフィアがうつむいているスキに2人は苦笑いを見せ合った。


「はあ…お酒は好きだけど……わたしは何でこんなにお酒に弱いのでしょうか……?」


「え?ううむまあ、弱いといえばそう…言えなくもないんでしょうねえ……?」


 パブで働くセアラが知る限りでも、飛び抜けた酒豪である。


「あっ!ご、ごめんなさいセアラちゃん、フレヤさん…もう、大丈夫…目は覚めましたから……」


「そう?」


 フレヤは様子を見ながらゆっくりとソフィアのクヴァストから手を離した。セアラも自分に掛かっていた負荷が抜けていくのを感じとって体を離すが、しかし気落ちしているソフィアの様子に変わりはない。


「もう…恥ずかしい……記憶も曖昧あいまいだし、どこで寝ちゃったのかも覚えてない……情けなくてこのまま旅に出ちゃいたいです……」


 そんな大袈裟な言葉を黙ってフレヤは聞きながら思う、そして言う……


「ならソフィア、これからは聞いて欲しいことや全力の我儘わがままを私達に言いなさい」


「はっ?はい…っ?!」


「あなたはね、自分がするべきでは無い事、見せたくないものをいつも隠して、そして自分がやりたい事やして欲しい事をずっと我慢してきたのでしょう?いつも言葉少なに答えに困るのは、そんな自分に折り合いを着けるため…もうひとりの自分を抑えているからでしょう?」


「な、何ですか急…に?い、いったい何の……?」


 3人は歩くようにゆっくりと流れていたがフレヤはソフィアの肩を抱き掴まえてその『足』を止めた。


「ねえソフィア、一体どんな自分が許せないの?それとも私達に気をつかっているだけなの?でも、ましてや私達の間で我儘わがままのひとつも言ってくれないなんて、他の人はどうであれ私はつまらないわ。それにね、あなたには私達の誰も敵わないようなすごい才能があるの……そんな自分の魅力をあなたは自分自身で抑えつけているのよ?」


「??……わがままが魅力…なの?」


「ん?我儘はひとかけら、ほんの一面に過ぎないわ。いつも控えめに見せようとしている本当のあなたは、もっとスゴイのよ?」


「ホントの…わたし……」


「そう、我儘なところも、お酒が好きだけどすぐに飲まれちゃう、けれど、でも酒豪で俊豪しゅんごう……そんな可愛いくて凄い自分も愛してあげて…」


「?」


 いつも変わらずに優しく微笑んでくれるフレヤ、それに彼女がまとう『モノ』と自分の肩を抱えた手の力には気休めでは無い信じるに足る力と思いやりと願いが込められている、今は言葉の意味を理解出来ないとしても自分がそれを感じ取れることがソフィアは嬉しかった。


「ありがとう…フレヤさん。今はそれしか言えないけど……フレヤさんがそう言ってくれるなら頑張る……」


「そう、とにかく遠慮しないでウチにお茶でも飲みに来なさい。その話は…覚えているでしょ?」


「は、はい…っ、あ!それとウチの古本を見に来てくれるって話も…覚えて…ます?」


「ああ、うん…遊びに行くわよ、必ずね」


「はい……」


 ソフィアは嬉しそうに約束を交わして2人と別れた。楽しみな約束を手みやげにして。

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