オンナノコの事情

 部室に戻った狼流ロウルは、罰を受けていた。

 ガガガジェッターでクイック・ドロウの真似事まねごとをして、盛大に失敗したからだ。

 危なかった……真心まころがいてくれなかったら、大惨事になっていたかもしれない。


「多分、蘭緋ランフェイのマニュピレーター調整が敏感過ぎるんだよな。もっと遊びがあってもいいのに」


 ぶつくさと独り言をつぶやきつつ、英雄号をデッキブラシで洗浄してゆく。

 ケイジに寝かされた英雄号は、ところどころ塗装が剥げ掛けてる。多くの先輩たちが手をかけてきた、ローダボット研究同好会の歴史が感じられた。こんなに頑張ってるんだから、そろそろ正式な部活動になってもいいのではとさえ思う。

 なにせ、今日はロボット部の挑戦を退けたのだから。


「……で、ありゃなんだ? なにやってんだか」


 ゴシゴシと手を動かしつつ、ちらりと部室の隅を見やる。

 ペットボトルのお茶や缶コーヒーを飲みつつ、女性陣はまったり歓談中だ。

 別段気になる訳でもないが、耳を澄まさなくても自然と会話内容が聴こえてくる。


「それで、真心クン。ベコは見つかったかい?」

「あ、ええと、報告します」

「ん」

「捜索範囲を広げたのですが、いまだに発見できません……ひょっとして、わたしはベコに嫌われているのでしょうか」

「そんなことはあるまいよ。キミが拾った子じゃないか。それに、捨て犬だからまだまだ人間との暮らしに戻れないでいるのかもしれない」


 会長のアイネは、かわいい動物が好きらしい。

 しかも、肌でのふれあい……手でまさぐり撫で回す行為に飢えている。今は我慢してるのか、蘭緋の頭をしきりに撫でていた。その癖っ毛の前髪を、指でくりくり巻いたりしている。

 今日のこともあってか、両手でズズズとコーヒーを飲む蘭緋は大人しかった。

 今この瞬間までは。


「あのー、会長?」

「ん、なんだね? ロボット部部員の蘭緋クン。今日、キミを連れ戻そうとしたロボット部の挑戦を受けた訳だが」

「……なんでもないッス、ハイ」

「うむ、大変よろしい。ふむ……そういえばまだ、聞いていなかったね。話したまえ」

「な、なにをッスか」

「キミ、どうしてロボット部じゃなくうちに来るんだね? ロボット部は嫌なのかい?」

「嫌では、ないッス。先輩たちもいい人だし……ちょっと勘違いしてる節もあるけど、根は真っ直ぐで熱いし、真面目だし」


 少しうつむき、なんだか苦々しい笑みを蘭緋が浮かべた。

 そんな彼女を撫でる、アイネの目元が優しく緩む。

 一応、ローダボット研究同好会の会長として、蘭緋のことを気にかけているようだ。

 そして、そんな二人をまじまじと交互に見て、ふむふむと真顔の真心が話をうながす。

 どうやら、真心は空気を読むのは苦手なようだ。

 そこで狼流は洗浄の手を止める。


「おーい、真心! ちょっとこっちに来て、手伝ってくれよ」

「は、はい。わかりました、狼流君」

「ブラシ、そこのロッカーのやつな」

「了解です。では」


 真心がデッキブラシを手に、英雄号の上に飛び乗った。

 相変わらず、常人離れした身体能力である。

 だが、珍しく彼女がよろけたので、慌てて狼流は手を伸べた。握った手首は細くてひんやりしてて、力を込め過ぎれば折れてしまいそうである。

 そのまま引っ張り上げれば、見上げる距離に精緻な美貌が近い。

 背の高い真心に目線を合わせるように、一歩だけ胸部装甲の段差を上る。


「ありがとうございます、狼流君」

「あ、ああ。んじゃ、そっち側を頼むわ。あとでワックスかけるから、丁寧にな」

「はい」


 真心は相変わらず、とことん素直で生真面目きまじめで、そしてなんの疑問も持たず否定も反論もしない。言われればやるし、問われれば答える、そういう少女だった。

 勿論もちろん、ローダボットの洗浄という地味で面倒な作業も嫌がらない。

 ただ、少し狼流は心配になるのも確かだ。

 それでも、真剣な表情で真心が作業を始めたので、狼流も気合を入れ直す。

 集中力を研ぎ澄ますと、またまたアイネと蘭緋の会話が耳に入ってきた。


「会長だって、こないだ自動車部の部長に言い寄られてたじゃないスか」

「ふむ、否定はしない。さらに言えば、化学部と野球部、セパタクロー部の部長にもモーションをかけられている」

「ぐっ! そういうマウント取らないでほしいッス」

「では聞くが、蘭緋クン。本音の本心を話し給えよ」

「グヌヌ、それはぁ……そのぉ」


 狼流も気になっていたところである。

 実際、ロボット部は正式な部活動で、全国大会での実績もある。リモコン操作の小さなロボットから、今日みたいな大型の搭乗型ロボットまで幅広く制作、研究していた。

 実際、ロボット部があるからというのも、ローダボット研究同好会がなかなか部活動に昇進できない原因でもある。

 ただ、蘭緋がなにかと理由をつけてはこっちに毎日通ってるのが不思議だった。

 そして、その理由がいよいよ語られようとしていた。


「だって、せっかく両手のあるロボットを造るんスよ? 下半身は蜘蛛くもでもキャタピラでもいいッス、でも」

「ドリルや鉤爪かぎづめは嫌かい? ロボットが人間を模してなければいけないという法はないと思うが」

「今日の英雄号、見てくれたスよね。道具を使うマニュピレーターはやっぱり、人の手の形が最適なんスよ。それは当たり前だけど、人間の文明が使ってきた道具が全て、人間の手に合わせて作られてるからでありまして、そのぉ」

「うん、それで? 話の核心を聞こうか」


 アイネの口調は穏やかだが、どこか逃さぬとでも言いたげに含みがある。

 そして、もごもごと小声になりながら蘭緋が呟きを漏らした。


「ロボット部……自分しか女子がいないんスよ」

「安心し給え、我が同好会も狼流クン以外に男子がいない。……あれかい? いじめられてるならボクに言うといい。あの手この手で――」

「逆なんスよ。なんか、お姫様扱いが酷くて!」

「ふむ」

「完っ、璧っ、に! あれじゃあオタサーの姫オタクサークルのひめッスよ! そういうのじゃなくてこぉ、性別とか関係なく、一緒に油にまみれて手を汚してこぉ」

「……わ、わかった。すまないね、なるほど確かに」


 紅一点こういってんの悩みだった。

 逆に、ローダボット研究同好会では男子は狼流一人だが、全く気にしたことがない。せいぜい、男手がどうとか、ちょっと男子ー! とか言われて、軽い肉体労働を振られるだけである。本当に労力が必要な時は全員で、それがロダ研のモットーだ。


「お飾りにされてお客様なの、自分は嫌ッス。その点、ロダ研は適度に人使いが荒くて好きスよ。要求される技術や結果も無駄にハードル高くて、グー!」

「なるほど、理解した。まあ、連中も悪気があってのことではあるまい。そういうことは一度、ちゃんと正面から話さないと伝わらないものさ」

「会長、ちゃんと自動車部部長の話、はっきり断ったスか? 他の人は?」

「……ま、まあ、我がロダ研はいつでも蘭緋クンを大歓迎だよ、ハッハッハ」


 駄目だこの人たち、早くなんとかしないと。

 だが、二人は話を切り上げ笑顔と笑顔で視線を放る。

 その先には、熱心に英雄号の表面をブラシでこする真心の姿があった。

 そして、聴こえてくる声が僅かにひそめられる。


「会長、二度あることは三度あるって言うスよね」

「……今度は真心クンを狙って男子が? フフ、まさか……ありえるね」

「男の子ってこういうのが好きなんでしょ、が服着て歩いてるよーなもんデス」

「時々服を着てないしな」


 慌てて狼流は、視線を遮るようにして真心に駆け寄った。


「な、なあ、真心!」

「はい? どうしましたか、狼流君」

「お前も気をつけろ! 男子はみんな、お前を狙ってるかもしれない!」


 手を止めた真心は、真顔のままで首を傾げた。

 見上げる美貌を前に、あたふたと自分のことのように狼流は言葉を並べる。だが、文章が支離滅裂しりめつれつで日本語が不自由になってしまった。

 それでも意をみ、真心は小さく頷く。


「大丈夫です、狼流君。色々な部活動に誘われましたが、お断りしておきました。それより……狼流君もですか? その、男子はみんな、という話は」

「いっ、いい、いやいや、俺は違うぞ! 狙ってなどはいない! ……狙っては」

「そう、ですか」


 わずかに真心の表情が陰った。

 意気消沈といった雰囲気が、全く表情筋が働いてない顔を覆ってゆく。表情が変わっていなくても、最近は狼流には些細な感情の機微がわかるようになっていた。

 だが、彼女は清掃作業に戻り、軽々と頭部へジャンプした。

 そして、なにかを見つけたらしく振り返る。


「狼流君、頭部外装パーツに落書きが」

「あっ! そ、それな! マスク・ド・ジャッカルとウルティマイトのサインをもらったんだ」

「なるほど。……では」


 不意に、真心はスカートのポケットに手を突っ込んだ。そして、何かを取り出し屈み込む。なにかと思って駆け寄れば、白く細い手にサインペンが握られていた。


「お、おいっ、真心! つーか、なんでそんなもの持ち歩いてるんだ!」

「ヒーローですから。父様が、いついかなる時でもサインの準備をおこたるなと」

「あのオヤジさん……って、なにやってんだ! つーか、でかっ!」

「狼流君は、わた……メイデンハートが好きだと聞きました。これで、よし」


 でかでかとメイデンハートのサインが刻まれた。

 ナンバーワンヒーローの名に恥じぬ、大きな大きなサインだった。


「狼流君、安心してください。ヒーローが使うサインペンは、その名の通りサインのためのペン。よほどのことをしない限り消えませんので」

「ア、ウン……どうしよ、OBの先輩たちが怒らないかなあ」


 その時だった。

 不意にぐらりと来た。

 体制が崩れて、足元を不安感が瞬時に行き交う。

 それで狼流は、強烈な振動が襲ったのだと気付いた。

 その時にはもう、英雄号から転げ落ちそうだった狼流は真心に抱き上げれられていた。

 普通、逆だ。

 逆だったら格好いいのに。

 今は途方もなく格好がつかない。


「サ、サンキュ、真心」

「いえ。会長、蘭緋さんも無事ですか?」

「安心し給え! しかしなんだい? 今の地震は」

「イチチ……今日は踏んだり蹴ったりッス」


 校舎の方からサイレンが聴こえる。

 そして、狼流は察した……これはただの地震ではないと。

 その証拠に、見上げる真心の横顔が今、緊張に凍りついているのだった。

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