第47話 法籠
「…………………何、急に?」
「あたしばっか喋ってもつまんないじゃん?」
「……………………………」
もう両親の話はしたくないのか、露骨に話題を変えた美彩。言及されたくないと言う意思表示か、本題前の息抜きか。いや、こんなヘビーな話題が息抜きだったら、この子の倫理観は本当に壊れていると思うが。
「………言わなきゃダメか?」
「ダメ。あたしの話が本当に聞きたいなら、そこは言ってもらわないと話せない」
「………………………………」
と言われましても。
まぁ、関係ない話ではないだろう。彼女の「強姦」が真実ならば、無関係な話ではない。
今聞かれてるのは、法律云々の話ではないだろう。一般常識とか世間体を聴かれてるのでは無く、そんなありきたりな答えを求めていないのだろう。
だとしたら、僕が切れるカードは一枚だけ。オールマイティで効果の薄い、使えない切り札。
「どうでもいいな。心底、どうでもいい」
「……………それって何?自分が成人してるから、関係ないから楽観視してるって事?」
「違う」と反射的に言おうとして、僕は飲み込んだ。
「…………………あながち間違いじゃないと思う。昔から、クラスの誰々が誰々の事好きとか、何県の何処何処で事故があったとか、そういう自分と関係ない所に、わざわざ首を突っ込まない性格だからな」
自分でいうのも何だが、無関心なのだ。
「でも、自分じゃなくても、自分の大切な人なら話ば別だ。皆んなそんなもんだろ」
例に漏れず、僕がそうだ。
問題は問題にした瞬間、問題になる。少なくとも、もうどうでも良くは無い。
「…………なら、どう思う?」
考える。酔った頭で考える。
10秒ほど、あるいはもっとか、考えて浮かんだ意見は、
「………仕方のない事なんじゃねぇの」
だった。
こんな話、真面目になんか出来ないから、酒を入れて理性を外す。下品な話と言い切れない話だけど、言葉を濁らせるには十分な話題だから。
「生物の教科書いわく、人間は中学生ぐらいで生殖能力を得て、高校生過ぎくらいで成長から退化の一途を辿る事になるんだから、性欲が出てくるのは当たり前だ。生物学的にはもう大人だ」
今が酒の席で助かった。
「でも精神的には、まだ子供だ。やっていい事と悪い事、リスクとリターン、理想と現実の区別、感情のコントロールや長期的な判断、倫理と責任、何もかも足りてないよ。………そういう意味じゃ、大人なんてほんの一握りの人間だけどな」
僕もまだ子供だ。
「欲求を我慢するのは苦しいし、解消するなとは言わない。けど少なくとも、感情や欲望に身を任せた行動は必ず後悔する。後悔は後で悔やむもんだから、今言っても仕方ねぇんだけどさ」
上手く出来てるよね漢字って。
「だから僕的には反対。精神的に未熟なうちは、法律的にオッケーな時にヤれって思うな」
「……………なるほどね」
我ながら説教くさい話になってしまった。向こうから振られた話題とは言え、成人してる奴が未成年に話す事では無かった。
「……僕は答えたぞ。聞きたい事は聞けたか?」
「まぁね。悪くない解答じゃん」
「そりゃどーも。で、何でそれを聞いた」
「まだ終わりじゃねぇよ。その上で聞く」
中々、長々と続きそうな話だ。
「未成年の飲酒、タバコについてはどう思う」
「…………さっきと同じだな。どうでもいい。けど、飲んだからには、吸ったからには、自己責任だ文句言うな、迷惑掛けんなって感じだな」
「なら少年法についてはどう思う。未来があるとかいうふざけた理由で罪が軽くなるのについて」
「人は誰しも過ちを犯すからな。でも人を殺めるような
子供の命と老人の命は等しく、社長も一社員も、犯罪者も大統領も、等しく一つだけの命だ。その筈だ。
「そこはどうでも良くねぇんだ」
「まぁそれに関しては被害者になり得るからな」
「あたしが今この受話器外して助けてって言えば一発アウトだもんな」
「そこは信用しているつもりだけどね」
冗談で受話器を指差す美彩にマジレスして、沈黙を繋ぎ止めるようにビールを飲む。
「死体を見た事ある?もしくは人が死ぬところ」
「……葬式を含めるなら」
「死にたくなった経験は?」
「何度か」
「自殺についてどう思う」
「周りの空気に殺されてるだけだ。自殺なんて存在しない」
「なるほど。嫌いじゃないね、その解答は」
神宮寺は知っているのだろうか。彼女がこんな顔をする事を。
疑い深く一挙手一投足を見逃さない目付き。腹を探り沈黙すら汲み取る口調。
第一印象とかけ離れた姿はまるで別人だ。
「んじゃ最後の質問」
長い面接もこれでラストみたいだ。
「………信じていた人に裏切られた時、信じてたモノが間違っていた時、信じられなくなった時、ショーヘーはどうする」
「…………これはまた違ったベクトルの話しにくい話題だな」
「あたしの
昔と言えるほど生きているかはさておき。
「信用出来なくなった時ねぇ………」
まるで答えを用意していたかのようにスルスル出て来た先程までの問いとは違い、口の滑りが悪い。
なんせ考えもしなかった事で、また直感で答えられるような質問でも無いからだ。
考えたことが無いのは、直感で答えられなかったのは、おそらくそのような経験が少なかったからだろう。大して何かに裏切られた事がなかったから考えたことが無く、裏切られるほど信用したことがなかったから直感も働かない。
経験も直感も使い物にならないから、回らない頭を絞り、滲み出た拙い言葉を紡ぐ。
「僕なら、………無力感に苛まされ、途方に暮れると思う。そんな経験ないから、あくまで予想だけど」
「……………………」
「人間、どれだけ1人で生きていくって言っても、実際は誰かに頼ったり助けてもらったり、そうやって支えてくれないと、………人は腐るから」
あの人の様に。
「信頼のはしごを外されても、いつかまた誰かに支えてもらう。人間、信じようとして信じるんじゃなくて、いつの間にか信じてるもんじゃないか?」
信じるのは怖い。
でも疑うのは疲れる。
だから、信じられる人を信じるしかない。
例え、また裏切られても。
信じた方が楽だから。
「渡る世間は鬼はなし。それが信じられないなら、鬼ん中で信頼できる鬼を作ればいい」
この質問の様な話の意味が、やっと理解できた気がする。
だから続け様に吐露しようとした言葉に、僕は詰まった。
親の話をしたがらない美彩に言うべきか迷ったが、言葉を濁したり後ろめたさを感じる事の方が失礼だと思ったから、何事もなかったかの様に続ける。
「子供が親を選ぶ権利がない様に、親も子供を選ぶ権利はない。それでも関わる人を選ぶ権利は、子供だろうと大人だろうと持ってる。信じる人だって選べばいい」
僕が言うべき事は、多分決まっていた。
「だから結局は、僕は誰かに裏切られても、また別の誰かを信じるんだと思う。誰しも1人は寂しいからな」
我ながら恥ずかしい事言ってるなと思いながら、でも酔っ払いの戯言だからと言い聞かせながら、ガラス玉から目を逸らす。
聞かれていて何となく、彼女の抱えてる問題と、彼女が生み出してる問題がわかった。わかったからと言って、僕が出来ることなんて何一つ無いが。
誰だって黒歴史とか笑えない失敗談とか、誰にも言えない秘密の一つや二つあるものだ。誰にも言えないし、言いたくも無い。
それを言えるのは、多分信用している人か、抱え込みすぎて誰でもいいから話してしまいたいのどちらかだろう。そのどちらでも無い僕は例外で、あの謎組織は例外中の例外で。
「わかった、話す。話すけど……これだけは約束して欲しい」
約束。お願い。
「ユキには絶対言わないで。もうこれ以上、心配かけたくない」
裏を返せば他の人には言っていい様にも取れるその約束を、僕は破る気などさらさら無い。誰かに言うつもりも無い。
そうして、美彩はゆっくりと語り出した。
昔話を。
聞いた話は、残念ながら大体予想通りで、耳を塞ぎたくなる様な事ばかりだったが、一言一句聞き逃す事はなく、忘れる事もなかった。
聞かれていたのは意見ではなく感想だった。たまにあるレポートではなくリアクションペーパーだった逆詐欺課題みたいな。
語り終えた美彩の瞳には、カラーコンタクトとは別の色が載っていた。
薄暗い蛍光灯に照らされた、自分の影を踏みながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます