第9話 癌
「………なぁ、もういいだろ。そろそろ行かないと遅刻する」
「もう一回!あと一回でいいんでお願いします!」
「そのもう一回を20回ぐらい聞いた気がするんだが……」
部屋に侵入してきた神宮寺だが、何かを企んでるわけじゃないらしく、暇つぶしに押し掛けては、カーペットの上に座って、トランプをした。
別に何かを賭けているわけじゃないし、2人でやるトランプのゲームなんて数が限られてるから、スピードとか神経衰弱とかしたが、結局のところババ抜きになった。
「これでラストだからな」
「負けませんよー」
しかし、2人でやっているのにカード全部を配るのは非効率だし、初手で揃ったら面白くないから特殊ルールを設けた。
1から5のハートとスペードだけ抜き取り、ハートだけの手札とスペードだけの手札にする。どちらかにジョーカーを一枚加えて、ジョーカーを持っていない方が一方的に引き続ける。
そしてジョーカーを引いてしまったら攻守交代。これを手札が無くなるまでする。
「先輩、正直に言ってください。ジョーカーはどちらですか?」
「右」
「私から見て?」
「僕から見て」
「こっちですね?」
「そうだな」
こいつは何というか、そう、アホの子だ。
「ギャーーーッ!!」
「逆に何で連続で引ける……」
もうジョーカーに好かれているとしか思えない。
そしてこいつは、
「取るぞ」
「はい」
「…………………………………」
「…………………………………」
「………………………………放せ」
「い、いやぁ、こ、こっちの方がおすすめですよ?ほら先輩にそっくりだし」
誰がババだ。
「あーーーっ!!!」
勢いよくカードを引くと、ハートのエースが取れた。よって僕の勝ち。
神宮寺はまたもや敗北して、トランプの
「ほら、もう行くぞ。マジで遅刻する」
「もう一回、もう一回やってもまだ間に合います!ダッシュで行けば!!」
「置いてくぞ」
「わー!バイト楽しみだなぁ!」
情緒不安定かよ。
トランプを即効で集めて箱にしまい、元あった棚へ戻す神宮寺。そのまま持ってきたバックを担いで「レッツゴー!」とはしゃぎ始める。情緒不安定かよ。
そんな神宮寺を横目に、僕はクローゼットから上着を引っ張り出し、適当に羽織る。だんだん暖かくなってきてるが、気温は不安定だし夜は冷える。持っといて損はないはず。
「おら、行くぞー」
「…………先輩ってお姉さんいらしたんですね」
「は?」
クローゼットの扉を閉めると、神宮寺は棚の上を見ながら呟いた。
ちなみに僕には兄妹はいても姉はいない。
そして、神宮寺の目線の先にある物は検討がつく。棚はごちゃごちゃしてるけど、それだけはわかる。部屋主だからでもあるが、とても大事なものだから。
「姉貴じゃなくて、母親だよ。……………僕がガキの頃に死んで、まだ赤ん坊だった妹を残して他界した」
小さな額縁に飾ってある母親の顔は、病気が出てくるずっと前の、とても優しい笑みを浮かべた顔。もう何十年も昔だから、姉と間違われてもおかしくないか。
正直言って、母がどういった人かを、僕はあまり覚えていない。当時の記憶はほぼ無く、ただ胸にぽっかりと穴が空いた感覚だけを、覚えている。
「…………
そこから記憶がはじまったと言っても、過言ではない。一番古い記憶は、棺に入る母の姿だ。
でも悲しい事ばかりでは無かった。
親父は仕事人間だったけど、母が亡くなってから職を変えて、親父とのコミュニケーションが増えた。男手ひとつで僕らを育ててくれた事にも恩を感じてる。
でも、たまに、ふと、「母が生きてたら、どんな人生だったんだろう」と、考えてしまうのも事実だ。
多分、僕が今まで学校やバイトで欠席や遅刻をしなかったのは、親父に感化されたからだろう。苦労してる親を見て、少しでも「良い子」であろうとした結果だろう。柄にも無く。
「…………ゔぅ……いい話だぁ………」
「な、泣くほどか?」
号泣していた。神宮寺が、あの神宮寺が号泣していた。
にわかには信じられないが泣いているのだ。人間の心おろか、心配の「し」の字すら知らない神宮寺が。
「……………………」
涙袋を拭って、神宮寺は写真に話しかける。
「はじめまして、お母さん。私は神宮寺優紀といいます。息子さんの働いてるバイト先の後輩です。先輩は捻くれてるしちょっと不器用なところはありますが、私に根気よく接してくれる、いい先輩です。今後ともお世話になります」
「…………………………………」
…………………なんか、こいつマジで神宮寺か?礼儀正しくしてると、こっちの調子が狂うのだが……。
「…………ほら、さっさと行かないと遅刻するぞ」
「先輩もちゃんとお母さんにご挨拶を!」
「行ってきます!」
「………ふふっ」
なにわろとんねん。
玄関で靴の紐を縛る。隣には僕の足より小さいサイズの靴がある。神宮寺の靴だ。
鍵を持ってドアを開け、先に神宮寺を外に出して鍵を閉める。
「さぁ、いざバイト先へ!!親の仇をうつためにっ!!」
「そんなバトル展開しねぇよ」
どこのバトル漫画だよ。店長はラスボスでもなんでもねぇよ。
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