第5話 絶賛連行中
「先輩先輩。そういえば今日ですね、男子から告白されたんですよ」
連行中、いつもの愚痴が始まった。
「よかったな、ちゃんと男子で」
以前女の子に告白されたとか言ってたからなお前。「そういうの」ってあるんだなぁと呑気に考えていたけど。
「よくないですよ。メールで告白とかあり得無くないですか?」
「どうせ振ったんだろ?」
「当然です」
いつの間にかポカ○が半分くらいになってしまった。よっぽど僕の口は乾いているんだな。
午後10時近くの街並みは静けさを保っていて、街頭の発光音と自販機の冷却音以外、僕らの靴音しか鳴らない。それを退屈に感じたのか、神宮寺は連行されてる俺を気遣ってか、気を紛らわす為か雑談をし始めた。気遣いの方向性がおかしいのは今に始まった事じゃないんです。
そういえば先週も、暇な時間帯にレジで似たような話を聞いた気がする。今回とは少し違うらしいが断った事に変わりはない。
「『友達からでいいので付き合ってください』って、付き合う前提で話し始めてる人がよくいるわけですよ。友達オッケーしたらもう告白もオッケーしてるようなものじゃないですか。あれ意味ないですよ」
「そうかそうか」
毎度毎度同じ話を聞いても、いつも似たり寄ったりの結論なのだから、僕は連行先の心配しかない。だから、耳から耳へと通り抜けるだけだ。
しかし先程、神宮寺の言う「組織」は具体的に何をしているのか聞いたところ、耳を塞ぎたくなるような発言が返ってきた。
『世界征服』
「………………………………」
あまりのアホらしさに言葉を失ったが、無理矢理言葉にするのなら「バカじゃねぇの」が一番しっくりくる。
こめかみを抑え、目の奥と脳が削れる痛みに耐え、完全にキャパオーバーした頭に「今日行きましょ」とか言われ、僕は考えるのを辞めた。オーバーヒートしてぶっ壊れる。
つまり今から行くアジトとやらは、神宮寺が掲げる「世界征服」の団体で、それに入団したやつもまた、世界征服なんて考えてるのだろうか。
そんな危険思考を持つ人種とはお近づきになりたくないのだが、脅せる写真と必殺パンツアタックが神宮寺の手にある限り僕に自由権はない。
「だいたい、直接会って話す度胸もないのに何が『言いたい事がある』ですか!メールなんだから『書きたい事がある』でしょうが!」
「そうだなそうだな」
喋りたいだけ喋ればいいさ。どうせ何言ったって僕の拘束は解除されないんだから。
神宮寺の愚痴に割ける脳内メモリなど無く、一筋の希望は残されていないか考えていると、
ふと気づく。
もしかしたらそのアジトにも、今の僕のように脅迫されて、無理矢理入れられたという人もいるのではなかろうか?100%の征服願望者は神宮寺だけで、他のメンバーも嫌々付き合わされてたり、面白半分なのでは?
なら、思ったより気楽だ。僕はてっきりクローンのように量産された量産型神宮寺ズの思いつきに付き合わされるのかと思っていた。
でもそうじゃないとしたら、そんな怯える事じゃなく、むしろ世界征服とやらをやんわり諦める方向へ流すことも可能ではないか?そうすれば神宮寺の非常識なトリッキー業務活動も減るはず。
なんだ。ついネガテイブな方向に進んでいったけど、ちゃんとリターンがあるではないか。
「先輩先輩。ちゃんと聞いてます?」
「後輩後輩。ちゃんと聞こえてるぞ」
「何の話を聞いてましたか?」
「ナンの話をしてたんだろ?」
「…………そんな話してませんし、ややこしい返ししないでください」
勝った。
別に突っ込んだほうが負けじゃないけど、たまにあるボケカウンターでねじ伏せるのは、日頃たまったストレスを発散できる。
どう考えてもここ最近のストレスが発散できるボケじゃないけど、少量でもガス抜きは必須だ。
「どうせみんな、見た目だけで選んでるんですよって話です」
まぁ人間の感覚の9割が視覚っていうからな。盲眼の人はめちゃくちゃ大変だ。
ポカ○を口に含みながら、チラッと神宮寺を見る。
確かに性格に難ありだが(筋金入りだが)、見た目に関して言えば、まぁ悪くない。というか、断然美人に入るのだろう。喋らなければ美少女。
大きな瞳と小さな鼻と口。歩くたびに揺れる黒髪は肩あたりに揃えていて、街頭に照らされ光を返す髪は、素直に綺麗だと思った。
化粧は校則で出来ないと思うが最近の高校生の常識など、僕が知る
もちろん校則違反の神宮寺を取り締まる義務も権利も僕にはないし、好きなようにやればいいと思うけど、確かにこの見た目ならマジにモテるのだろう。
数ヶ月に顔合わせして、一番歳の近いバイト仲間として、雑談なり相談なりしてきたけど、少なくとも両手で数えられないほどは、告白断りました話をされた。
そのモテ度を少しばかり僕に分けて欲しい。
「毎回思うけどさ、何で付き合わないの?」
「うーん。なんかピンと来ないんです」
「全員?」
「全員」
なんて贅沢な。もしや理想が高いのでは?
「好きなタイプみたいなのある?」
「そうですねー……」
むむむ、と考えたあと。
「面倒見がいい人で、愚痴に付き合ってくれて、フォローもしてくれて、ちょっと捻くれてるけど優しくて、それでも大人で引っ張ってくれる人ですかねー」
神宮寺は炭酸飲料のキャップを閉めて、右手をパーにして、一本ずつ折っていく。
「なんだそりゃ」
聞いてるだけでもめちゃくちゃだ。
贅沢とか理想が高いとかじゃなくて、そもそもこいつは恋人を何だと思ってんのだろう。宇宙人の思考は理解できん。
そんな変人は世界中どこを探しても見つからないと思ったが、一応聞いてみた。
「もしそんな人に出会ったら、どうするんだ?」
「告白しますよ」
好きになるを通り越して告白ですか。ホップもステップもせずにジャンプする人だ。
「でもタイミングはちゃんと見極めて、好きになってもらえる段取りがついてから、告白します」
わかった。こいつは恋愛を戦略系のゲームと思ってる。そりゃ問答無用で断るよな。
結局こいつの脳みそは理解できない。考えるだけ無駄だ。
「…………何か今日おふざけが足りない気がします。脱ぎますか?」
「やめろ!!」
どういう話題の流れでそうなる。本当に露出狂か何かでは無かろうか。
こいつがアルバイトを始めてからずっとだが、最近はちょっと度が過ぎてる感じがするのは僕だけか?誰か助けて欲しい。
「というか着きました」
「え?」
「これが、我がアジトです」
腕起こしに当てて、ふふんと威張る神宮寺の後ろには、何の変哲もないマンション。住宅街の中にある、新築でもボロボロでもない普通のマンション。
アジトっていうから僕はてっきり秘密基地的な廃墟とか、海岸沿いの使われていない倉庫とかを想像してたのでちょっと肩透かし。期待していた訳じゃ無いけど。
もちろんこの建物全体がアジトではなく、部屋を借りて、その部屋一つがベース基地になるのだろう。
証拠に神宮寺は「1003号室」の郵便箱を開けていた。
パカっと開いて中には一枚の封筒があって、
バシッ。
「…………………何やってんだ?」
犬が飼い主にお手をする様に、神宮寺がほぼ空の郵便箱にお手をした。
神宮寺の奇妙な行動。後輩の頭が心配です。
郵便箱を閉じると、エントランスの中央にあるインターホンに1003と入力した後、ボタンを鳴らす神宮寺。カメラに顔を寄せ付ける仕草はマジで子供がやるやつだ。
こんな後輩を持って先輩は悲しいです。
「はぁ…………今開ける」
インターホンから女性の声。
するとロックを解除したガチャという音がしてドアが開き、中に入れる。
ボタンでエレベーターを一階まで下ろし、神宮寺と俺が乗り込むとエレベーターは上昇を始める。
たかが四階までのエレベーター待ち時間に、
「あっ、しまった。階段のパンチラチャンスをミスミス逃してしまうとは……。一生の不覚!」
「……………お前は僕と階段を何だと思っているんだ」
早く脳外科に診てもらったほうが。
エレベーターがつくと、神宮寺は飛び出して1003号室のインターホンを連打し始める。うわー……マジで小学生。
「開いてるっての!!」
インターホンから先ほどと同じ声が怒鳴る。もしかしてアジトにも常識人おるのかな。
それでもやめない神宮寺に腹立って、声の主は通話を切ると、バタバタ走って玄関につき、ドアを勢いよく開けて、
「近所迷惑っ!」
一人の少女が出てきた。ジャージ姿の小中学生ほどの少女が。
声から察するにインターホンと同一人物だが、落ち着いた声色をしていたから、こんな小さな少女だとは思わなかった。
でも予想外と言えばこの少女、5月の下旬だってのにマフラーをしているのだ。ジャージも長袖長ズボンで、サイズがダボダボで手がすっぽり隠れている。
そして髪がとても長い。いや、「異様に長い」が正確か、自分の身長かそれ以上ある髪の毛は地面スレスレ。前髪も顔の半分くらい隠して間から丸く大きな瞳が見える。
その瞳が僕をじーっと見つめて、
「あー…………、ご愁傷様。…………とりあえず入って」
何かを察したらしい。
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