怪物



「ただいまー。」



私は家に帰ってきた。


部活に顔を出しづらく…いや厳密に言うと蓮巳に会いたくなかったため保健室で本を読んだあとに家に帰った。



「えっ…」



入ってすぐに気づいた。



スニーカーが1足。




このスニーカーには見覚えがある。


いや、見覚えどころではない。


だってこれはーーーー



「類、おかえりなさい。」



おばあちゃんがそう言って近づいてくる。



何かを訴えるようにスニーカーとおばあちゃんを見比べると、おばあちゃんは笑った。



「ーー今ね、蓮巳ちゃんが来てるの」



「なんで」



"なんで"なんておかしな言葉だ。



幼なじみの蓮巳が私の家に来るなんてしょっちゅうのことじゃないか。


「なんでって…。


…アパートの下でね、類のこと探してキョロキョロしてたから。一緒に晩ご飯でも食べない?って誘っちゃった」




ーーああ神様いったい私が何をしたって言うんだ。



再び目眩がした。



どうにか靴を脱ぎ恐る恐る家の中へと入る。



自分の家なのにこんなに恐ろしいと感じたことははじめてだった。



リビングの使い古された木製のテーブルとイス。


蓮巳がちょこんと座っていた。




「おじゃましてます」



そう言うと柔らかく笑った。






箸は進まないし、ご飯は喉を通らない。



ただ目の前に座る蓮巳のことが気になって仕方がない。



「相変わらずご飯美味しいですね、こんな美味しいご飯が毎日食べられるなんて類が羨ましいです。」



普段の蓮巳なら絶対に言わないであろうお世辞を零して私の知らない笑顔で笑っていた。




ーー目の前の蓮巳はだれ?



ーー蓮巳は蓮巳でしょ。



ーーでもこんな顔して笑う子だった?



ーーじゃあ、目の前の蓮巳はなんなの?



ーーきっと蓮巳じゃなくて…本当はーー





そこまで思考が膨れ上がって



もう食事どころではなかった。






食後。



おばあちゃんが食器を洗っている。



今しかない。



聞くなら今だ。





「蓮巳。あのさ」




「類。」



だかその言葉は遮られた。




「類、最近変な夢見てない?」




それは突然の問い。



思わず飛び退きそうになったが


その衝動を抑える。



「見てない、けど?」



精一杯振り絞ってそう答えた。


だが、蓮巳は



「嘘。知ってるから、類が奇妙な夢を見てるってこと。」



ーーそういえば、私が奇妙な夢を見ていることを話した人物は蛍だけ。




美術館に行った時


【蛍に聞きたいことがあったから。】



あの時に蛍に聞いたの?



「…そうだよ。でもだったらなに?」



私の問いかけをよそに蓮巳は自分のカバンを漁り始めた。



その様子をただ見つめる。



蓮巳はしばらくすると




一冊の本を取り出した。



「クトゥルフの呼び声…」



その表紙を見た私は思わず口からその言葉が零れていた。



その言葉を蓮巳が聞き漏らすわけがなかった。



「どうして類がこの本を知っているの?」



その目は幼なじみに向ける目ではなかった。


きつく睨むように私を見つめてくる。



おかしい。やっぱり蓮巳の様子が変だ。




「私はこの本を澄華から借りた。」



澄華はあの時みんなにも本を貸してあげると言っていた。



「私、類のことがずっと嫌いだった。」



聞きたくなかったその言葉だけは。



今すぐ耳を塞いでしまいたい。でも手は動かない。

蓮巳の言葉を聞けと言わんばかりに。



「理由がわかったの。類がクトゥルフの信者だからだって。」


そう言った蓮巳は私をきつく睨んだ。



こんな顔知らない。



蓮巳はこんな顔しない。




違う。目の前にいるのは、蓮巳じゃない!




「…行って。」



私は拳を強く握った。



「出て行って!」









蓮巳が私を嫌いだと言った。



辛く深く海に沈んでいく。



『類』




誰かが呼んでいる。私のことを。




『怪物が蓮巳のフリをしている。』




声は頭に響く。




ーー怪物?


『怪物を殺せ。そうすれば蓮巳は元に戻る。』


ーー今の蓮巳が怪物?



ーーでもそうなら、もしそうなら全部説明できる。


ーー蓮巳が最近おかしいのも


その怪物とやらが蓮巳のフリをして生活しているからだ。




ーーそうに違いない。





ーー絶対にそうだ。





やっと海の底にたどり着いた。




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