心配事


「変な夢?」



社会の時間。


隣の席の蛍と小声で会話をしていた。



私は昨日見た夢を話した。


もちろん蓮巳の部分は取り除いて…だが。


そして、夜全然眠れなかったことも。



「へぇー。類もそんな奇妙な夢を…。」


蛍は考え込むように目線を下に落とした。

だが、私は聞き逃さなかった。


「"も"?蛍も見たの?」


食い気味にそう尋ねると、蛍は戸惑ったような苦笑いを浮かべていた。


「……まぁね。類みたいに海の中ってわけじゃなかったけど」


奇妙な夢を見たのが私だけじゃないとこにすごく安心した。


だが、どれだけ聞いても蛍は夢の内容を教えてはくれなかった。


きっと話すと思い出してしまうからだろう。




放課後。


私は美術部に向かった。


「よっ、類。あれ、蛍は?」


火憐がそう尋ねた。


実は、蛍は体育の授業のマラソンの時に倒れてしまったのだ。

すぐに保健室に運ばれたがしばらくして蛍の親がむかえにきて早退することになった。


「…蛍が体弱いのってホントだったんだ~!後でお大事にメールしとこっ」


澄華の言う通り、蛍は生まれつき体が弱い。

運動や日光が苦手で具合が悪くなることがあるんだとか。


今まで何度かあったが倒れたりしたのははじめてだ。


「それは心配だね。」

思ってもなさそうに蓮巳が言う。

蓮巳は相変わらずだな、と思った。


「…私も後で連絡しておこうかな。」


え?


今なんて言った?


私が寝込んだ時は連絡ひとつもして来なかった蓮巳の発言とは思えない。


胸の中が少しざわめいた。


その後の会話は私の頭には入ってこなかった。




「火憐。早速だがチラシを配ってくれ」


騒々しく入ってきた千川先生が火憐を呼びつける。


火憐は苛立ったように乱暴に席を立つと先生の手からチラシの束を奪い取った。


「あれ、鳴宮は?」


千川先生が蛍がいないのに気づく。


事情を話すと、悲しそうな顔をした。


「美術館のチラシだ。


学校のそばに最近できた美術館だ。


なんと、館長さんのご好意でうちの美術部を明日の放課後特別に招待してくれることになった!」


先生が興奮気味にそう言った。


こんな近くに美術館なんてあったっけ?



私たちの疑問はよそに先生が勝手に明日の放課後の話を進める。




『蛍、調子はどう?大丈夫?』


夜ベッドの中で私は蛍にメールをした。


返事は直ぐに帰ってきた。


『うん、もう大丈夫。ありがとう。』


蛍の返事にホッとした。

返事からして明日は無事に来れそうだ。


隣の席の蛍がいないと授業中暇で仕方がない。

いつも眠くなると2人でノートの端に絵を描いて見せあったり、小声で会話をしたりしている。

こんなの蓮巳とでは絶対にできないことだ。

蓮巳は中一の頃から高校受験のことを言っていたし、何より真面目だ。

「またそんなことして。だから成績悪いんだよ類は」って怒られてしまう。

そんな想像をしていると、ふと

頭によぎった。


【私も後で連絡しておこうかな】



私の手は勝手に動いていた。


『蓮巳から連絡あった?』



送ってしまった。


何気ない一文なのに、鼓動が早くなる。


大丈夫。ほんとに何気ない一文。


蛍はなにも思わないだろう。



ピロリン


軽快なリズムで通知音が鳴った。


一息ついてからメールを読む。



『なかったけど。』



その言葉になぜだか酷く安心した。






また夢だ。



帰り道。私は浮かない顔をしていた蓮巳に声をかけた。


「テストの順位…まだ気にしてるの?」


蓮巳はその問いに答えなかった。


今朝、この間行われた期末テストの順位が発表された。


蓮巳は2位だった。


1位は澄華。



澄華と蓮巳はいつも1位を争っている。


テストの順位なんて気にしたこともなかった。


だって上位20人しか張り出されないから。


私には関係の無いことだと考えていたから、そんなの気にする蓮巳の気持ちが微塵も理解出来なかった。

でも、隣でずっと機嫌が悪いのも嫌だし…。


なんとか機嫌を直して欲しいと思っていた。



「蓮巳だって充分頭いいんだし、2位って時点ですごいんだからさ!それでいいじゃん!」


ねっ!と背中を叩くとその手は振り払われた。



「成績悪い類に何がわかるの?!知ったような口を利かないで!」



今思えば、あれがはじめてだった。

振り払われた手の痛みもだけど、あんなにも怒った顔をした蓮巳を見るのは。


次の日から蓮巳は何もなかったような顔をしていたけど、本当は蓮巳は…。


と、考えていたところでまた海に沈んでいく。


この間よりもずっと冷たくなっているような気がする。


目をつぶるとあの時の蓮巳の顔が脳裏に蘇り、苦い思いを噛み締めながらまた底へと沈んでいった。




「中では騒いだりしないこと。

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